第28話 ――この秀矩という為政者は一体――
そして翌年、ついに明王朝滅亡の知らせが届いた。
ヌルハチは明朝滅亡前に戦闘で死亡したが、後継者により万暦帝は殺害される。降伏する者には寛大な処置であったが、最後まで反撃する者は容赦無く皆殺しにされた。ただ戦後の領土問題で両国軍はもめ始め、イングランド軍はしばらく日本には進軍出来ないかもしれないと言って来た。
「殿」
「ん?」
「又イングランド王国からの書状です」
書面には相変わらず一方的な要求の列挙と、脅し文句が記されていた。
返事など出す必要もない。
そして年が変わり、パインよりついにイングランド軍が東進の準備を始めたと連絡が来た。
香港島の周囲を埋め尽くした艦船数はどう少なく見ても四百隻余りで、その内百隻ほどは大型のガレオン船だと言って来た。
やはり日本に上陸して来る兵は六万くらいだ。
今度の陸上戦では新しい小口径のキャノン砲も使用されるだろう。どうやらライフリングもされているようだから、その点では互角の勝負だ。そして残念ながら仁吉からはまだ元込め式キャノン砲完成の連絡は来ていない。
香港と九州の距離は約三千キロとして、この時代の帆船のスピードを時速十キロで計算してみると、風任せではあるが、二週間くらいはかかる航海だ。
やがてイングランド軍のガレオン船が香港を離れ始めたとの連絡を受ける。全ての軍船が出港し終わるまで、三日以上も掛かった大軍団との情報だった。
「幸村」
「はい」
「パインからの情報はどのようにして手に入れているのだ?」
「伝書鳩を使っております」
「そうか」
伝書鳩は千七百八十三年に大阪の相場師・相模屋又八が投機目的で堂島の米相場の情報を伝えるために伝書鳩を使ったのを咎められ、幕府に処罰された。という話もあるようです。
フランスから英国へ向けて行われる国際伝書鳩レースなども有るのだから、飛行距離は相当ありそうですが、帰還率は5割を下回るなど厳しいものだそうです。
「いよいよ決戦の時が来たな」
「すでに全国の大名達には連絡済みですので、九州には間違いなく到着出来ると思われます」
「予定されている大名達はどのようになっておる」
幸村が九州に集結する諸大名達の名前と用意出来る兵、鉄砲の数をおれの前に差し示した。
宇喜多秀家を筆頭に細川忠興、福島正則、浅野幸長、毛利勝永などの名前が続いて、総兵力は十二万を軽く超える。
「鉄砲の数は五万丁ほどで、殿が言われていた大筒は四十門ほどになるかと思われます」
「よし、分かった」
ライフリングなど構造が精密になるにつれて、量産は難しくなっていった。流れ作業でも思ったほどの増産は達成出来なかったのだ。
それでも五万丁は心強い。多い大名なら四千や五千丁は用意するだろう。
もっとも持ち出されて来る鉄砲の中には、まだまだ先込め式の古い物も混じっているようだ。まあこの緊急の際なのだから、数を集める為にはしかたない。
豊臣直属の軍は六万だが、イングランド軍が九州に来ると決まったわけではないので、二万を先発隊として勝永、勝家、幸長を行かせる事にした。
大阪城を目指して来る可能性もあるのだが、湾岸から城までは五キロ以上もある。直接の砲撃は不可能だから、やはり上陸は九州だろう。
「殿」
「幸村、どうした」
「はっ、それが……」
またもや日本に立ち寄る貿易船が、イングランド王国からの書簡を携えて来たのだった。今更同じ文面で、一体何を考えているんだ。ふざけてる!
