第26話
正直ビビった。流行りのファンタジー映画から飛び出してきたような――と形容できればどれほど楽だっただろう。
単にデカいとか、迫力があるとか、そういう言葉では表現しきれない。見る者を絶望させ、混沌の闇へ引きずり込むような『オーラ』とでも言うべきものが、全身から放出されている。
様子見をしているらしい龍。ゆっくりと身体を浮かせ、のびのびと漂っている。
こちらも相手の様子を見ておきたかったが、残念ながらそれは叶わない。こちらには、タイムリミットがあるのだ。
俺は一旦、夏奈と目を合わせて頷き合った。
夏奈は龍を敢えて無視し、坂畑の懐へ飛び込もうと試みる。同時に俺は自動小銃を置き、転がっていたグレネード・ランチャーを取り上げた。
本来なら、暴徒鎮圧用の催涙ガス弾を発射するものだが、弾頭が変わっても差し支えはあるまい。
俺はすぐに、そばで伸びている隊員の腰元から殺傷性の高い榴弾を頂戴した。その間も油断なく龍を睨み続ける。が、龍はまだ攻撃の意志を見せない。
俺は榴弾を一発装填し、ズドン、と発砲した。榴弾は、速度こそ銃弾に大きく劣るものの、破壊力は桁違いだ。何せ、爆薬を積んでいるのだから。
初弾は見事に龍の鼻面に直撃、爆発した。グォォォッ、と呻く龍。その向こう側では、夏奈が慎重に距離を測りながら坂畑と対峙していた。
レイピアは執拗に坂畑を攻め立てるが、その軌道は逸らされてばかり。坂畑は魔弾を作るようなことはしなかったが、それ故に速度のある戦闘スタイルを取っていた。
夏奈が攻め込むとすれば、坂畑が障壁を自ら破って拳や足を突き出す時だ。だが、その速度は尋常ではない。
夏奈が攻めればさっと身を引き、隙あらば強烈な一打を見舞ってくる。一進一退だ。
だがここには、先ほど俺と夏奈がアイコンタクトを取った意味がある。
俺が龍を惹きつけ、弱らせる。龍の動きが鈍った時点で、敢えてとどめを刺さずに夏奈を援護、龍を生み出した坂畑を叩くことで、龍諸共、坂畑をダウンさせるということを確認した。
しかし、榴弾の爆炎も収まる前から、俺は自分の甘さを思い知ることとなった。
黒煙を振り払うように首を巡らせ、龍はその頭部をぬっと突き出してきたのだ。全く無傷の、その顔を。
龍は悠々と頭部を巡らし、噛みついてきた。咄嗟に飛び退くと、俺の背後にあった乗用車が龍の牙に捕らえられる。龍はしばらく首を曲げ、口を開閉させていたが、やがてその口内で火花がガソリンに引火、大爆発を起こした。
「うおっ!」
慌てて腕を顔に翳し、ガードする。サイドステップを踏みながら腕をどかすと、そこにいたのは、ぶるぶると顔を震わせる龍だ。無論、無傷である。
黒焦げでフレームだけになった乗用車を、龍は軽く放り捨てた。結界に含まれていたコンビニの入り口を直撃し、派手な破砕音を立てる。
顔面は強固、口内も頑健。となれば、どこを攻めればいい? こいつの弱点はどこだ?
龍は特別素早いわけではない。だが、タイムリミットを課せられた俺としては、弱点の発見はどうしても早急にこなさねば。
バックステップを繰り返し、自動小銃で威嚇しながらこちらに注意を惹きつける。首から後ろはどうだろう? ううむ、鱗に覆われていて隙がない。腹部は? いや、こちらにも鱗は健在だ。
顔面に打撃を与えられなかった以上、頭部の表皮より丈夫であるはずの鱗に攻撃を加えるのは無意味だ。
しかし、この龍とて魔法で生み出されたもの。夏奈や冬美が完全な戦闘マシンでないように、龍にだって弱点はあるはず。
「どこだ……?」
俺は危険を承知で、龍に向かって一歩、踏み込んだ。自動小銃を腰だめに構え、一点突破するつもりで突撃する。龍は首を竦め、やや怯んだものの、すぐに体勢を立て直した。その凶暴な牙を見せつけるように、ゆっくりと口を開く。今だ!
