第16話 じゃあどっちと先に始めるの?
ヨシはアンとグラビアの間に腰を下ろすと、二人の柔らかくくびれた胴を一緒に引き寄せた。
二人の下で上向きになったヨシは、自由に使える両手で二人の……
これ以上は……
「じゃあどっちと先に始めるの?」
物の怪が聞いてきた。
「あの、どっちというか、出来れば一緒に……」
「ふふっ、一人ずつ、順番によ」
ヨシはまた鼻を人差し指の先でつんつんとされた。
ところがあの酒が効いてきたのか、正直なところもう眠くって、どうでもよくなってきた。
残念ながら、ヨシにはその後の記憶がない。
ただ、グラビアがヨシに声をかけている最中、横からいきなりアンがのしかかってきたような……
気のせいか。
カーテンから外の明かりが漏れ、右を見るとグラビアが一人シーツを頭まで被って寝ている。左にいたアンはヨシの首に腕を回し、うつ伏せで寝て、身体には何も掛けていない。
アンの腕をそっと動かして、ひじをつき上体を起こした。彼女の首筋と背中からはなだらかなカーブが続いて、その先がかわいらしく盛り上がっている。
そのきれいな背中に手を乗せると、ゆっくり下に向かって這わせていく。冷たい肌だ。アンはかすかに声を出して身をよじると、肩の蝶も向きを変えた。
すると、
「だめよ、エッチ」
「なんだ?」
「くすぐったい」
「寝言か」
昨夜はこの蝶のタトゥーが舞っていたような、さらにはアンのすべすべした肌がうねった記憶もよみがえる。物の怪にいたっては……
ヨシは頭を振ってアンの体に自分が掛けていたシーツを掛け、二人を起こさないように注意してベッドから降りた。
床に落ちていたパンツを穿く。
次にジーンズに足を通しながらバスルームに行ってみる。
ドアは全開で灯かりが点いている。
中をのぞくと、機関長はバスタブの中にまだ沈没していた。
部屋に戻りファスナーを上げ、シャツを拾ってドアに向かう。
ノブをゆっくり回してドアを少し開け、廊下の様子を窺う。昨夜の騒がしさがうそのように静まり返っている。部屋の外に出るとドアは閉まらないように薄く開けておいた。南国の朝特有な生ぬるい空気に、熟した果実のような、独特の匂いが混じっている。
シャツを着ながら小鳥の舞う廊下を歩き、テラスから身を乗り出すと下を見た。路地の先には中庭から続く外の露店通りが見通せ、夜から朝の雑踏に切り替わっている。
だが、その露店を取り巻いている女たちの中にちらっと見えたトキ。
部屋に飛んで帰った。
「靴、靴、靴はどこだ。ええい、もういいや!」
そのまま廊下に飛び出し、走る。
階段を二段おきに駆け下りて行った。
シャツの裾をズボンに突っ込む。
露店の隙間をすり抜けるとトキの後ろ姿が有った。
「トキ」
振り返った、トキの大きな眼が広がる。
昨夜の能面女とは違う。
「探したんだぞ、ゆうべはどこにいたんだ?」
その両手を握ると、トキは戸惑ったような顔をしている。
「トキ、おれは」
「あの、ねえ」
トキが何か言いかけた。
「何だ」
「皆が見ているわよ」
何を気にしているのか。
「見たいやつは見させておけ」
「だけど、あなた」
「何だ、ああ、これか」
まだ出ていたシャツの片側をズボンの中に入れ終わると足元が裸足、
「気にするな」
「そうじゃないの、その顔は洗ったほうが良いと思うの」
「なに、顔を洗って来いって、どういう意味なんだ?」
トキの口がヨシの耳元に近づいた。
「あなた顔が口紅で真っ赤よ」
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