第14話「もうパソコンは要りません」

 徳川殿との戦も終わり、幸村の兄である真田信之が江戸城の新たな築城をし、そのまま城主を命じられた。


 江戸城攻略は主な戦闘が城の内部だけで行われ、周囲の住民が城内に逃げ込まなかったりして、被害は参加した兵だけで女子たちの被害もある程度は防げたと思っている。

 そのため築城前後から、比較的平穏な江戸の街となっていたのだが、それと並行して別な場所で問題が起こっていた。


「殿」


 幸村が声を掛けてきた。


「なんだ」


「政宗殿なのですが」


「なに、見つかったとでも言うのか」


「そうでは御座いません」


「ではなんだ」


 江戸城を陥落させて以来、家康殿や政宗殿が見つかることなどもうないと思っていた。だがもしやとの思いもあったのは事実だ。


「政宗殿の家臣どもが、仙台の開城、引き渡しを拒んでいるとの知らせで御座います」


「なに」


「どうやら城を枕に、討ち死にも辞さない構えのようです」


「そうか」


 仕方なく仙台城攻略の兵を進める事にした。大阪以東の大名に参加を促す書簡を送り、直ちに出発する事となった。


「それから……」


「なんだ、まだ何かあるのか?」


「はい、じつは例の金塊を盗んだ者なのですが」


 歳は定かでないが、仲間から小助と呼ばれていた事などが判明した。

 当初反抗的な態度を崩さず、口も利かなかった小助なのだが、幸村が根気強く接していくうちに心を開くようになったという。


 下働きをさせてみれば、なかなか利発な者のようで、幸村がこれからずっと面倒を見てもいいと申し出たのだった。

 真田十勇士の一人、穴山小助は背格好が幸村と似ている為、大坂の陣で影武者を演じ、徳川方を欺く事に成功しているということです。




 二か月後、仙台の城は約五〇〇〇〇の豊臣方の軍に包囲された。幸村の手の者による偵察では、城内はほぼ前の戦での残兵といった感じなのだが、政宗家臣達の家族が大勢入っているようだ、との知らせにおれは暗い気持ちになった。


 何度も投降するようにとの使者を送ったが、追い返された。政宗殿の遺児の命と御家安泰を言ってくる始末。

 豊臣政権に反旗を翻し、負けた者が言える事ではない。おれは家老の切腹と引き換えに、城兵や他の家族たちの命は助けようと提案した。

 それでも交渉は難航し、使者は何度も行き来した。政宗殿の遺児はどうなるのか、御家はと。


「御家の存続は諦めろ。それが当然だ。ただ遺児の命は助けよう。ただし、頭を丸め寺に入ってもらう」


 ついに城側が折れ、家老が共の者数名を連れ、城門前に出て来る。豊臣方の軍が見守る前で、家老は見事な切腹をした。

 ただ、その後はそこに居合わせた者たち皆の肝をつぶすような場面が展開した。共の者全員が自らの腹を掻っ捌いて果てたのだった。


「幸村」


「はっ」


「……この家老と家臣達の残していった家族に配慮をするようにな」


「分かりました」




 仙台の城は引き渡しが終わり、豊臣政権の基盤を整える時が来た。もちろんおれ一人で出来るわけがない。豊臣家臣の者達だけでもそれは無理だろう。世の中から大勢の賢者を集める必要がある。


 それともそんなこざかしい真似をせず、もっと大きな時代の流れに任せれば良いのか。だったら何もしないでいいか。それはないな。さてどうしたらいいのか。




 大坂城の庭で梅や桜の花が咲く頃になると、鶯が鳴き始める。だが春を思わせ、誰にも好ましい鳴き声のはずなのに、一日中続く甲高いそれは、静かな社会ではやかましいほどなのだ。


