第5話:気候操作が有用すぎるんだが

 ◇


「美味しい! ユーキは安くて美味しいお店を知っていて頼りになります」


 食堂のメニューは庶民的なものだが、どれも安くて美味しかった。おまけに量が多い。

 小麦が主食のようなので、日本人としては米が食べられないのが不満ではある。


 でも焼き魚のような味がする魚料理やラーメンのような味がする麺料理、ハンバーグのような味がする肉料理など食べ慣れた味がしていたので、総合的には満足だ。


 なお、定食で銀貨1枚、単品で銅貨6枚ほどだった。

 アレリアによると金貨1枚で銀貨10枚相当らしいので、


 ・銅貨1枚=100円

 ・銀貨1枚=1000円

 ・金貨1枚=10000円


 ほどの感覚だ。


「とはいえ経済力がないとなぁ」


「えー、そんなに気にすることじゃないと思いますけどねー。お金で買えるものなんて案外少ないものですよ?」


 この歳で達観してるな……。

 これが持たざる者と持てる者の違いか。

 なんたって皇女なんだもんな。

 それに対して、俺は庶民だぞ。


 平日は最低八時間以上拘束され、仕事が終わればコンビニで買い出しして、安全が保証されたオートロック付きのマンションに帰宅。

 シャワーを終えたら適当にテレビを観て、飽きたら漫画を読む。

 水と食べ物と安全は金で買えるわけだが、何か心に穴が空いていた——


 あれ、よくよく考えるとこの時代の貴族より良い生活してたかもな。


「とは言っても生きていくのに最低限の金は必要だしな。何か良い仕事があればいいんだが……」


「ユーキなら冒険者がいいんじゃないですか?」


「冒険者? 俺がか?」


 意外な提案に驚きを隠せない。

 冒険者といえばアレだろう。依頼を受けて狩猟・採集し、成功報酬をもらう職。


「冒険者って強くないとダメなんじゃないのか? 俺って喧嘩とかも弱いぞ」


「ええええ? そんなことないですよ! さっきは盗賊を瞬殺してましたよ? 皇女である私を運ぶのですから腕利きの盗賊だと思いますし」


 それもそうか。

 だとしたら意外と俺強い……のか?

 冒険者になれちゃうのか……? 


 いやいや、油断は禁物だ。

 異世界転移したのに弱すぎて赤っ恥をかいてしまう漫画とか読んだ気がする。

 ここは慎重になるべきだ。


「試験に合格しないと冒険者にはなれないので、まずは試験だけ受けてみてはどうですか?」


「そうか、試験があるのか。それなら、実力を試す意味でもアリだな」


 不合格なら冒険者としての力が足りず、合格なら足りているという事が客観的にわかる。

 それではっきりするだろう。


「明日の朝一番でギルドに行きましょう! 私でも合格できるくらいなのでユーキなら簡単ですよ」


 ◇


 食事を終えてから、今日泊まる宿を探して歩いていた。

 冒険者向けの安宿がこの辺にあると聞いていたのだが、目立つ看板を置いていないのかなかなか見つからない。


 仕方がないので聞き込み調査をしようか——と思っていた矢先。


「火事だ! 火事だぞおおおお! 逃げろおおおお!」


 近くから緊迫した声が聞こえてきた。


「火事? どこだ?」


「ユーキ、向こうの方に煙が見えます!」


「あそこか。……って、今日泊まる宿の看板が隣にあるってことは……まずいぞ!」


「ど、どこに行くんですか!?」


「決まってるだろ? 火事現場だよ! 今すぐ火を止めないと今日泊まるところがなくなる!」


「ええええ!?」


 現場に急行し、火事の状態を確認する。

 出火したのは小さな武器屋だった。火種は大きくなりつつあり、バケツで水をぶっかけたくらいでは消えそうにない。でも、今消せれば小火で済みそうな感じだった。


 そこで、俺はさっき覚えたスキルを使ってみることにした。

 なんの作戦もなく危険な場所に来たわけではない。


 『気候操作』。これで雨を降らせて、その水で消火できればと思った。

 スキルを使用する。


 このスキルで操作できるのは、天気・降雨量・温度・湿度の4種類。

 ——ん? これって湿度も操作できるのか。


 確か、乾燥している冬は火事が起きやすくて、ムシっとしてる夏は火事が起きにくい。

 ということは、火種の周囲を極限まで湿度上昇させればどうなるんだ?


 やってみた方が早い。


 火種の周囲を『気候操作』で湿度100%に固定。

 扉が開いているから実測は100%にはなっていないのだろう。しかし——みるみるうちに燃え広がっていた火力が突然勢いを失う。


 そして、しばらくそのままにしていると、みるみるうちに火種は小さくなっていった。

 ロウソクの火くらいの小さなものになったので、最後は靴で踏んで鎮火した。


「ユーキ、すごいです……あの火事を水も使わずに鎮火してしまうなんて……!」


「何はともあれ良かったよ。隣の宿屋は無傷みたいだしな」


「そこですか!? 宿なんて別のところに泊まってもいいのに……」


「まあ、それはそうだけどここが一番評判が良くて安いところだったしな」


 しばらくは宿に泊まりつつお金を稼ぐことになる。

 アレリアの安全を考えれば王都はなるべく早く離れたいが、お金を稼ぐ術がなければ生きていけない。


 長期滞在するならなるべく良い場所に泊まりたいじゃないか。


「武器屋の店主驚きますよ……。普通火事があったら小火でも水浸しで商品が売り物にならなくなりますから」


 結果的にだが、人助けをしたということか。


「良いことだな。店主は損せずに済んで、俺たちは隣の宿に予定通り泊まれるわけだ」


「なんか色々……ユーキはすごいです!」


 なぜかアレリアは頬を紅潮させ、それを隠すように俺の胸に顔を埋めてくるのだった。

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