第17話 赤シャツ!
船が港を離れるのは明日の早朝ときまり、もう時間が無かった。ナナから暫く歩いた先に有るレストランの門を、トキと並んでくぐる。
プロムナードにはどこからくるのか、かすかな香料の香りが漂っている。周囲に高く点在する彫造はキンナリーと呼ばれ、神話に登場する鳥と人間の合体した異形の戦士。剣を握り、黄金色に輝いて来訪者を見下ろしている。さらに進むと、白い落ち着いた雰囲気で西洋風の建物が現れた。青くライトアップされた南国の木々が周囲を囲む。
冷房が効きすぎている室内は避け、中庭まで進み席に着く。
見上げると互いに絡みつく樹木から、細い蔦が雨のように垂れ下がっている。やがて均整のとれた女性が現れた。身体にフィットしたミニスーツに身を包み、しなやかな仕草でメニューを差し出す。
トキが注文をしているが、英語とアユタヤ語で書かれているのが見える。
写真が一枚も載ってない……
「おれも同じものを」
彼女に何か飲むかと聞いた。
「いらない」
トキの返事を聞いて、レースクイーンのような女性は柔らかな笑みを浮かべ、軽く会釈をして離れていく。
肉感的な曲線。
ゆったりと立ち去るマテアムを目で送っていると、トキが聞いてきた。
「ゆうべお店で他の女性をトキって呼んだんですって?」
「あ、いや、あの子は、君と、その」
確かにあの時の子はトキと瓜二つ。だけどその表情は全く別人を思わせる冷たいものだった。
トキは言葉を続けた。
「それから後はアンと一緒だったんでしょう」
(そうだそうだ)
(そうよ)
「あなたのことアンから聞いたわ、アルコールに弱いのね」
この際下手な言い訳は通用しない。
「ごめん」
「もうそんなに強いものを飲んだらダメよ」
「うん」
おれよりずっと大人びているトキの顔に、やっと笑みが浮かんだ。
(え~もう許しちゃうの)
(いいのよ)
食事が終わり支払いを済ませると、先に出ていてと言う彼女を残して店の外に出る。雨がぱらついてきた。
レストランの前を少し歩く。
子ゾウを連れた、真っ黒な顔の男が二人。一人はゾウの首に乗っている。観光客が濡れながらスティック状にカットされたフルーツを与えているさなか、小雨はすぐ豪雨に変わり、滝のように雨粒が降ってくる。
ヨシは軒先に張りつく人と人の隙間に飛び込んだ。横一列に並んだゴム草履だの、たくし上げたズボンだのも、どしゃ降りの雨は遠慮なく洗う。路上はかすみ草が咲いたように水しぶきが跳ねては踊り、ゾウ使いの身体や、穏やかな眼をした子ゾウの背中にも飛び散っている。
やがてスコールは小降りとなり、ちりぢりに軒先から離れる人々を背にゾウを眺めていた。
その時、
「うっ!」
のんびりしていたヨシの腕がいきなり捕まれた。巨漢のファーンが二人でヨシの両腕をねじ上げてくる。
「なんだ!」
「**COPY!」
だみ声と共に首をがっしり押さえつけられ、まったく身動きがとれない。
次に現れた三人目のファーン。
赤シャツ!
しかも、その赤シャツに腕を捕まれているのはトキ!
赤シャツは薄笑いを浮かべ、
「こぞう、また会ったな。今日はあのでかいやつはいないのか?」
赤シャツが辺りを確認する。
「まあいい。後はこのかわいこちゃんとたっぷり楽しませてもらうからな」
三人は顔見合わせ笑っている。
「おれだけじゃないぞ。スタミナ十分な男がここに二人も控えてるんだ。違う趣味の男どもなんだが。さて、この子の身体がもつかな?」
「くそ!」
だが、身動きがとれないヨシを見下ろした赤シャツは、にやりと顔をくずしてゆっくりとトキの腕を引いていく。
「くっ」
いきなり首根っこを押さえられたまま引き回され足が絡む。
両手は後ろに高くつるし上げられ、脇腹を蹴られる。
二度、
三度、
今度は反対側から蹴られた。
がくっと水たまりに膝が落ちてしまう。
「ヨシ!」
トキが声を出した。
(もう我慢ならないわ)
(どうしてやろうかしらこの男たち)
(恒星にでも飛ばしてしまうのはどう?)
(それはやりすぎ)
(じゃあ川に投げ込むか)
笑っていたファーンたちの姿がトキと共に突然消えた――
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