第21話 アンやるじゃない
「ぐっ」
太い腕がヨシの首を締め上げて来た。
「うっ」
「ぐっ」
「ぐっ」
足が宙に浮いて、
今度は床に落ちた。
(助けよう)
(ちょっと待ちなさい)
と、ヨシの視界で赤シャツが揺らぐ。
機関長のパンチがヒットしたのだった。
サングラスが吹き飛ぶ。
赤シャツのでっかい図体が股を広げひっくりかえった――前にも見たような光景。
それを見た仲間のファーンが機関長を後ろから殴り始めた。起き上がったヨシはテーブルに有ったボトルの首を握ると、ファーンの頭を一刀両断。
思いっきり殴りつける。
そいつのでかい身体がガクッと揺れ、そのまま手を頭に、振り向いた顔が苦痛にゆがんだ赤ダルマ。
やば!
手に持ったボトルを握り直した。
「ん?」
そのファーンの身体がもう一度ガクッ。
後ろに両手でボトルを握り、頭の羽を広げる大股開きのアン、
「私の身体にはスーリアの血が……だからね!」
(アンやるじゃない)
(私たちもやってやろうよ。一人くらい恒星に飛ばして――)
(やめなさいって!)
(つまんない)
ところがそのトキもボトルを握ると、近くに居た赤シャツの仲間を殴ろうとする。
(え、なに?)
(この世界にはこの世界のやり方ってものがあるの)
(そんな原始的な)
(いいから、いくわよ)
だがそう上手くはいかない。
もぐら叩きじゃないが、あっち行ったりこっち行ったり。
かえって邪魔になるだけとはこの事だ。
赤ダルマの次は憤怒のゆでダコに変身したファーン、今度はアンに向かっていく。
ヨシが叫ぶ。
「アン、逃げろ!」
その直後、横から現れた船長が掴んだ椅子を振り上げた。
しかしその椅子が振り下ろされる前に、反撃を開始した機関長の鉄拳ががよろめくファーンの横っ面を一撃。
しつっこいファーンの巨体がついに崩れ落ちた。
「お惜しい」
ゆでダコの次はどうなっていたか見たかった。
ヨシはアンに向かって聞いた、
「アン、スーリアって何だ?」
「昔戦場で戦いアユタヤを救った王女の名前よ」
アンは続けて言った。
「スーリアの母は西国から来た人で、私はその血を受け継いでいるの」
言い終わると透き通るようなブルーの瞳でヨシを見た。
とりまく野次馬で騒然となった店の前。ソイカーガの中から出て一部始終を見ていたファーンの一団が、赤シャツとその仲間二人を羽交い絞めにしてしまった。自由を奪われた赤シャツがスキンヘッドも真っ赤にして機関長に吼えている。近くにいたファーンの一人がヨシを押すと言った、
「**away」
椅子を横に置いた船長も声をかけてきた。
「キャプテン、帰るぞ」
(ほら終わっちゃたじゃない)
(そのようね)
トクチャーに乗り込むと、まだボトルを握ってるトキを後ろから孔雀のアンが抱いて見ていた。
港に向かうトクチャーの後部座席で、ヨシの携帯にトキからメッセージが届いた。
『アリガトウ』
龍城丸と並んで泳ぐイルカを見ていると、機関長が声をかけてきた。
「ヨシ、いや、厨房長」
バシ!
「いてっ」
背中をはたかれた。機関長のグローブみたいな手だ、軽くやられてもダメージが大きい。
「トキは当分お預けだな」
「え?」
「この船が内航に変わるんだと」
「内航」
内航とは日本の沿岸を航海することだ。
「アユタヤは遠くなったぞ」
「あの、じゃあしばらくは」
「まだ分からん。年が変わった時にまた会社の方針がどうなるかだ」
「方針ですか?」
だが機関長は返事をしないで振り返った。
いつの間にか後ろに来ていた船長が、
「大丈夫だ、一時的な変更だろう。この船はもともと外航船だからな」
そして次はしみじみと、
「それにしても、あのトキという子は、良かったなあ」
「…………」
「トキ、元気か?」
メールよりも声が聞きたい。
「ヨシ、来るのはいつ頃になるの?」
「会社の方針で行き先が変更になった。しばらくは日本の沿岸を廻るらしいんだ」
トキは黙って聞いている。
「だから、また何か分かったら連絡するよ」
「トキ」
「ヨシ」
「どうしてる?」
「あなたに会いたい」
「うん」
お互いに声が出ない。
「トキ」
「なに?」
「いや、おれも会いたい」
「いつ来られるの?」
「まだ……」
「トキ、どうだ?」
「ヨシ」
「元気か?」
耳元に神経を集中させる。
「トキ」
「あなたに会いたい」
「うん、おれも会いたい」
「いつ来られるの?」
「それが、まだ……」
「トキ、変わりないか?」
「ヨシ、早く来て」
「うん」
「でないと、私この世界から」
「なに?」
「いえ、何でもないの。早く来て」
「うん」
「早く」
「トキ」
「ヨシ、あなたのこと……愛してる」
「トキ」
「***、******、****、***」
「ヨシ、トキと連絡とれてるか?」
「それが」
「なんだ、どうした?」
「最近なぜか連絡がつかないんです。オフィシャルのメッセージだけで」
料金が払われてないようだ。
「そりゃあおまえ、なんだ、いろいろ有るさ」
「え、いろいろってなんですか?」
「なにしろトキはあの美形だ、その気になる男はおまえ一人じゃないだろう」
「そんな!」
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