第27話 オスマン帝国滅亡。



 17世紀に入った欧州は大変な危機に直面していた。農作物の不作が続いて経済が停滞し、さらにペストの流行や、宗教対立が激化。貴族は王室の政策に反発しており、農民一揆、魔女狩りをはじめとする社会不安が増大していたのだ。


 だがイングランド王国はこの困難な状況を一気に打開する手を見つけた。それが新式火縄銃の確保により可能になったかもしれない欧州進出だ。


 何しろ格段に有効射程距離が伸び、命中率が高くなったのだ。敵の弾が届かない遠距離から、一方的に攻撃を加える事が出来る銃だ。

 これなら世界制覇も夢ではないかもしれないと。


 この時期中東に目を向けると、ペルシャの為政者アッバース1世が在位して居る。その軍事的成功は、彼個人の才能も十分あるが、同時期のイングランド王国との同盟関係の影響も大きかった。


 欧州を制圧しつつあったイングランド王国の次の課題はオスマン帝国である。

 ヨーロッパに食い込むオスマンを駆逐するため有益なアジアの同盟者として、オスマンの背後にいるサファヴィー朝との関係を重視したのだ。


 オスマン帝国の弱体化は双方にとって有益なのだ。サファヴィー朝にとってもイングランドの先進的な軍事力は、国力強化や国益に繋がるものであった。


 こういった事情があり、イングランド王国とペルシアは同盟を結び、アッバース1世との間で貿易協定が締結された。


 この時期、クロムウエルに率いられたイングランド軍団は、ペルシア軍の近代化に重要な役割を果たした。

 結果、イングランド軍との共闘作戦の前にオスマン帝国は敗れ滅亡する。


 百年ぶりにバグダードを再征服して創建当時の領域を取り戻す事になる。親イングランド王国のサファヴィー朝はアッバース1世のもとで最盛期を迎えたのだった。


 同じころアメリカ大陸ではジェームズタウン (現代のバージニア州)にイングランド王国は進出、建設した最初の植民地となった。


 当時先住人はインディアンしかおらず、認識の違いから数百人単位での殺し合いはあったが入植は進んで行った。


 さらに中南米にも進出しており、文字通りイングランドの世界制覇が確実に進んでいたのだった。




 その後仁吉からは、おれの言った流れ作業による銃の量産体制にめどが付いたとの連絡が有った。


「幸村」


「はい」


「仁吉には必要な資金を惜しまず与えよ」


「分かりました」


「それから諸大名にも連絡して、同じような体制を整えるようにしろ。日本の総力上げて取り組むのだ」


「はっ」


 安土桃山の時代、日本では鉄砲の生産が盛んであった。秀吉と違いおれの治める豊臣政権は、刀狩りなどもせず銃の抑制策も打ち出していなかった為、全国の大名がこぞって鉄砲の増産に励んでいたのだ。

 刀などはどうでもいい。おれはその大名達に更なる鉄砲の増産を促す方法を教え、指示を出したのだった。




 穏やかに続く日々とは裏腹に、日本を取り巻く世界の情勢は次第にきな臭くなって行った。

 ついにある日、イングランド王国から日本の為政者あてに、クロムウエルを通して書簡が届いたのだ。


「日本国内での治外法権を認め、軍隊も常駐させよ。

 イングランド人が日本国内で犯罪おこした場合、イングランド王国の法律で裁かれる。

 輸入品の関税はイングランド王国が決定する。

 もしもこの要求が受け入れられない時、その代償は全て貴国が受ける事になるだろう。

 イングランド王国 ジェームズ1世」


 と言う無礼極まりない一方的な要求だった。

 もちろんおれは即座に突っぱねた。


 ――日本をなめるんじゃねえぞ!――





 眠ったような時間の流れる日本の社会ではあったが、世界は眠ってなどいなかった。


「殿」


「どうした」


 幸村が声を掛けて来た。


「明を攻撃中のイングランド軍なんですが、どうやら北のヌルハチと裏でつながっているようです」


「そうか」


「はい、パイン殿からの情報です」


 パインはイギリス人なのだから日本にとっては敵国人かもしれないが、おれとの繋がりの方が強いようだ。

 それにしても明王朝が滅亡するのは時間の問題だ。次にクロムウエルは、最後のターゲット日本にやって来る!