 しかし、これ以上平和な光景は無いではないか。


「幸村」


「はっ」


「桜の木を植えたいのだがな」


「桜で御座いますか?」


「そうだ。安土の城から伏見の城の辺り一体に、いや、あの琵琶湖の周囲を桜で埋め尽くすのだ」


 徳川殿との戦を最後に、戦乱の世は終わった。これからは国の経済を発展させていかなくてはいけない。その前に国中に桜の花を咲かせようということだ。

 さらに、その桜の木の下では桜祭りも開こうではないか。


「幸村、全国の大名にこの事を知らせよ」


「では桜の苗木を相当育てないといけません」


「そうだ。桜だけではない、桃や梅も植えよう。これからは忙しくなるぞ」


「分かりました」


 さらに時代を先取る感覚の良い商人を援助し、海外との交渉などを視野に多くの人材を育て、国中に豪壮・華麗な文化の花も開かせようではないかと話が弾んだ。




 ある日おれが窓の外を見て思いを膨らませていると、


「殿」


「なんだ」


「今日はこの者達を連れて参りました。


「ん?」


 幸村の後ろに数人の華やかな女性達が控えている。


「新しく入った腰元で御座います」


「なに、腰元」


 彼女達はいっせいに頭を下げた。

 そうか、おれは殿様だったのだな。腰元を紹介と言われて、始めて実感がわいてきた。だが、なんと言っていいのか分からない。


「あ、そう」


 なんとも締まらない返事をしてしまった。

 何やら自己紹介らしいものをしていたんだが、ほとんど聞き取れなかった。


「では御用が無ければ下がらせます」


 幸村と一緒に女性達が下がっていくではないか。


「あ、それだけ?」


「何か御用でしょうか?」


 幸村が聞いてきた。


「いや、特に、用はない……」


「では失礼します」


 結局皆下がってしまった。部屋の外から、ほっとしたのか彼女たちの声が聞こえて来る。おれはまた窓の外を見て何故かため息をついた。


「ふう」


「ねえ、殿」


「ぎえ!」


 彼女たちは出て行って、たった今この部屋におれ以外は誰も居ないはず。

 至近距離の後ろから急に声を掛けられ、心臓が飛び出しそうになり、思わず声を出してしまった。

 トキの時とは違う、生身の女の子がそこに居たのだ。


「なんだ?!」


 確かに先ほど部屋から出て行ったはずの腰元が一人、そこに立っているではないか。


「あれ、そなた、今、出て行かなかったか?」


「…………」


 その腰元は吸い込まれそうなほど目が大きく、笑みを浮かべ、おれを見つめている。


「あの、何か、用なのかな」


 おれはなんとか気持ちを落ち着かせながら聞いた。この子の目を見ていると、おれの全てを見られているような気がする。


「もうパソコンは要りません」


「はっ?!」


 おれの頭は一瞬で完璧混乱した。

 腰元の口からパソコンという言葉が出たのだ!


「私はトキです」


「はああ!」


 腰元は相変わらずにこにこと笑みを浮かべている。


「あの、そなたがトキって……」


 何のことはない、おれを鶴松に転生させたように、トキは自身でこの腰元に転生したのだった。

 だが、この時、


「殿」


「あっ――」


 腰元とおれが向き合っているこのタイミングで、佐助が部屋に入って来てしまったのだ!

 もちろん、おれの前に立つトキ、いや腰元を見た佐助の表情が凍り付いた、ように見えた。


「あ、佐助、あの、この子は新しい腰元なんだ」


「…………」


「トキ、この子は佐助というんだ」


「佐助さんっておっしゃるのね。私はトキです、よろしく」


「…………」


 佐助が黙っておれ達を見ている。どひゃあ、どうしたいいんだ。


「あの、佐助、この子はね、あの、宇宙の彼方からやって来て……」


「…………」


「あっ、じゃなくって、えっと時空の壁を越えて、それで、あの転生して――」


「あなたはおトキさんって言うのね。私は佐助、よろしくね」


 佐助がやっと声を出してくれたのだが、……おトキさんって……、まあ間違いではない。


「トキって呼んでいいわ」


「そう、じゃあトキ、私の事も佐助と呼んでいいわ」


 佐助とトキは互いを見合い笑って、その後おれの顔見た。


「殿は何故そんなに落ち着かないのですか?」


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