第30話「もう一度空を飛んでみよう」


 トキが面を用意してくれた。おれは竹藪から笹を取って来ると背中に差してみる。これでちょっとおどろおどろしい感じになっただろう。

 イングランド軍の連中を少し脅かしてやろうと思ったのだ。


「そういう事でしたら私に任せて頂けますか?」


 トキが悪戯っぽい顔で言った。


「どうするんだ?」


「港や船の上空を魔女のように飛ぶんです」


「そんな事が出来るのか!」


 おれはまたマストの上に移動して、連中を見下ろしてやると考えていたんだが……


「では、行きます」


「あっ、ちょっと、わあ~~」




 

 おれは空を飛んでいた!





「トキ」


「はい」


 これでどんな効果があるかまだ分からないが……


「ムホッ、何処にいるんだ?」


「殿のお側に」


 初飛行の印象は、……息苦しい。

 だがその時、ものすごい音が響いて来た。


「噴火だ!」


 見ると桜島が噴煙を上げ始めたではないか。

 史実では一六四二(寛永一九)年四月に噴火している。


「トキ、ちょっと、これはやりすぎ――」


「殿、戻りましょう」


「どうした?」


「この噴火は私じゃありません」


 次々とガレオン船の上を飛び回っていたおれは、桜島から立ち上る噴煙を見上げた。甲板からも上を指さし騒ぐ連中がよく見える。


「分かった、帰ろう」


 火山の噴火は飛行機に相当影響を与えると言う……




 戻って来たおれはのどが少しいがらっぽい。


「殿」


「幸村、どうした」


「仁吉殿より連絡が有り、元込め砲の試作が出来上がったとの事です」


「出来たか!」


 元込めキャノン砲は口径こそ小さなものだが、三門出来て既に大阪を発ったと言う。これで炸裂弾さえあればいいのだが、幸いイングランド軍のキャノン砲は相当数が破壊されたと推測される。

 たとえ敵にまだキャノン砲や炸裂弾が残されていようと、そろそろ五分の戦いになってきたのではないか。

 さらに後から大阪を発った四万の豊臣軍も到着する頃だ。


「幸村」


「はい」


「大将達を呼べ」


 敵にはまだ炸裂弾が残っているだろう。大軍が固まっていてはだめだ。各大名の軍はそれぞれ離れて独自に行動するよう指示を出した。

 勝機が有るとみれば各々の判断で戦闘を開始せよと。


「勝永」


「はい」


「その方に兵五千を与える。離れて行動せよ」


「はっ」


 勝家にも豊臣直属軍の五千を与えて、別行動をせよと命令した。島津忠恒殿にも別行動をお願いする。

 おれの元には約一万が残った。




 この後細川、福島両軍が直ちに攻撃に移ったとの連絡が入る。

 これを知った他の軍も続いて戦闘状態に入り、九州南部の全域が戦場になったようだ。ただ深追いし過ぎた細川軍が、ガレオン船の砲撃を受け後退しているとの報も有った。


 しかし、各軍からの報告を聞いていると、ある共通点が浮かび上がって来た。

 イングランド軍があまり攻勢に出て来ないと言うのだ。

 守勢に回っているというよりも、明かに攻撃をためらっている感じだと。敵軍は砲撃も銃撃も今まで通りで、弾切れという感じでもない。


「トキ」


「はい」


「もう一度空を飛んでみよう」


「えっ」


 あるいはと言う思いが、おれの脳裏に浮かんだのだ。


「トキ、行くぞ」


「はい」


 おれは再び般若の面を被り、笹を背中にさして空を飛んだ。

 今度は戦場を豊臣軍側からイングランド軍に向かい、見下ろしながらの飛行だ。

 唖然として見上げるイングランド兵達が、ついに逃走し始めた。


「やっぱりそうだ」


 時代は十七世紀初頭だ。クロムウエルの方針もあって、特に信心深い兵隊達がそろっている。魔女の存在を信じてはいるが、本当に空を飛ぶおどろおどろしいおれの姿を見ると、先を争って逃げ出したのだ。


 中には大切な鉄砲を投げ出す者まで見える。桜島からは盛大な噴煙が上がっているから、舞台背景は迫力満点に違いない!


 一方豊臣軍は、


「あれは天狗ではないか」


「天狗殿がおれたちの援軍に来られたぞ」


「うおっ~~」


「天狗様だ!」


 恐れおののき逃げるイングランド軍と違い、豊臣軍側の兵は歓喜の声を上げ攻撃に転じた。

 信仰心の強いイングランドの者どもはついに歯止めが利かなくなり、総崩れとなり逃げていく。



「最後まで追い詰めてはならない。停止せよ」


 飛行を終えたおれは、全軍に停止命令を出す。

 ガレオン船から砲弾の届かない辺りに全軍を留まらせた。




「殿、使者のようです」


 イングランド軍からまた三人の者が歩いて来る。


「どうやらクロムウエル殿のようだな。トキ、安兵衛、付いて来い」


「はっ」


「はい」


 再び同じメンバーが相対した。


「ヒデノリショーグン」


「クロムウエル殿」


「…………」


 クロムウエルはなかなか声が出ない。気のせいか、時々空を気にしている。


「残念ながら我々の負けのようです」


「イングランド軍の戦いぶりは見事でした」


「負けを認めた上で、このような事を申し出るのは忍び難いのですが」


「…………」


「停戦して協定を結んでは頂けないでしょうか」


 おれは停戦ではなく、もうこれ以上の戦は止めて、平和裏に協定を結ぼうではないかと提案した。

 クロムウエルは本国に帰り、新たに平和協定の案を送付しましょうと言った。

 だから別れ際に対等の国として、貿易などの利益を共有出来る協定なら歓迎すると伝えた。

 その言葉に納得したクロムウエルは、もう一度空を見上げると、


「ショーグンはあの者を御存じなのですか?」


「あの者とは?」


「いや、あの、空に浮かんだ……」


「何かおりましたかな」


 おれはとぼけて首を曲げ、空を見た。

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