「幸村、返事を書け!」
「はっ」
「貴国の軍が日本の領土を汚すようなら、我が軍は火の玉となって賊軍を一兵残さず焼き尽くす所存であるとな」
多分この返書がイングランドに届く前に、決着は付いているだろう。
そしてついに九州沖にイングランド軍のガレオン船団が姿を現したとの情報がもたらされ、大坂に残っていた四万の軍も九州に急行することになった。
「トキ」
「はい」
「九州だ、頼む」
「分かりました」
この時点で九州には八万から九万の軍勢が集結する事になっている。
いよいよオリバー・クロムウェルと言う、イングランド軍総司令官のお手並み拝見といこうではないか。
イングランド軍船は鹿児島湾を埋め尽くし、外海にも小型の軍船がひしめいている。
島津軍には、沿岸より離れて見張るように言ってある。まだ手出しは無用だ。上陸はしたいようにさせろと。
百隻を超えるガレオン船なら、片側五十門の砲とすれば合計五千門にもなる。そんな砲列に歯向かうなど愚の骨頂ではないか。例え何百隻の軍艦砲だろうと、射程距離外に出てしまえば連中は宝の持ち腐れだ。
鹿児島城が沿岸から数百メートルだから、彼らはそこが砲撃の限度なのだ。それより内陸に居る敵に対し、ガレオン船は何も出来ない。
陸上戦となればこちらにも対等の勝機があるだろう。
やがてガレオン船から沿岸に向け数発の大砲が放たれたが、日本側からの反応は無い。砲撃はその後鳴りを潜めてしまった。
イングランド軍は意外にもそれ以上撃ってはこない。
不気味な静寂が湾を支配していたのだが、沿岸に兵が潜んで居ない事を確認すると、やがて上陸が始まった。
島津軍からの報告では、来航したガレオン船には三層甲板に砲百二十四門を装備するものや、四層甲板に百三十六門を装備する超巨大艦も混じっていると言う。
だがよく数えて見れば二層七四門ほどの中級戦艦が主流のようだ。
しかし我々は海戦をするわけではない。ガレオン船の砲などこの戦いでは無意味となるだろう。
イングランド軍の上陸から数日後、湾から五キロほど内陸に入った開けた所で、両軍は初めて対峙した。五百から六百メートルほどの距離だ。
土嚢を積み元込めの火縄銃を並べ、全員伏せて待機させる。その後ろにはキャノン砲を配置。
敵もキャノン砲を横一列に配置して、兵士が列をなしている。
「殿」
幸村が声を出した。
「敵から数名の使者らしい者が出てまいりました」
「ん?」
確かに三名の将校らしい服装の者がこちらに向かい、一人は旗を掲げて歩いて来る。
これはこちらも出て行くっきゃないだろう。
「トキ、安兵衛、付いて来い」
「殿!」
「なんだ」
すぐ出て行こうとするおれを、幸村が危険ではと言って来た。
「大丈夫だ、おれにはトキも安兵衛も付いている」
「…………」
トキの能力は別格だが、安兵衛とていざとなれば三人の相手など抜く手も見せず切り伏せるだろう。
双方は両軍の中間地点で歩みを止めた。
まずイングランド軍将校の一人が声を出したのだが、なんとその男こそクロムウエル本人だった。
そのクロムウエルが、前回は共にスペイン・ポルトガル連合軍と戦ったのであるが、今回このように雌雄を決するようになってしまい残念だと言って来た。
おれはトキの通訳で秀矩と名乗り、確かにそれはこちらも残念だと言った。クロムウエルはトキの滑らかな通訳にも驚いたが、おれが秀矩である事にはさらに驚いているようだった。為政者が直接出てくるとは思っていなかったんだろう。
クロムウエルとしてはこの場で、東洋の野蛮な者達ではあるだろうが、前回は共闘したのだから、最低限の礼儀は示そうとした。
だが、おれの同様な作法と返答には言葉を失ったようだ。
その後互いに健闘を約束し合う。そして最後に無言で答礼をすると、クロムウエルは陣営に帰って行く。
その後ろ姿が物語っていた。
――この秀矩という為政者は一体――
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