第31話「一緒に戻ってもいいわ」
イングランドの軍船には水と食料を与えて帰らせると、クロムウエルは驚いていた。
しかし般若の面にこれほどの効果が有るとは思わなかった。
「トキ、凱旋だぞ」
「そうですね」
「またガールズコレクションだ」
うぐいすの鳴く時期を選んでガールズコレクションを開催する。
場所は大阪城で、例によって佐助のブランド「サスケ」を売りにした派手なパフォーマンスで、会場を沸かせる事にした。
「トキ、佐助、戦もガールズコレクションも無事に済んだな」
「よかった」
佐助の笑顔がまぶしい。
「おれがここに戻った目的も達成された訳だ」
「…………」
トキは心なしかうつ向いている。
多分もうイングランド王国は攻めてこないだろう。
「殿」
「ん?」
「これからどうするの?」
佐助の居ない時にトキが聞いて来た。
「そうだな……」
それが一番の問題だ。
「あの部屋に帰ればまた記憶が無くなるんだろ?」
「…………」
「そうなると、トキとは……」
「…………」
おれはまたあの会話を思い出していた。
「元居た部屋と時間に戻るという事は、この世界での記憶が無くなるという事なの。この戦国時代に居た事が無かった状態になるわ」
「――――!」
「そうでない未来なら今の世界での行動が影響してくるから、元居た世界とは違った社会になっている。どんな感じかは、行ってみなければ分からないからリスクがあるの」
「あ、の!」
「どちらの世界に戻りたいか、また今いるこの戦乱の時代に留まる事も可能なのだから、あなた次第よ」
「…………」
「つまり今の記憶を無くして、あの汚れたパソコンを触っていた瞬間に戻るってことだ」
「そうよ」
「じゃあ幸村との出会いも、江戸城攻撃もなにもかも無かったってことに?」
「そう」
「…………」
元の世界に帰ってただのフリーターに戻るのか、それともこの世界に留まるのか。
さらに新たな未来に夢を求めるのか。
「あの、あの」
「なあに?」
「その、もう一つだけ聞いていいかな?」
「いいわよ」
「もしも記憶を無くして元の世界に戻ったとして、そしたらもうトキとは会えないのか?」
「…………」
前回トキの返事は無かった。
「だよな」
「…………」
「さて、どうするか」
「記憶を残したまま帰りたいの?」
そうしたいのはやまやまなんだが、どんな世界になっているのか分からないんだろ。リスクが有り、危険な状況かもしれないのだ。
おれは殺人兵器の開発をとんでもなく加速してしまったからな。
「殿」
「どうした」
「イングランド王国から親書が参りました」
幸村の持参した親書はこれまでと違い、打って変わって丁寧な内容になっていた。日本を対等な国として認め、貿易や人的交流を促したいと言って来た。
そしてガレオン船が日本を離れる際の、水や食料の供給を受けた事、また戦闘で亡くなった者を、鹿児島湾を見下ろす丘に埋葬する許可を出された事等に感謝するとなっていた。
おれの「戦闘が終わってしまえば、敵国の軍と言えども我が国のゲストである」との言葉に、クロムウエルは「あのように優れた為政者の治める国は、最恵国待遇にするべきです」と国王に進言したようだ。
さらにはイングランドに帰った兵隊達から、黄金の国ジパングは、山をも動かす荒ぶる神の守る土地であると、伝承されて行くことになった。
***
工藤俊作氏は、日本の海軍軍人。1942年3月の駆逐艦「雷」艦長時に、スラバヤ沖海戦で撃沈されたイギリス軍艦の漂流乗組員422名の救助を命じ、実行させた人物として知られる方だそうです。
救助した英士官に英語で「あなた方は日本海軍の名誉ある賓客であり、非常に勇敢に戦った」とスピーチ。
遺族はこの逸話を、助けられたイギリス海軍士官のうちの1人であったサムエル・フォール元海軍中尉によって知らされたようです。
秀矩の言葉は、上の逸話からヒントを得て書きました。
***
「殿」
「佐助、なにかな」
佐助もやっとおれを殿と呼ぶようになってくれた。
「新しいスカートを作りました」
「佐助のデザインはなかなかでしょ」
トキがほめている。これで完全に元に戻ったな。
ただおれはこれからどうするか、それだけが問題だ……
記憶を失ってあの部屋に帰るのか。
このままこの時代に留まるのか。
それとも、記憶を残したまま元の時代、いや新しい世界に行くのか。
記憶を無くすという事は、トキとの出会いの思い出も無くなる事になる。
じゃあ記憶がそのままで戻る時は、トキも一緒に来てくれるんだろうか?
「トキ」
「なあに」
「あの、記憶を残したままで元の時代に戻るとすると……、その、トキも……」
「一緒に戻ってもいいわ」
「やった!」
一瞬浮かれそうになったが、すぐ冷静になった。
まてよ、おれが戻ったとして、その後はどうなる。秀矩は影武者の手にゆだねられる事になるではないか。
「トキ、どうしたら良い?」
「そうね、じゃあ殿が今一番信頼出来ると思う若い人は誰?」
「信頼できるのは幸村だが、さらに若い者と言えば、勝家だ」
ちょっと乱暴だが、勝家を秀矩に転生させてしまえばいい。トキの入れ知恵だった。
「幸村」
「はい」
「勝家を呼べ」
いやも応も無かった。本人が反論する間もなく決行してしまったのだ。
おれはトキと二人だけになり、その時が来て、また周囲の空間がゆがんだ――
「あれっ」
見慣れた部屋で目の前に居るのは、腰元ではなくガイドさんではないか。
「トキだよね?」
「そうよ」
という事は、おれは部屋に戻って来たんだが、記憶はそのままだ!
だが、すぐにハッとした。
どうなってる、この時代は、何が変わったんだ?
おれは恐る恐る窓を開け、外を見た。
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