 おれはさらにイングランド王国とサファヴィー朝アッバース1世との関係を聞いてみた。

 するとオスマン帝国滅亡に至る、最後に行われた戦闘の様子が分かって来た。


 まずイングランド王国のクロムウエル軍団がオスマンの領土を西から侵略し始める。情報はすぐオスマン帝国の第15代皇帝の元に届けられた。


 だがこの頃のオスマン帝国は既に腐敗や汚職、様々な問題が山積で、さらに何度交代しても怠惰な皇帝のオンパレードと内部からの崩壊が始まっていた。

 それでもオスマンの全軍を招集してクロムウエル討伐軍を組織、反撃するべく向かわせた。

 ところがいざ戦いを始めると、意外にもクロムウエルがすぐ撤退を始めるではないか。

 イングランド王国軍弱し。

 全欧州を侵略したとは思えない弱さだ。

 もちろんオスマン軍は追撃を開始したのだが、すぐ、東方からペルシャ軍が侵略して来たと知らせが入る。弱いイングランド軍は討伐してしまいたいが、東のペルシャ軍を好きにさせて置く事は許されない。すぐ全軍を東に向かわせ、ペルシャ軍に対処する必要がある。


 そしてやっと東方の戦場に着くと、ペルシャ軍は少し対戦しただけで退却を始めてしまう。ここで再び西からイングランド軍が攻勢に出て来たとの知らせだ。オスマンの司令官は次第にいらいらして来たのか、些細な事で部下を斬首してしまう事が多くなったと言う。


 仕方なく全軍をまとめ、再度西に向かう。兵士の疲労が増して来るし食料も乏しくなってくる。だが侵略して来る敵をそのままにして置くわけにもいかない。

 急行軍をして戦場にたどり着くと、またしても対戦したイングランド軍がすぐ撤退してしまうではないか。


 ここに至ってオスマンの司令官は、イングランド軍とペルシャ軍の連携作戦に翻弄されている事にやっと気が付いた。

 しかし再度首都に迫るとの情報がもたらされたペルシャ軍には、やはり対処せざるをえない。

 オスマン軍は本格的に戦う前から、広大な大陸を東に西に何度も往復させられ疲れ果ててしまった。


 オスマン帝国の滅亡にはそのような事情が有ったようだが、それだけではなく、鉄砲の効果的な使用、常備軍の整備、イングランド軍との連携などと、ペルシャの織田信長とも言われるアッバース1世の活躍も目を見張るものが有ったようだ。




 イングランド軍は香港の基地からやって来るだろうから、やはり上陸地点は九州のどこか。大軍の上陸できる地点は鹿児島湾か長崎港か。大阪湾の可能性は低いのではないか。


「殿」


「ん?」


「パイン殿から続報で御座います」


 幸村がやって来た。

 

「イングランド軍が南から、ヌルハチが北から総攻撃を加え始めたようです」


「ついに始まったか」


 中国王朝の歴史は功臣の冤罪をでっち上げ、讒言、裏切りの末、ライバルの一族皆殺しを重ねる。そして衰えた王朝に外敵が侵入するというもので、明王朝も正にその轍を踏んでいる。


 ただ世界の歴史も似たようなものであり、日本も例外ではないのだが、中国のそれは完璧に同じパターンを繰り返して来た、王朝興亡の歴史なのだ。

 幸い日本は外国と海を隔てている為、外敵と陸続きの中国とは若干事情が違う。それでも今回は危機に違いない。




 その後明軍とイングランド・ヌルハチ軍の戦闘の様子が分かってきた。

 明軍は三十万とも四十万とも言われている大勢力なのだが、南北から同時に攻められて、それぞれに半数ずつの兵しか向けられなくなった。


 イングランド軍のキャノン砲は大口径の滑腔砲で、また一部の砲は小口径でありライフリングが施されているようだと言う。


 火薬を砲弾に詰める榴弾が発明されているかどうかは定かでないが、それは時間の問題だろう。ただいずれも先込め砲であり、その点は日本の側が先に元込めを造れば、勝機が有るに違いない。

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