第15話【第三章】
【第三章】
流石に、翌日から通常授業というわけにはいかなかったようである。校庭やフェンスの周りには警察の黄色い警戒線が張り巡らされ、校内は物々しい雰囲気だった。
「これじゃあ夕子に音声解析を依頼するのも無理、か」
夕子のことだ、これだけの事件が発生しても、地下一階の自室に閉じこもっている可能性は高い。警官を追い返すのも、彼女の屁理屈を以てすれば朝飯前だろう。
だが、肝心の音声データを持っているのは俺だ。俺の立ち入りが許可されなければ、夕子の所見を拝聴することもできない。
もちろん、警部補相当官として、いやそれよりも、現場に居合わせた人間として、校内に立ち入るチャンスがないわけではなかった。だが、現場のピリピリした感じに、俺は疎外感を覚えていた。
主に働いているのは鑑識だ。夏奈や冬美に繋がる証拠を、俺が無意識のうちに踏んずけたり、破損したりしてしまっては多大な迷惑をかけるだろう。
俺はすぐさま特殊事案対策本部に取って返し(車の運転を買って出てくれた小林には礼を述べなくては)、次に冬美が狙いそうな場所のあぶり出しに臨んだ。
学校再開まであと三日はかかるというから、何かしらの仕事はしておくべきだろう。
「それにしても、鬼原警部補」
「はい?」
俺は助手席で、視線を前方に向けたまま気のない返事をした。
「本当ですか? 昨日あなたが、射撃中止を叫んでいたっていうのは」
「ああ、そうっすよ」
俺には、なるべくしてこうなった、としか考えられない。
「皆の噂になってます。これだけ勤勉に任務にあたり、状況を好転させてきた鬼原警部補が、どうして肝心の魔女相手に、射撃中止要請を出したんだろう、って」
「そ、それは……。あなただって同じでしょう、小林巡査部長? 守るべき家族もいるんだし」
一昔前の、よくあるホームドラマの一篇を思い出す。夫が帰る。妻が出迎える。彼女の腕には、赤ん坊が抱き締められていて、不器用にも夫に触れようと手を伸ばす。そんな光景だ。
しかし、そんな俺の勝手な妄想は、すぐさま打ち破られた。
「自分、シングルファーザーなんです」
「えっ」
一瞬、息が止まった。
「妻は、ストレス性の後天的疾患で、精神病院に入院しています。退院の目途は、まだ。警部補さえよろしければ、少し自分の話を聞いていただけますか?」
「そ、それは……。ええ、大丈夫です、小林さんさえよろしければ」
※
小林の話によれば、彼の妻は幼少時、虐待を受けていたらしい。今でも、躾と称して包丁を向けてくる父親の姿が忘れられないという。
その現場に踏み込み、彼女を救ったのが小林の父だった。つまり今の小林は刑事二代目、ということになる。
その後小林は、後に妻となる被害少女と文通を始めることになる。スマホでもパソコンでもなく、手書きの紙媒体の文通だ。
これは、小林の父が、『被害少女には同年代の友人が必要ではないか』と考えたからだったが、次第に小林も、被害少女も打ち解けていくようになった。そのうちに恋愛感情が生まれ、めでたく結婚。娘の春子を授かった。
だが、ここに一つの説がある。
『虐待を受けて育った者は、我が子へも虐待をしてしまう可能性が高い』と。
残念ながら、小林の妻も例外ではなかった。
※
「自分がどれほど妻のことを想っていたか……。いえ、言うだけ野暮というものでしょうね。結局、春子からは母親を引き離すことになってしまった」
「あなたのせいじゃない」
俺は即座に口を挟んだ。しかし、小林はかぶりを振りながら、
「いえ、自分にも責任の一端があります。妻の過去を知りながら、ついつい家庭よりも仕事を重視してしまって」
と言って、両手をハンドルに載せた。
確かに、刑事というのは家庭を顧みない、否、顧みる機会が与えられない業種だ。そこを自覚して、自責の念に駆られる小林。
そうと分かっていれば、彼のスマホを叩き落とすようなことはしなかったのに。あ。
「娘さんの写真のデータ、バックアップは?」
「大丈夫ですよ、警部補! ちゃんと私用のパソコンに入れてあります」
小林はころりと表情を変え、にかっと笑ってみせた。
「そうっすか」
それならよかった。
だが、一つの疑問が思い浮かんだ。夏奈も冬美も、何らかの破壊活動を行うことで、人類を救おうとしている。
まだ『人類を救う』という言葉の真意は測りかねるところがあるが、小林のケースにように、誰も悪くない場合はどうするつもりなのだろう? どうやって小林と妻、それに娘を救うつもりなのだろう? 夏奈も冬美も、旧時代的な勧善懲悪な事態に囚われすぎているのではないか?
