第11話 おまえをやったのはあの赤シャツか?

(あなたさっきから何見てるの)


 一回目のステージが終わり、休憩していたトキがじっと自分の胸を見ている。


(この世界で男の子はね、腰だけじゃなくって胸にも興味があるみたいなの)

(そんなところに?)

(それも大きければ大きいほどいいみたい)

(変なの、なにそれ)


 トキは思いつめたように、


(ちょっと触ってみて)

(なんで?)

(触られると大きくなるんですって)

(ふーん)


 片方の手がちょこっと触った。


(どう?)

(変わらないわ、もっとやってみて)

(じゃあ、これでは)


 何度かやってみる。


(ぜんぜん変化ないじゃない)

(だめ、もっと思い切ってやらなくっちゃ)

(だったら、今度は気合を入れていくわよ)

(うん)

(ウリャ~~!)

(あふっ)





 バルンテープにはもう一晩か二晩しかいられない。ヨシの前をまた機関長が歩いている。大通りを覆う高架鉄道の下、行き交うトクチャーの爆音に混じって聞き覚えの有る声だ。


「キャプテン、トクチャー!」


 あたりにかまわず怒鳴るように声を掛けてくる。


「キャプテン、レディー!」

「そんなでかい声を出すな」

「ヨシ、先に行くぞ」


 機関長の巨体がなぜか人混みの中をするりと抜けていく。

 壁にとまったハエも汗をぬぐう灼熱の夜。

 全身を黒い布で覆ったイスラムの女が、メガネを掛けた眼だけを出している。すそを歩道に引きずりながら、露店の灯りに照らされた品を物色していく。

 その風船のように膨らんだ身体の側をすり抜ける。今度はヨシの前をファーンが三人、道を塞ぐようにのんびり歩いていた。大柄なこの連中に挟まれると身動きが取れなくなる。ヨシは身体を斜めにして連中の間をすり抜け、


「うっ」


 急に向きを変えた男――赤いシャツを着たファーンにぶち当たった!


「おっと、ごめんよ」


 軽く謝り、そのままそいつの脇をすり抜けようとした時だ、


「ぐふっ!」


 ヨシの喉に手刀が食い込んだ。

 歩道に転がったヨシの前、三人のファーンが壁のように立っている。

 夜だというのに濃いサングラスをしたスキンヘッド。ベルトの太いチェーンがキラッと光る。

 血のような色のシャツを着た巨体がゆっくり近づいて来た。

 世界経済の九割までを支配下に置いてしまった東洋人は、欧米の露骨な反撃を受けている。これまでずっと下に見てきた人種が、自分たちの生活を支配しているように感じ始めた。ファーンの東洋人に対する敵愾心は深刻だ。


「ヨシ、どうしたんだ?」

「機関長」


 振り向いたヨシを引き起こす両手。その太い腕はにでっかく彫られた観音菩薩がヨシを見つめている。バルンテープで彫り師に写真を見せ、特別に注文した機関長自慢のタトゥーだ。

 やっと起き上がったヨシを連れ、目の前の赤シャツを無視してさっさとその場を離れる。


「おまえをやったのはあの赤シャツか?」


 立ち止まった機関長の顔にすごみが浮かんでいる。


「多分、あいつにぶつかって」

「ここで待っていろ」


 巨体を揺すり引き返して行った。

 あっという間だった。

 出来の悪い悪いホロスコープが断続動画を映し出すように――機関長のパンチがいきなりそのテカテカなスキンヘッドの顔面に炸裂!

 サングラスが吹き飛ぶ。

 赤シャツのでっかい図体が股を開き見事にのけぞると、露店に並んだ小物類をめちゃくちゃにした。

 端の方にいた仲間のファーンが転がってきた椅子を振り上げる。

 駆けつけ戻って来たヨシの得意技は背面がんせき落としに、顔面ストレートエイリアンパンチ。だが、それはスペース系格闘技ゲームでの話だ。


「機関長」

「かまうなヨシ、逃げるぞ!」


 身構えるヨシに機関長はそう言いながら走り出す。


「あ、れ?」


 後ろからファーン連中の叫び声が――

 頼りになるはずの大男はとっとと逃げ出した。

 思わぬ展開だがこうなったらヨシも逃げるしかない。

 狭い露店通りをすり抜け、人垣の隙間を走り抜ける。


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