第10話 コピーのくせになめた真似を

 店に入り席に着くと、薄暗く照明を落としたステージでは過激なショーが始まっていた。

 肌色を際立たせたライトを浴び、挑発的な笑みを浮かべる女たち。四つん這いになった女が両手でステージの床を激しく叩き、叫び声をあげる。

 顔に掛かる長い髪の隙間から見える眼が光る。

 やがて肩を支点に、その淡いピンク色の体を弓なりにしなわせ、長い髪を上下左右に振り出した。

 警察の手入れがない限りエスカレートしていくパフォーマンスだ。機関長は激しく動く女の足元からコップを引き寄せると、顔を真上に向けた。目線の先には強化ガラスの床を通し、二階で踊るミニスカートを穿いたダンサーたちのすべてが見えている。


「機関長」

「…………」

「機関長!」

「あん?」


 口を開け、真上を見ていた機関長が顔の向きを変えた。


「機関長は厨房長のこと」

「なに?」


 機関長が耳を近づけた。

 腹に響くサウンドと店内の騒音で、大声を出さないと聞こえない。


「機関長は、厨房長のことを、何か知ってるんですか!」


 グラスの酒を一気にあおった機関長がやっと話し出した。


「ヨシ、おまえほんとに何も知らないのか?」

「知りません」

「そうか、おまえにはまだ言ってなかったかな。奴は密売に加担してたのさ」


 機関長は顔をぶつけるようして話してくる。


「背後には軍の高官がいてな、そいつに入る金は二百万ビートだと」


 軍の高官が麻薬の密売に手を染めているというのは噂でしかなく、本当のところは分からない。

 怒鳴るように喋った機関長は、また二階を見上げていた。目の前のステージは次のショーに移り、ダンサーが入れ替わった。新たに登場した女たちは大きなスポンジを手に持ち、足元にはシャボン液の入った器が用意される。


「機関長も船長もそのことを前から知っていたんですか?」

「まあいいじゃないか」


 コップを空にした機関長は振り向き、ウエイトレスを呼ぶと新たな酒を注文した。

 前に立つ女の、なだらかな皮膚をシャボン液がすべる。ピンクの照明に映える足を伝いステージに滴り始めた。ポールを両手で掴んだ女は、泡に包まれた身体をなめらかに揺する。膝を曲げて身体を反らせたその時、ヨシの肩越しに後ろを向いていた機関長の顔が近づいてきた。


「ヨシ、声を出すなよ。ゆっくり入り口の方を見てみろ」


 ヨシが振り返るのと、男がウエイトレスを押し退けるのとは、ほとんど同時だった。

 女たちの顔を一人ずつ見ているその男、


「厨房長ですよ」

「奴が何を持っていると思う」


 言われ、また振り返る。

 小さな身体が顧客の間をすり抜け進んで来る。

 その下に降ろした右手に握られているもの、

 拳銃!

 ヨシの腰が半分浮き上がる。


「機関長、やばいですよ、部屋に入ったのがばれた?」

「落ち着け、たぶん奴が探してるのは女だ。こっちは見ていない」


 その通りだった。厨房長は二人を無視するように無言で通り越していく。だがその拳銃を見とがめ、後を追ってきた店の男が厨房長を呼び止めた直後に事件が起こった。その小さな銃から弾けるような乾いた音が出ると、厨房長の腕をつかんだ男の身体が床に落ちた。

 近くにいた客や女が立ち上がる。

 逃げる者たちの動きがスローなホログラムと化した。

 機関長の巨体もその波に飲み込まれる。

 訳が分からず濁流に押し流される人の塊。

 つまずいたヨシに何人もの女たちが折り重なり押し寄せてきた。

 テーブルの上をすべる。

 身体の下でガラスの割れる音、

 ついにはボックス席に押し付けられ、身動きが取れない!

 ヨシは女たちの豊かな身体に押しつぶされ、がに股ヒキガエル状態になった。手も足もまったく動かせず、唯一動いた首を回し厨房長を捜した。音楽が止み、怒号と悲鳴だけとなった店内で銃を構える厨房長。

 ステージの横で髪を長く下ろした女がひざまずき、

 命乞いをしているその額に銃口を当て、

 女の哀願に重なる、厨房長の絞り出すような声が、


「コピーのくせになめた真似を」

「やめて、たすけて!」


 コピーという言葉はバイオロイドやマテアム、クローンに対する蔑称だ。

 ヨシは思わず叫んでいた、


「厨房長!」


 その声が厨房長に聞こえたかは分からない。ただ次の銃声が起こった時、ヨシの後頭部に激しい衝撃がきた。誰かに押さえつけられ、次はめり込んだソファから持ち上げようとした頭をまた蹴られた!





「ヨシ、大丈夫?」


 気が付いたヨシは床に寝かされ、目の前にトキがいた。布を当てたヨシの手を支えて顔を覗き込んでいる。


「手を怪我してるわ」

「トキ、いて!」


 割れたグラスで切ったのか、指先の布に血がにじんでいた。

 ナナの女に夢中になる男は多い。

 この国で捕まれば確実に死刑となる麻薬の密売。そんなリスクを冒してまで、女を自分だけのものにしようとした厨房長だ。

 しかしこのナナで女を独占することはかなわない。他の男と店を出る女の姿に堪えられなくなったのか、暴力を振るうようになったと女は周囲に漏らし、麻薬の密売を警察に通報した。

 公安の捜査に気づいた厨房長は船を抜け出し、女を撃ち殺して自らも頭を撃ち抜いたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る