「鬼原警部補。警部補?」
「あっ? ああ、はい」
「命令です。直ちに本部に戻って、待機しろと」
ああ、そう言えばその予定だった。
「了解。車、お願いします」
※
本部待機は三日間続いた。
待機中といっても、俺の身は多忙だった。一番魔女との接触が多かった人間として、鑑識やら特別捜査班やら警視庁上層部やら、いろんな方面に説明を求められたのだ。
まあ、仕方ない。『こんな子供が?』という態度を露わにする連中もいたが、俺としては慣れたものだ。
校庭での戦闘中には、監視用の小型ドローンも投入されていた。
そのカメラが捉えていた映像は、皆の度肝を抜くのに十分なインパクトがあった。障壁の材質、展開方法、夏奈と冬美の正体など、様々な憶測が飛び交ったが、これぞというものには辿り着かなかった。
当然だ。だからこそ、彼女たちは『魔女』と呼ばれているのだから。
だが、俺が行っていたのは、そんな不毛な会議に出席することだけではない。
「……眠れねえな」
間近に魔弾やら障壁やらの存在を感じたために、すっかり寝つきが悪くなってしまった。
簡単に言って、ビビったのだ。緊張感が解かれない。全身の強張りも。
俺は『畜生』を連発しながら、睡眠導入剤を服用する。あ、もう今日の分は飲んじまったか。『畜生』もう一丁だ。
俺はベッドに戻ることなく、部屋の反対側にある棚に向かった。その途中で、パソコンの電源を入れておく。
照明を点け、パソコンの前に腰を下ろし、棚から引っ張り出したファイルを開く。今までの捜査資料である。
パソコン上の画像と突き合わせるようにして、資料に視線を走らせていく。
ここで重要なのは、資料から『何かを発見する』ことではなく、『何かをして自分の時間を潰す』ということだ。
両親のような死傷者を出すわけにはいかない。俺のような子供を増やしてはいけない。
そんな強迫観念に引きずられ、追い立てられ、夢中でファイルを捲る。パソコンの画面に見入る。
いや、そんな生易しい言い方ではないな。俺は俺自身の喉元に、ナイフの切っ先を向けているのだ。『今行動しなければ、きっと後悔するぞ』――そんな声が、止むことなく頭蓋の中で反響する。
「全く……」
俺は大きなため息をついた。
※
授業再開に基づき、俺は刑事ではなく一高校生として、学校に足を運んだ。普通は車を回してもらうのが難しいので、官舎から自転車で向かった。
この三日間、夏奈も冬美も目立った行動は起こしていない。幸いだ。
特に冬美に動きがなかったこと。つまりは、破壊活動が為されなかったということである。
しかしながら、その破壊の爪痕には生々しいものがあった。
校門は、両端の石柱が消し飛ばされ、未だに周囲を黄色いテープで囲まれている。
グラウンド端の運動部室は、銃痕だらけで一部は貫通されている。
グラウンドそのものにも、小さなクレーターが散見される。
思わず、といった調子で足を止める生徒をかき分け、俺は昇降口に上がり、階段を上って自分のクラスに入った。
何故、すぐに夕子の下に行かなかったのか? 理由は単純で、夏奈がどうしているかが気になったからだ。
彼女は俺を助けに来てくれた。とはいえ、一旦は攻撃目標として、銃火に晒されている。
登校してくるだろうか。また、身体に異常はないだろうか。
教室に一歩入るなり、俺の心配は霧散した。雨宮夏奈は、女子の仲良しグループの中心で、笑顔で語らっていたのだ。
室内のあちこちでは、爆発だ何だと物騒な言葉が飛び交っている。が、彼女は気にも留めない。
「あ、涼真くん!」
挙句、俺を見つけて手を振りながら、駆け寄ってくる。
「いやあ、大変なことがあったね! 学校で爆発だって!」
あまりに自然な挙動に、むしろ不自然な印象を抱きながらも、俺は『お、おう』と声を出した。
すると夏奈は、スカートのポケットから紙片を取り出した。小さな紙切れだ。そこには、こう書かれていた。
『怪我の具合は大丈夫?』
俺は無言で、大きく頷いた。冬美の魔弾が掠めた傷は、すでに完治している。
「あっそ」
そう言いながらも、夏奈はアイコンタクトで『安心した』と告げてきた。何よりだ。
「ちょっとちょっと夏奈! あんた、鬼原くんとどういう関係なの?」
無遠慮に接近を試みる女子がいる。きっと、夏奈が俺によく声をかけるのを見て、不可解に思っていたのだろう。
片や、クラスの人気者。片や、クラスの日陰者。確かに、気になるものなのかもしれない。
だが、俺は夕子に、音声解析を依頼しなければならないのだ。夏奈が無事だと分かった以上、喫緊の用事は、教室にはない。
俺は席を立ち、夏奈に『説明頼む』とだけ告げて、部室棟へと向かった。
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