第29話「般若の面を用意出来るか?」


 まず双方のキャノン砲が火を噴いたのだが、


「これは!」


 イングランド軍もキャノン砲にライフリングは施してあるようなので、互角の戦いだろうと思っていた。

 ところが味方の陣地に着弾した砲弾が炸裂するではないか。


「しまった!」


 敵は炸裂弾を完成していたのか。おれは元込め砲は出来るかもしれないが、炸裂弾はさすがに無理だろうと諦めていた。

 と言うより、実は仁吉に説明する炸裂弾の知識がほとんど無かった。火薬の知識も乏しかったから、他の面で対処しようと考えていたのだ。

 二十一世紀より来たからと言っても、知らない事は教えられない。


「逃げろ、この場は撤退だ」


 この状況でぐずぐずしてはいられない。直ちに撤退を命令した。


「砲なんかかまうな。逃げろ逃げろ」


 おれはそこに居た全軍を退却させた。置き去りにした十門ほどのキャノン砲は惜しいが仕方ない。せめて火薬だけはと持って逃げさせた。

 ただ日本の砲は独自に開発した物であり、イングランド軍の砲弾とはサイズが合わないはずだ。それに火薬の包みが無ければ敵は利用しにくいだろう。


 そしてさんざん逃げてまた兵を集めると、撤退の決断が早かった為か、さほど被害は無い事が分かった。

 ところが振り返ると、イングランド軍兵が追って来るではないか。キャノン砲はまだ追いついていないようだ。

 

「幸長」


「はっ」


「狙撃隊で迎え討て」


「分かりました」


 土嚢を用意している時間は無い。鉄砲隊全員を地面に直接伏せさせ、元込めの銃を並べて待ち構える体制になった。そこに勝ちほこったのか、勢いよくイングランド兵が銃を撃ち込んで来た。

 ところが皆伏せた状態なので最小限の的だ、被害が少ない。


「撃て」


 幸長の号令が響くと、横一列になった鉄砲の一斉射撃だ。立っている敵兵はバタバタと倒れる。

 もちろん敵もすぐ次の弾を銃身の先より込め始めているのだが、伏せたままの豊臣軍側の兵は早くも装填を終わり、


「撃て撃て!」


 もう幸長の号令を待たずに撃ち始める。伏せている兵に対して、立ったままの兵は圧倒的に不利だ。さらに弾を込める時間が違いすぎる。

 驚いたイングランド兵はすぐに撤退を始めた。


「よし、ここまでだ」


 おれは全ての兵をいったん撤収させた。調子に乗って追って行ったら、先にはまたあの砲が待ち構えているはず。

 これは前哨戦だ。イングランド軍に炸裂弾が有るとは知らなかった。

 作戦の練り直しが必要だ。





 大名、侍大将達を全員集めた。

 

「敵の大筒が問題なんだ」


 開戦直後の思わぬ撤退より気になるのは、始めて経験した炸裂弾だろう。

 周囲を取り囲んだ皆が、食い入るようにおれを見ている。


「砲弾が爆発するようになっている」


 従来の砲弾に対して明らかに被害は大きいだろう。こうなるとこちらのキャノン砲では対抗するのが厳しいと考えていい。

 対策としては敵と遭遇した時は出来るだけ散らばる事だ。これまでのように集団で突撃するという事は大砲の餌食になるだけだからな。


 諸大名の槍持ちには鉄砲の射撃をマンツーマンで緊急に習わせる事にした。前線で鉄砲の射手が倒れた時の交代要員だ。敵は撃たれたら減るだけだが、こちらはどんどん交代すればいい。


 さらに竹藪を探させ、竹を大量に取らせた。五十センチほどの長さで束にすると、土嚢代わりに鉄砲の射手が使えるようにだ。移動時は各自が胸に括り付けると、恰好は悪いが防弾にもなる。火縄銃の貫通力は、近距離では鎧も用をなさないが、竹筒の束を身にまとっているとかなりの銃弾は防げるようだ。


