第7話

 最初に仕掛けたのは冬美だった。体勢を低く、黒剣を自分に引きつけながら突進。正直、早すぎて瞬間移動に見えた。


 これを夏奈は、あっさりとガードする。殴る、というよりさっと黒剣の先端を逸らすように肘当てを振るう。

 すると冬美は、退かずに一歩踏み込んだ。やはり体勢は低く、夏奈の腹部を執拗に狙っていた。


 なるほど。心臓や頭部は狙いにくいから、胴体にダメージを与えて動きを徐々に封じていく作戦か。


 一方の夏奈。自分からは攻撃を一切しない。何をやってるんだという叫びが喉元まで出かかったが、結局声にはならなかった。

 凄まじい連撃を繰り出す冬美を前にしてなお、夏奈の方が優勢に見えたからだ。


 夏奈はやや重心を落とし、体の軸を保っている。戦闘開始から、一歩も足をずらしていない。

 普通なら、一旦距離を取るべきところ。そこを夏奈は、悠然とその場に立ち続け、冬美の攻撃を躱し、いなし、受け流している。


 黒剣が白い軽装に接触する度、りん、りんという音が響く。鈴の音のような美しい音色だ。

 

「はっ! ふっ! とっ! かっ!」


 必死に連撃を繰り返す冬美。しかし、それを受ける夏奈は汗の玉一つ浮かべていない。

 逆に、一番汗をかいていたのは俺だったのかも。それほどの緊迫感が、二人の周囲には漂っていた。


 事態が動いたのは、冬美の剣戟がごくごく僅かに大振りになった時だった。真横、首を掻き切りかねない斬撃を、夏奈は仰け反って回避。そして身を反らしたまま、初めて足を動かした。

 スニーカーの爪先で、冬美のブーツを軽く蹴ったのだ。


「うあ⁉」


 それは僅かな重心移動を冬美にもたらし、剣筋を大きく鈍らせた。

 その隙を逃す夏奈ではない。左腕でナイフを下から押し退け、右の掌を冬美の額に押し付ける。すると、瞬間移動と同じくらいの速さで冬美は吹っ飛んだ。

 並木に突っ込み、そのまま背後からフェンスに直撃。

 いざ夏奈が動いてしまえば、事態は呆気なく終了した。


「冬美、よく聞いて。あなたが人間を恨む気持ちはよく分かる。でも、それで人間を殺していい、なんて理屈は通らない。それは魔女狩りをしていた連中とあなたが、同程度の低俗な動物に成り下がることを意味している。だから、もう人殺しは止めて。私と一緒に、誰も傷つかない完璧な世界を創るのよ」


 俺は『魔女狩り』という言葉に、思わず跳び上がりそうになった。俺の刑事としての仕事は見透かされているのか?

 そんな恐怖感と同時に、俺の胸に刺さった言葉がある。『完璧な世界』。

 その理想は、かつて『俺の親父が抱いていたもの』ではなかったか。俺はとうに諦めてしまったけれど、夏奈は本気で、魔法を駆使して『完璧な世界』を創造するつもりなのか?


「これが私たちの正体よ、涼真くん。あなた、これを知りたかったんでしょう?」

「あ、ああ……」


 気づけば、俺は湿った地面に尻餅をつき、ぶんぶんと首を縦に振っていた。


「巻き込んでしまって、申し訳ないと思ってる。でも、人間が何らかの形で私たちと接触しようとしている以上、誰かには知らせておかなくちゃね」

「俺を選んだ根拠は?」


 すると夏奈は、顎に人差し指を当ててこう言った。


「あなたのことが好きだからかな? 涼真くん」


 この時、俺が口に何も含んでいなかったのは幸いである。もし何か口内にあったとしたら、盛大に噴き出していただろうから。


「積もる話は、一旦私の家で――」


 そう夏奈が言いかけた時、俺は再び殺気を感じた。夏奈は気づいていない。だが、間違いなく冬美に狙われてる。まさか、黒剣を投擲する気か!


 俺は咄嗟に立ち上がり、夏奈を突き飛ばした。黒剣の飛来する方向には、夏奈の側頭部の代わりに、俺の眉間が跳び込むことになった。


 しかし、戦闘力を削がれた冬美が、丸腰になるリスクを承知で得物を手離すことは予想済みだ。

 俺は眉間にペーパーナイフを翳し、思いっきり目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る