第18話 トキはソイカーガに連れて行かれたの

 どれだけ時間がたったのか野次馬の声で気がつく。雨上がりの路上だ。膝に手を置き、よろっと立ち上がる。


「イテッ!」


 脇腹に痛みが走る。

 手で脇を押さえ、うめきながら、足をそっと前に出す。

 ヨシの不審な動きに、前から歩いて来る者が避けて通る。

 その時一人の女が駆け寄って来る。ヨシの目前に広がる派手なステージメイク。


「アン」


 彼女が一気に言った、


「トキが連れて行かれたの!」

「ああそうだ」

「そうじゃないの、トキは通報されてボスに捕まったのよ」


 アンはさらにまくしたてる。


「トキがファーンに捕まっていたのは、見ていた仲間から聞いたわ」


 ナナの夜に生きる女たちの情報網。その威力は絶大だ。


「ちょっと待て、最初に言った通報って何だ?」

「ずぶ濡れの赤シャツがナナのボスに通報してきたんだって」

「ずぶ濡れ?」


 興奮したアンの説明ではよく分からない部分がある。


「トキはソイカーガに連れて行かれたの」


 アンの言うソイカーガの名前はおれも噂を聞いて知っていた。ファーンの巣のようなところで東洋人は入ろうとしない。赤シャツがどんな通報をしたのか分からないが、今となってはもうどうでも良いことだ。無理矢理だったのかどうかなんて関係ない。客だと称する赤シャツから苦情を訴えられれば、ダンサーの言い分なんか通らない。


「だけどそんなに心配はしなくっていいと思うわ」

「なぜだ?」

「身体を傷つけるようなことはしないから、それは心配ないんだけど」


 アンが赤い唇を噛み遠くを見つめている。


「ナナの女性はどんな男の人も拒否できない。でも逃げたからペナルティなの」

「ペナルティって、何をされるんだ」

「それは、行けば分かるわ」


 アンがしきりに後方を気にしている。しばらくして見覚えの有るトクチャーがやって来た。


 アンが大声で、


「いつまで待たせる気!」


 運転席に座るあのトクチャーの男が、うるさいやつだといった苦笑いをしている。Tシャツに書かれた文字は《天下無掃》。 


「皆仲間よ、ファーンが大嫌いなの」


 カマキリ男がヨシを見て笑った。


「入り口まで行くけど中には入れないって言うのよ、男のくせに」

「外で待ってるから」

「あんたねえ、それでも男なの」


 下を向き黙ってしまう男。

 至近距離からにらみつけるアンは雌カマキリか!

 急いで助け船を出す。


「大丈夫だ、後はおれ一人で行くから」

「何言ってるのよ、私が一緒よ。あなた一人では行かせないわ」


 アンが先に立ってトクチャーに乗ろうとする。


「ちょっと、待てアン、そのままで行くのか?」


 スクリーンに映し出される女優や、ファッション雑誌に登場する女たちにも勝るアンの容貌。リオのカーニバル・ショーにでも出ていたのか、大きな羽根飾りを髪に挿し、ステージメイクがキラキラと輝いている。その髪は派手に染めたショッキングピンク。

 街の明かりに照らされるとド派手。


「いや、その、君の孔雀コスプレとメイク、まさか、そのまま」

「ヨシ!」


 アンは両手拳を超ミニなスカート、フレアーのひらひらに押しつけると肩を怒らせ問答無用の仁王立ち!


「あ、分かった、急ごう」


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