第20話 電気が流されているの
店内に響くムチの音。
演出は巧妙だった。ムチが鳴るたびになぜかトキの裸身がくねり、店内の歓声が熱を帯びてゆく。アンが言ったとおり、確かにムチの先はトキの身体から離れた空間を打っている。傷つける気は無いようだ。
だが、不思議なのは、スポットライトを浴びて反り返ったトキの肢体。
しなうムチに合わせるように、ピンクの裸体が痙攣し始めた!
(なんなのこの感覚)
(しびれるわね)
(ちょっと良い感じ)
身体を少しねじってみる――
(ところで、あなた一体いつまで居る気よ、この世界に)
(面白いじゃない。もう少しよ。見て見て、ヨシが私の事心配してる)
(もしかして、あの男に惚れたの?)
(…………)
(あきれた)
男たちの卑猥な歓声が、トキの弓なりとなる身体の動きに重なっていく。
「アン、これはどうなってるんだ?」
「電気が流されているの」
「なに!」
鎖を通し、ムチの唸り音に合わせて流される適度な電流。
「トキ!」
「まって、あなたが今トキの側に行ってもなんにもならないわ」
「くっ」
「ヨシ、それより私の話を聞いて」
再び飛び出して行こうとしたヨシの腕をアンが強く引いた。
「なんだ」
「トキを助ける方法が一つだけ有るの」
「どうするんだ?」
「鐘を鳴らすのよ。あそこを見て」
アンが指差す先、ステージのすぐ脇には、天井から吊り下げられた古い鐘が有り、ヒモが下がっている。
「あれを鳴らすだけでいいのか?」
「鳴らしさえすれば望みは何でも叶うわ。だけど条件が有るの。出来るかしら」
「何をするんだ?」
ヨシは意気込んで聞いた。
「店にいる客や、ダンサー、スタッフにまで酒を振る舞う合図なの」
「酒を?」
「あの鐘を鳴らして、それが出来なかったら、ここでは大変なことになるわ」
「そんな」
この店にいったい何人のファーンと女たち、従業員がいるというのだ。ざっと見ても二百、いや三百人はいるだろう。今のヨシには逆立ちしても出来ない相談だ。船に帰ってもそんな金はない。
その時、
「ヨシ」
振り返ると機関長が立っている。
その横にいるのは、
「船長、どうしてここが分かったんですか?」
「トクチャーの男が知らせてくれたんだ、何が起こっているのかをな」
そう言った機関長が周りの男たちを見回した。確かにバルンテープで最初の夜、トクチャーの彼はヨシが降りてくる船の前にいた。
「ひょっとしてトキというのはあの子か?」
と船長、
「そうです」
「…………」
「あの、船長」
ステージを凝視している。
「船長」
「ん?」
やっとこっちを向いた。
「そんな真剣に見なくっても」
「あ、いや、悪かった、それにしてもおまえの帰りが遅いので心配したぞ」
「すみません、船の出る時刻は分かっていたんですが」
船長はおれから事情を聞くと、
「おまえは今幾ら持ってるんだ?」
「あの、少しだけ」
「ヨシすぐ鐘を鳴らせ。だが勘違いをするなよ、後で返してもらうからな」
「船長」
続く言葉が出ないままステージ横の階段を駆け上がる。
店内が静まり返り、無数の視線を感じながら力任せに鐘を鳴らす。
歓声がわき起こった。
アンがヨシの横をすり抜けステージ中央に走っていく。
鎖を外されたトキが服を着せられるとやって来た。
「外で待っているからな」
そう言った機関長は金を払った船長と外に向かう。船に戻るタイムリミットはとっくに過ぎている。これ以上迷惑は掛けられない。ヨシはトキに必ずまた戻ってくるからとだけ言って、アンにトキを頼み店の外に出た。
店の外はフローリングのテラスになっている。白いテーブルの横を歩いていた。路上では船長と機関長、トクチャーの男が一緒に待っている。
するとトクチャーの男が、
「キャプテン、危ない!」
振り向くと何かが顔の前をかする。
赤シャツ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます