第16話
※
「ああ、やっと来たね。ボクを待たせるなんて、いい度胸じゃないか」
「そいつはどうも」
俺は夕子の部屋に立ち入っていた。相変わらず暗く、しかし電子機器の光が目に刺さる。
「夕子、実はこれを――」
「まあ待ちたまえ。ボクはボクで、いろいろ調べさせてもらったよ。それを踏まえた上で、君の持参した資料と突き合わせてみよう」
その言葉を聞きながら、俺は階段を下りていく。回転椅子をくるりと回し、足を組んで肘を着いて、手先に顎を載せる夕子。眼鏡に機器のランプが反射し、かなり様になっている。
「じゃあ、先にお前の話を聞かせてもらおうか」
「任せてくれたまえ!」
ない胸を拳で叩き、夕子はパソコンに向き直った。
「涼真くん、二人の魔女――夏奈と冬美は、一体いくつだと思う?」
「え? 年齢? そりゃあ、夏奈は俺と同い年だから、十六、七だろ。冬美は、そうだな、小学校高学年くらいだから、十一、二ってところか?」
「ぶっぶー! 大外れ! 馬鹿だなあ、君は。彼女たちは人間じゃない、魔女なんだよ?」
「だ、だったら何だってんだよ?」
すると夕子は、二人の顔写真をディスプレイに映し、こちらに振り返った。やはりドヤ顔を続けている。
「魔女、あるいは魔術師っていうのは、随分長い歴史があるんだ。数百年レベルでね。だからあの二人も、それなりに歳を食ってるわけさ」
「じゃ、じゃあ、あいつら何百歳、ってことなのか?」
「どうかな。顔つきからするに、明らかに日本人の血は混じっている。ハーフだろう。となると、西洋文化と日本が出会った頃、つまり幕末から明治にかけての生まれだろうね。あるいは、キリスト教の宣教師に随行した魔術師や魔女の子孫だとも考えられる」
『つまり、ボクらは彼女たちから見れば、産まれたばかりの赤子同然ということさ』などと抜かす夕子。ニヤニヤと口角を上げているところを見るに、俺のリアクションに期待を寄せているようだ。『赤子同然』と言われた俺が、どんな感情を見せるのかに注視している。
だが、俺の胸中は複雑だった。
「……あれ? どうしたんだい、涼真くん? 随分と物静かじゃないか」
「いや、二人の人生、いろいろあったんだろうと思ってな」
俺はそばの柱に背中を預け、顎に手を遣って黙考した。
そんな所作が、自分に不似合いだとは自覚している。だが、どうしても冬美の言葉が忘れられない。何とはなしに、口に出してみる。
「姉ちゃんは、お父さんやお母さんこと、何とも思わないの?」
「どうしたんだね、君?」
「一つ気になってな。夏奈と冬美の両親、もしかしたら魔女狩りで殺されたのかもしれない。いや、たまたま潜伏キリシタンとして処罰されたのかも」
「ああ、姉妹の生い立ちを考えていたんだね」
俺は無言で頷いた。
「彼女たちが生まれた時代からどのくらい離れているか、分からないけれど」
そう言って、再びディスプレイに向かう夕子。
「ボクが秘匿回線と衛星通信を使って収集した、あの二人のデータだ。見てみるといい」
俺は再びディスプレイに顔を寄せ、書類と思しき画像に見入った。
かなり古い。紙は最早、触れただけでばらばらになりそうなほど傷んでいる。
書類の隅に書かれた日付は、明治時代後期のもの。しばらく見つめてから、俺はようやく、これが学校の名簿のようだと気づいた。
そこには、二名だけ女生徒の写真があったのだ。学年は違うようだが、明らかに男子ではない。
「待てよ……」
この時代は、男尊女卑の酷い頃合いだったはず。何故、この二人だけ女生徒が混じっているのだろう?
俺が俯くと、再び夕子はキーボードを叩いた。二人の顔が拡大され、画面上に並べられる。
「この二人は?」
「分かっているだろう、涼真くん。雨宮姉妹だよ」
「はあ? だって顔かたちが全然違って――」
「しゃらっぷ!」
ぴしり、と俺の眼前に夕子の掌が翳される。
「魔女にとって、外見操作魔術は初歩の初歩だよ? 何せ、魔女狩りから逃げるために開発された魔術なんだからね」
「ってことは」
俺は身を乗り出し、二人の写真を指差した。
「この二人が夏奈と冬美なのか?」
「そうだね」
「で、でも、いくら女生徒は珍しいって言っても、全国に一人、二人ってわけじゃなかったんだろう? たまたま別な、一般生徒の画像を引っ張ってきただけなんじゃ……」
「それはどうかな」
そう言うや否や、パソコン周囲のランプが一斉に消えた。
「何事だ?」
「ボクがやったんだ。一時的にブレーカーを落としただけさ。その方が見やすかろうと思ってね」
淡々と答える夕子に、俺は詰め寄った。
「一体、何を」
『何をするんだ』と言いかけて、俺は目を見開いた。
ディスプレイ上の、二人の女生徒。その瞳に、色が付いたのだ。最新の画像処理による着色。しかし、問題は『何色が付いたのか』ということ。年上の少女の目はアメジスト色に、年下の目はエメラルド色に輝きだした。
「さっすがにこんな目の色をした人間がいるなんて、当時の日本では信じられなかっただろうね。直接会ってみるまではさ」
「おい、この二人が雨宮姉妹だってのか?」
「可能性は高いだろう」
つまり、明治時代から雨宮姉妹は存在していたのだ。学校という場を隠れ蓑に、人間の生活を観察・分析しながら。きっと今でも、その作業は続行中のはず。
「後は延々と教職員たちに呪文をかけて、卒業の度に、自分たちのことを新入生だと思い込ませてきた。たまに名前も住所も変えているが、何もかも適当だ。他者との接触を極力回避するには、大抵は魔法で誤魔化せたからな」
あの二人が人払いを仕掛けたことを思い出した。それに加え、顔かたちを自在に変えて、人との接触も任意で行ったり防いだりできるとすれば、あるいは――夕子の言う通り、百年以上も学生でいられるのかもしれない。
「なあ」
「ん? どうしたのかね、ワトソンくん」
「あの二人の生きる目的って何なんだ? 寿命があるかどうかは分からねえけど、いつも危険な活動を行ってるんだ。命を懸けてまで一体何をするつもりなんだ?」
「そりゃあ、二人の言った通りだよ。『人類の救済』。戦争や紛争がなくなる、あるいは大幅に縮小されるんだろう。まあ、恐らくは少しばかり科学技術の後退が予想されはするが、この世から最新兵器が一瞬で消え去ったら、それはそれは平和なことかもしれないね」
「そ、そんなことを……」
それを言ってしまったら、今までの人類の進化は何だったのだろう。確かに、テレビやGPS、インターネットなどは戦争の産物ではある。だが、それが人類に大いなる恩恵をもたらして――いや、本当にそうか?
それらの機械は、確かに便利ではある。だが、それは人間の生死に関わるものではあるまい。となれば、流血の上に手にする価値があったのかどうかは、甚だ疑問である。
改めて、ディスプレイに映った夏奈と冬美の写真に見入る。
色褪せた中でも輝く瞳。俺は、その瞳の奥にどんな葛藤や悩みがあるのか、知りたくなった。いや、知らねばならないと思った。
「で、涼真くん。君が持参したのはどんなものかね?」
はっとして顔を上げると、ちょうど夕子と目が合った。が、彼女の言葉を理解するには至らない。思索の沼から抜け出せず、ぼんやりしていたのだ。
「ちょ、待ちたまえ! どうしてそんな目でボクを見るんだ?」
「へ? あ、悪い。睨んでたか?」
すると夕子は、たちまち顔を真っ赤に染めた。
「そっ、そうじゃない! 君があまりに真摯な目でボクを見るから……」
「……お前何言ってんの?」
「はあ⁉ き、君こそボクの気も知らないで……!」
何やら今日の夕子は挙動不審だな。珍しい。ま、いいか。
「俺が持ってきたネタは、これだ」
俺はポケットから一つのUSBメモリを取り出した。
「三日前、校庭で起こった戦闘の様子だ。ボディカメラで録画した。ドローンと違って、冬美が攻撃を仕掛けてきた直後からの映像と音声がある。解析してくれないか?」
「ほっほう!」
夕子はぱっと俺の手先からメモリをすっぱ抜いた。
「ボクが過去を追いかけて、君が最新情報を携えてきたわけか。ようし、見てみよう」
早速映像が再生された。破砕音、銃声、それに障壁が弾丸を弾く高い音。やがて映像は教室から校庭に移り、雨粒が滴り始めた。
「ちょっと失礼」
夕子は映像を一時停止した。そこには、障壁であるところのアメジスト色、エメラルド色の板が映っている。
「なるほどな……」
「夕子、まさか障壁について何か分かったのか?」
「うむ」
冷めきったコーヒーに口をつける夕子。
「で、どんなことが分かったんだ?」
「何にも分からない、ということが分かったよ」
「だはっ!」
期待が大きすぎたのか、俺は全身が脱力感に囚われた。
「おいおい、買い被らないでおくれよ、涼真くん。ボクにだって、分からないことはあるさ。だけど――」
「だ、だけど?」
「この障壁、完全じゃないようだね。拳銃よりや爆薬よりも貫通性の高い攻撃を、一点に集中して仕掛ければ、あるいは」
「障壁は壊れる……?」
「まあ、対戦車ライフルを同じ場所に、寸分の狂いもなく十発くらい撃ち込めば」
そう言って、夕子は回転椅子の背もたれに身体を預けた。
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