俺は瓦礫の山に向かって横っ飛びし、そこにあった看板を蹴って二段目の跳躍を果たした。冬美の真似だ。
無様に顔を瓦礫に突っ込む龍。その隙に、俺は今まで注意の回らなかった龍の『ある部分』に目を向けた。尻尾だ。
なるほど、竜頭蛇尾という言葉、そのまんまだった。尻尾の方にいくにつれ、龍の身体は細く、半透明になっていく。どうやら、この龍は独立して召喚されたものではなく、坂畑の力で生み出された攻撃魔法の一種のようだ。
となれば、龍と坂畑を繋ぐ部分に火力を集中すればいい。俺は自動小銃を捨て、先ほどのグレネード・ランチャーを取り上げ、一気に龍のそばを駆け抜けた。
そして、気づいた。坂畑は障壁で自らを囲いながらも、しきりに左腕を突き出すというよく分からない所作をとっている。あれはきっと、龍の形を成す攻撃魔法を維持するため、魔力を送り込んでいるのだ。
しかし、坂畑本人は、同時に夏奈の相手もしなければならない。次に坂畑が左手を無防備に突き出した時、その腕を榴弾で消し飛ばしてしまえばいい。
俺は無言でランチャーを構え、坂畑に狙いを定める。だが、俺の言動を見越してか、奴はスピーディな戦闘スタイルを取っている。何とか追従する夏奈。こんな状況では、榴弾はおろか、通常の弾丸でも坂畑だけを狙うのは困難だ。
その時、俺はざあっと寒気を覚えた。まさか、と思って振り返る。そこには、鼻息を荒くした龍が、ずいっと顔を寄せてくるところだった。虎視眈々と俺を狙っていたわけか。
俺は咄嗟にランチャーを構え直したが、この距離では自らも爆炎に呑まれる。自滅行為だ。どうしたらいい?
俺が逡巡する間にも、龍はゆっくりと距離を狭めてくる。やられる。そう思った、次の瞬間だった。
パシャリン、という音が降ってきた。宝石箱が引っくり返されるような、美しくも騒々しい音だ。音は続く。パシャリン、パシャリン、パシャリン――。
龍の気が逸らされたのを見て、俺はすぐさま後退し、雑居ビルの隙間に隠れた。そこからでも、音の発生源は見える。
音は、半球形に展開された結界の天頂部から響いていた。半透明の結界に穴が空き、破砕されて降ってくる。ステンドグラスが割られていくような光景だ。
その上空を見て、俺はあっと息を飲んだ。
「小林さん⁉」
海上保安庁の人員輸送ヘリ。キャビンのサイドドアが引き開けられ、そこから狙撃銃を構えた小林が狙いを定めていた。目的は何だ? 彼は俺たちの敵か、味方か? いや、そもそも何者なんだ?
最後の疑問以外は、一瞬で明確になった。結界の破損部分から、冬美が降ってきたのだ。いや、一人ではない。腕に誰かを抱えている。夕子だ。
重力に為されるがまま、落ちてくる冬美。しかし、冬美は減速するどころか勢いをそのままに、容赦のない速度で落着した。龍の胴体の、ほぼ中央部に。
結界が解けなければ、テレポートを通してその場に侵入することはできない。逆に言えば、小林が障壁破りで結界を破壊してくれたから、冬美は入って来られたのだ。斎藤を片付け、俺たちを援護するために。
「涼真、急げ!」
「了解だ!」
俺は一瞬、動きを止めた坂畑を見遣った。龍にダメージが入ったのを見て、左手を障壁から突き出している。
頭部に照準を合わせ、それから少しだけ右下に狙いをずらす。まだこの結界内部に風はない。これが最初で最後のチャンスだ。
「くたばれッ!」
ドォン、という、低く短い音を立てて、榴弾は放たれた。そして吸い込まれた。寸分たがわず、坂畑の左腕へ。
爆音と爆炎により、状況は不確かだ。それでも、坂畑自身を守っていた障壁がブレるのははっきりと見て取れた。
「はあッ!」
気合一閃。夏奈のレイピアが金色の光を帯びて、坂畑の左腕を斬り落とした。
「ぐあああああああ!」
「グオオオオオオオ!」
坂畑と龍の叫びが混ざり合う。同時に、龍は急速にその姿が薄くなり、数瞬後には霧散してしまった。
がらがらと崩れゆく結界。この場が現実と溶け合うまでの間に、夏奈は気絶した坂畑を俺のいる路地裏に浮遊移動させ、自らもプロテクターを解いてワンピース姿になった。疲れが出たのか、あるいは緊張が解けたのか、荒い息をしている。
「夏奈、無事か!」
「ええ! 涼真、あなたは?」
「まあ何とか、な」
坂畑を見下ろし、すかさず確認する。
「こいつはどうする?」
「大丈夫。失血性ショック死に至らないように、火傷させながら斬ったから」
さらりとおぞましいことを宣う夏奈。
「涼真!」
別方向からの呼びかけに振り向くと、冬美が駆けてくるところだった。こちらはテレポート分の余力はないらしい。だが、そんなことを気に留める間もなく、俺は無線機を押し付けられた。
「はい!」
「お、おう」
慌てて耳に当てると、
《ご無事ですか、鬼原警部補?》
ああ、やはり小林だった。
俺はいろいろ問いかけようと口を開いたが、
《時間がないんでしょう? ひとまず十時方向のオフィスビルに着陸しますから、乗ってください! 負傷者については、匿名の電話を所轄に入れておきます!》
「りょ、了解!」
こうして俺、夏奈、冬美、そして夕子は、指定されたビルへと駆け出した。
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