第13話 私を選ぶ貴方は幸運を手にするのよ
ナナワールドの前だ。
ファーンの連中は完璧に振り切った。
だが、「げほっ」百年の疲れがどっと出た。
生命体の真価を十二分に発揮した黒いカマキリには、約束の四百ビートを渡す。
「あなた~」
振り向くと、ミニなドレスを着てオープンバーの階段に腰を下ろし、ヨシと機関長を見上げている女たち。サイドの色っぽいスリットがぎりぎりまで切れている。
ヨシは彼女たちとの円滑な処世術である笑顔を向ける。
「****、**~***」
路上の人だかりから大音量の音楽が聞こえてくる。前に立つ女の肩に片手を置いて、もう片方の手にマイクを握り歌っている盲目の男だ。二人の前にはしどけない姿で身体をくねらす素足の少女。等身大まではいかないホログラムで、観客の間をまわっている。妖精のようなコスチュームをまとったその子の顔は、ヨシの胸から入ると背後に抜けて行った。
飛行体にも酔わなかったのか、機関長はいつもと変わらずずんずんと歩いて店に入る。
案内するウエイトレスを無視して進み、巨漢ファーンをぶんなぐった勢いでステージ正面の席に陣取った。
華やかに居並ぶ女たち、その最前列で長い髪をかき上げ、セクシーに踊っているダンサーが目に入ってくる。カーレースで言えば、ポールポジションに立つこの店のスターダンサーに違いない。グラビアから抜け出たようにあでやかな女だ。大股開きの機関長をじっと見つめ、自身の両ひざをゆっくり曲げてスイングしながら挑発している。深海の濃厚な水中を進むように、激しいビート曲にもブレない彫りの深い顔が、ゆっくりポールの周りを移動していく。機関長一点に注ぐ、その揺るぎのない自信に溢れた視線が言葉を投げかけてくる。
――私を選ぶ貴方は幸運を手にするのよ――
見つめられた機関長は物の怪に魅入られたように、ふらふらと片手を上げるとその女を呼んだ。
早い!
決めるのが早すぎ。
「めちゃ早いじゃないですか」
「なんだ」
「いや、早いって……」
「文句有るのか?」
「いえ、ぜんぜん」
その妖艶な物の怪、いやグラビア嬢はステージを降りた。
腰を揺らしてゆったりと交互に出す足。
モデルのスローな動画を見るような歩調。
周囲の期待をじらすようにやって来ると、ヨシと機関長の間に座った。そのややピンク色にも見える背中からは溢れるほどの色気が伝わってくる。
なるほどね。
やっと物の怪から目が離れたヨシはトキを探す。
店内を見回していたその時、
「トキだ!」
奥の通用口から出て来た彼女はヨシのすぐ前を歩いていこうとしている。
「あ、トキ」
ところが、
長い髪を優雅に揺らし、ヨシの存在を全く無視して通り過ぎていく。
「トキ」
だが聞こえていないのか、まるで無反応。しかし、よく見ればやはり彼女の横顔はヨシの視線を意識している。ナナの女の子は常に男たちから受ける視姦の海を泳いでいる。よく言えば注目度、それは彼女たちの勲章で敏感に反応するはず。
「トキ、ここだ、トキおれだ」
その呼び掛けにやっと振り返り、確かにヨシを見た。だが気分でも悪いのか、能面のような顔でそっぽを向き、そのまま行き過ぎる。そして奥の席にいた男の隣に座り、無表情でまたちらっとヨシを見た。
「トキ……」
すると近くにいたスタッフが、
「あの子はトキじゃないよ」
「え」
「違うよ」
コピーとまではいかないが、非常によく似たマテアムを見かけることがある。
結局この夜、店内にトキはいなかった。
目の前にあふれかえる半裸の女たち。
おれの遊んでいた視線は、一人の若い女の子で止まった。他のビキニを穿いたダンサーたちと違い、一人デニムのショートパンツを身に着け、ピンクのブーツで際立った踊り方をしている子だ。そのしなやかなしぐさの間に見せるストロングな下半身、それに加え申し分のないプロポーション。ただずいぶんと幼く見える顔からその年齢が気になった。
じつはこの国には似合わない妙に厳格な法律が有る。十八歳未満のマテアムは行動を規制されている。
通りかかったウエイトレスを呼び止め聞く。
「あのデニムの子、歳は幾つなんだ?」
「十八」
「おい適当なことを言うなよ。その数字が一つでも違っていたら、やばいんだぞ」
十八歳未満のマテアムと付き合うこと、これはおれたち外国人にとって笑いごとではない。
やばいこととは、ズバリ、ムチ打ちの刑だ!
発覚して摘発でもされようものならアウトだな。裸にされて木馬を抱き、手足を縛り付けられた哀れな格好でムチの打ち下ろされるのを待つことになる。武闘家でもある執行官の狙いは正確で背中に四本、赤い血の刻印を押すのさ。同じところを打って皮が割けないように少しずつずらしてな。
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