 結局鉄砲の射手だけでなく、槍持ちもほとんどの兵が竹の束を作り、身に着けるようになった。




「殿」


「勝永か、どうした」


 勝永と勝家がおれの元に来た。後ろには細川忠興に福島正則の顔も見える。


「われらを切り込み隊に出してはくれないでしょうか」


「なに」


 ――それは抜刀隊ではないか――


 明治十年の西南戦争最大の激戦となった田原坂の戦いにおいて、警視隊から組織された白兵戦部隊。早朝に切り込みを敢行、田原坂を制圧奪取し進軍の突破口を開いた作戦だ。

 勝永らは夜間に刀だけで、敵陣に襲撃を加えてみてはどうかと言って来たのだ。


「さて――」


「ぜひ行かせて下さらぬか」


「殿!」


 細川、福島両名が声を出した。剣に生きて来た侍が鉄砲の出現で忸怩たる思いを抱いているのは分かる。


「ただし二度三度はダメだぞ。やるのなら一回限りだ」


「はっ」


 全員の声がそろった。


 何度も夜襲を掛けたら敵は用心してしまう。さらに敵も味方も分からないような闇夜は避けて、満月の夜を待ち決行することになった。それにイングランドの兵は服装が全く違うから間違える事は無いはずだ。


 そしてやるのなら徹底的にやり、敵に大打撃を与えるほどでなければならない。そうすることで後々、夜になるといつ攻めて来るか分からないという、プレッシャーを与える事が出来る。




 そして満月の夜がやって来た。


「行くぞ」


「はっ」


 鉄砲隊以外が全員参加するという大規模な夜襲が決行された。昼間のうちに腹ごしらえをして、休養をたっぷり取り万全の備えをして夜を待っていた。抜刀隊が先を進むと、槍隊が周囲を取り囲み後に続く。


 しばらく戦闘が無く静かな日々が続いていたからか、寝入っている敵兵はほとんど鎧を身に着けていなかった。


「キエーー!」


 奇声と共に切りつけて来る月明かりに照らされた武士の形相は、恐怖でしかないようだ。襲撃からしばらくは惨劇が続いた。逃げ惑う敵兵を刀と槍が執拗に追い掛けたのだ。

 イングランド軍は鹿児島湾に向かい逃げて行く。


「待て、ここまでだ。深追いをするな」


 まだまだ残存兵力が鹿児島湾付近には待機しているはずだ。

 おれは残されていた大砲の車輪を破壊させると、火薬だけを持ち去らせた。これでここにある大砲は使い物にならなくなった。


 全軍を直ちに撤収させる。必ず反撃があるだろう。

 大将達からの報告を聞くと、わが軍の受けた被害はほとんど無かったとの事であった。まずは夜襲成功であった。





 翌朝、


「殿」


「どうした」


「鹿児島城が砲撃を受けているとの情報で御座います」


 ガレオン船が鹿児島湾に来航して以来、船からの砲撃はほとんど無かったのだが、さすがに大規模な夜襲に激怒したのか、イングランド軍船から砲撃が始まったという事だ。


「幸村、直ちに島津殿救援に向かうぞ」


「分かりました!」




 鹿児島城方面に向かうと、おびただしい数の住人が逃げて来るではないか。


「幸村」


「はい」


「兵一万を残す。この者達を守れ」


「分かりました」


「勝永、先を急ぐぞ」


「はっ」


 

 鹿児島城は海岸に近い立地で防衛上良くないと、その築城には反対の声もあった。それが現実になった。海からの砲撃に無防備な姿を晒してしまったのだ。


 比較的質素な城ではあったが、砲撃は容赦のないものだった。海からの攻撃に反撃出来るはずも無く、ただ逃げ回るのみだった。


「忠恒殿」


「殿」


「御無事でしたか」


「面目ない」


 イングランド軍の包囲網をやっと抜け出し、豊臣軍と出会えた忠恒殿はがっくりと肩を落とした。


「いやいやこちらこそ、救援が遅れて申し訳なかった」


 それでも薩摩の優秀な鉄砲隊が豊臣勢と合流したのは心強い。とりあえずガレオン船からの砲撃が届かない距離に陣を敷いた。




「殿」


「ん?」


「何か手伝える事はあるかしら」


「そうだな……」


 トキが気を使ってくれている。

 前回の戦では停泊中のガレオン船に潜り込み、帆に火を付けてやったのだが、今回は相手が多すぎる。数隻の船にダメージを与えてもあまり意味はないのだが……


「トキ」


「はい」


「般若の面を用意出来るか?」


「般若の……」


「そうだ」

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