第6話:魔剣が復活したんだが

 隣の宿屋に出ようと武器屋の前を去ろうとした時だった。


「火が消えたと聞いておったが……ほ、本当に消えておる!」


 武器屋の店主と思しき爺さんが店の前で驚いていた。


「も、もしかしてお主が……?」


「ちょっと湿度を調整して鎮火しただけだ。早めに消せて良かったよ」


「おおっ! なんということだ! シツドとやらはわからんが、お主が消してくれたのじゃな! 名前はなんという?」


「松崎祐樹だ。変わった名前だが気にしないでくれ。言いにくいようならユーキでいい」


 異世界では日本人の名前は読みにくいみたいだからな。


「ふむ、ユーキか。ユーキ殿、ちょっとそこで待っていてもらえるか!?」


「え、まあちょっとくらいなら大丈夫だけど」


 俺が返事をすると、店主は店の中に大急ぎで駆け出した。

 数分後、店主が漆黒の鞘に入った一本の剣を持って出てきた。


「ユーキ殿、ワシの店を守ってくれたこと、本当に感謝しておる。どうかもらってくれ」


「……これは?」


「魔剣ベルセルクというものじゃ。神話時代の暴虐の魔王が使っていたと言われておる。もはや実用には値せんが、売ればそれなりの値になるじゃろう」


「魔剣……それって貴重なものなんじゃ?」


「貴重と言えば貴重じゃが、もはやただの観賞品。使えない武器を売るのはワシの主義に反する。どうだ、もらってくれんか。いらないのならば別の武器でも構わん。何か礼をさせてくれ」


 火事が小火で収まったことで、店主はこれからも変わらず店を経営できる。

 何かお礼をしたいというのは、職を失った俺には十分すぎるほど共感できることだった。

 ここは、ありがたく受け取ろう。


 魔剣というよりは、店主の気持ちを。


「ありがとう。魔剣をもらうよ」


「うむ、本当に助かった。ワシの生き甲斐じゃからのう……」


 店主は目を細めて店の看板を眺めるのだった。


 受け取った魔剣は、見た目よりも重い。

 この剣が現役だった頃はさぞ強かったのだろう。


 ◇


 隣の宿屋でチェックイン手続きをしていたら、トラブルが発生した。


「一部屋でよろしいですか?」


「いや、二部屋にしてくれ」


 さすがに俺とアレリアが同じ部屋というのはマズいだろう。

 (少なくとも見た目は)若い男女が一夜どころか幾夜も共にするのは、間違いが起きなかったとしてもヤバイ。


 社会的に死んでしまうかもしれない。


「一部屋で構いません」


「はあ? 何言ってるんだ、二部屋だろ」


「お金は節約しないと……一部屋に抑えたら半額ですよ?」


「それはそうだが、その……なんだ、間違いが起こるとダメだろ? いや、俺はそんな男じゃないが、アレリアに風評被害があるかもしれないしな。わかるだろ?」


「私なら間違いが起こっても平気です!」


「ということで二部屋で頼む」


「私の話聞いてます!? 一部屋にしないならお金出しませんからね!」


 うっ、それは困るな。

 これが持たざるものの悩みか。


「……分かった。でも、同じ部屋に泊まるだけだからな? 変なことにもならないし、グレーな展開にもならない。いいな?」


「それは私が決めます!」


「……いいな?」


「ユ、ユーキがそこまで言うなら今日のところはそれで良いです……」


「よし、決まりだ」


 こうして、部屋が決まった。

 期間は一週間。食費なども嵩むので、この間に冒険者になって稼げるようにならなくちゃいけない。


「一泊銀貨2枚なのに綺麗な部屋ですね!」


「評判通りだな。気持ちよく過ごせそうだ」


 人間の睡眠時間はおよそ8時間。これは一日の3分の1を占める。

 眠る以外にも部屋で過ごす時間はそれなりに長い。


 これは俺の持論だが、この時間を気持ちよく過ごせるかどうかが充実した生活になるかどうかの違いな気がしている。


 高い宿で気持ちよく過ごせるのは当たり前。いかに安く気持ちよく過ごせるかを社畜時代に研究してきたことが役に立った形だ。


「さて、魔剣ベルセルクとやらを拝見するか——」


 武器屋の店主からは、この武器が使い物にならないと聞いている。


「錆びてますね」


「そうだな」


 漆黒の鞘から剣を抜くと、サビサビの刀身が顔を出した。

 錆びてはいるが、重厚感のあるなかなかかっこいい剣だ。

 オブジェとして価値があるというのも頷ける。


 軽く剣を振ってみる。

 剣道なんて高校の体育でやったくらいだったが、ゲームで身につけた技術でそれなりに使いこなせそうな感じがする。


「ユ、ユーキ、なんか光ってますよ!?」


「え?」


 確かに、魔剣ベルセルクは刀身から黒紫色に輝いていた。

 こういうものなのだろうか?


 刀身の輝きは収まらず、それどころかどんどん大きくなる。

 禍々しいほどのオーラを放っておよそ一分。黒紫の光はほぼ収束した。


 今はほんの少し光が漏れているような状態だ。


 《『魔剣ベルセルク』の自動修復に成功しました! 修復率10%》


 新しいスキルを覚えた時と同じ、機械音声のような声が俺だけに聞こえた。


「ちょ、ちょっとユーキ、錆びがなくなってます!」


「あれ、本当だ。もしかして、これ使えちゃうのか……?」


「すごいことですよ! 魔剣ってお金を出せば手に入るものじゃありませんし、これが使いこなせれば敵なしじゃないですか!?」


「おおっ! ってことは、新しい武器を買わなくていいってことか? 儲かったな!」


「ええー! そういう問題ですか!?」


 なぜ直ったのかわからないが、魔剣ベルセルクを復活させてしまった。

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