第12話 ばか、やめろ~~、これ以上加速するな!

「機関長早く」


 どたどたと走る機関長。じりじりと遅れ出し、その息が早くも上がり始めている。


「まずいぞ、こりゃあ」


 機関長が通り過ぎるのを待って、そこに有った屋台の積み荷を引き倒す。すぐそばまで来ていた先頭のファーンが木彫りの民芸品に足を取られ、手足をつっぱったまま、


「アアッ!」


 派手に転んだ。

 また先を行く機関長を追って走り出す。


「機関長、急いで」


 弾力なんかとっくの昔に無くなってしまったようなこの男の下半身だ。中年太りの女みたいな胸が上下に揺れて荒い息を吐いている。


「よっ、は、よいや、さっ」


 吐く息が無駄に大きい。


「よっ、は、よいや」


 ほてい様は顔が歪み、二の腕を四五度に曲げて上体が垂直。

 機関長の持論、

《ケンカの極意は逃げだ》

 だけどそんな論法もこの状況には通用しない。


「昔はこんなじゃなかったなんて言ってるけど、もう年なんですからね!」

「よっ、は」

「だめだこりゃ」


 角を曲がると新たに現れた道路沿いの露店街、どこまでも続いている。

 赤シャツが壊れたサングラスを手に握ってわめき、ファーンの連中と追いついてきた。その時、再び聞き覚えの有る声、


「キャプテン!」


 ど派手なごう音をばら撒いて現れたトクチャー。

 男が着るシャツの前後、大書されている文字は《忍ぷ》。

 操縦席にまたがる男が叫んだ。


「キャプテン、早く」

「おお~、機関長、これに乗って」


 象のような背中を何とか押し込むと、その重みで傾いたトクチャーにヨシも飛び乗る。サイドガードに引っ掛かって脱げそうになった靴を掴んだ。


「出せ、出せ、早く出せ」


 後ろを向きながら叫ぶ。

 重量に負けそうなトクチャーだが乱暴に飛び出す。

 車体のケツを路面にかすり、火花を散らして鬼のように加速――

 ファーンのわめき声が遠ざかって行くと、どや顔の男が上機嫌で話し掛けてきた。


「キャプテン、ナ~ナ~か?」

「そうだ、ナナに行け」

「キャプ――」

「おまえな、前を見てろ。背中に忍ってあるだろう。字がちょっと違ってるが」

「へ?」


 実際問題外国の字なんてどうでもいい。雰囲気が出てればそれでいいのだ。


「キャプテン」

「だから前を向いて――」

「奴等が追って来た」


 と、トクチャーの騒音に重なる男の声。振り向くと、後を追って来るトクチャーが一台。ファーンを満載にして、その座席の横から体半分はみ出た赤シャツがわめいてる。


「くそ、しつっこい奴らだ」


 ヨシはまた叫んた。


「振り切れ、四百ビートをおまえにやる」

「四百!」


 そう叫ぶ男に、「成功報酬だ」とたたみかける。


「ぶっ飛ばせ!」


 と今度は機関長、

 にたりと笑う忍ぷ男。


「いや、おれたちの言う意味は適度にスピードを上げ――」


 手遅れだった。

 前方をにらむ異形な黒いカマキリ、

 その背中からほとばしるオーラ、

 既に爆走気味のトクチャー、

 戦闘態勢になったカマキリの指が不気味に開き、獲物を得るように黄色いレバーに伸びた。


「やばい!」


 手すりを両手で掴み前傾体勢になる、


「機関長、しっかり掴んで!」


 その言葉も終わる前にマシンが尋常でない悲鳴を上げ、ヨシの鼓膜が震えた。

 カーブに来ると男は奇声を発してさらにレバーを引く。


「ゥリャーー」

「お~~」

「ぅゎあ~~~~」


 身体があっという間に横に滑った。ヨシの体がシートの上で横向きに浮いている。

 ヨシは同じように横向きになっている機関長の体と手すりにしがみついた。

 機関長の掴んだ手すりが曲がり始める。

 前を見ると、男も操縦席で横向きに浮いているって、そりゃあ言い過ぎだ。

 ついに正体を現した生命体が、

 強風の中を泳ぎながら、

 再びレバーに手を伸ばす。


「ばか、やめろ~~、これ以上加速するな!」

「「おおーーーーーーーーーー!」」



 この夜、バルンテープ市民は、未確認の飛行物体が路面すれすれに走り去って行ったと噂し合った。

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