第13話「金塊を盗まれました」
江戸城攻撃の余韻も収まったある日、幸村が小西行長と共におれの前に進み出た。その行長の横に控えている者がいる。
「幡野三郎光照と申す者でございます」
行長が言った。
「この者がぜひ殿のお耳に入れたい事があると言うので、連れてまいりました」
「何かな、申してみよ」
光照と紹介された武士はかしこまって頭を畳にこすりつけ、次に幸村と行長を遠慮がちに見た。
「はっ、実は……、そのことなのですが……」
なかなか話を切り出さない。いかにも実直そうな武士なのだが、その口ぶりはなんとも歯切れが悪い。
「どうした、早く殿に申し上げないか」
行長がしきりに気にしている。
「大変申し上げにくいのですが、お殿さまとだけでお話ししたいと……」
「なに、わしらには聞かせられないと言うのか!」
「ははっ」
行長に語気を強められ、光照はまた頭を畳にこすりつけた。
「よい、分かった、その方達は下がっておれ」
「しかし」
「かまわぬ」
興味を持ったおれはすぐ話を聞いてみたかった。
幸村が光照に向き合う。
「念のためだ、腰の物を預からせてもらうぞ」
「はい」
光照は自身の脇差を幸村に差し出した。
だが光照から話を聞いたおれは、唸ってしまった。
「二人を呼べ」
「はっ」
光照はいったん引き下がり、幸村、行長と共に再びおれの前に進み出た。
「話はこの者から聞いた。内密という事だが、もうそなたたち二人に秘密にしておく必要はないだろう」
おれは幸村と行長に、内容を話して聞かせることにした。
その内容とは、光照は生前の秀吉から、豊臣家が内蔵している黄金一〇〇万枚相当を、ひそかに埋蔵せよとの密命を受けていたというものだった。
「この者によると黄金は、大坂から北西に位置する銀銅山を隠し場所に選んだと。坑道の奥数十か所に分けて埋蔵して、即「閉山」を命じたそうだ」
おれが元服したら打ち明けるようにと言われていたようだが、あの家康殿との戦の騒ぎで、なかなか言い出す機会がなかったとの事だった。
豊臣の埋蔵金という話は時折話題になります。
豊臣家が莫大な黄金を蓄えていたことは確かで、家康がその財力を少しでも散財させようと、社寺の「修復」「改築」を勧めたことは有名です。
大坂の陣のときでさえ、黄金一〇〇万枚相当、もしくはそれ以上あった可能性があると言われているくらいです。
自らの死期が近い事を悟った秀吉は、まだ幼い息子達のために、全国の鉱山から集めた莫大な黄金を秘密裏に隠すよう、配下の幡野三郎光照という武将に命じたようです。
家康は大阪の陣の後、焼け跡から黄金を探すよう命じ、約半月にわたる探索の結果、黄金二万八〇〇〇枚のほか、銀も多数発見され、すべて家康の元に送られたのだそうです。
重い埋蔵金は数十回に分けて掘り出し、少しずつ大阪城に運ぶことになった。行長と光照が担当し、幸村の手の者が護衛に付いた。軍が出動するなどといった、派手な警護ではかえって人目に付くからな。
ところがしばらくして、
「殿」
「なんだ」
幸村が何やら言いにくそうにしている。
「どうしたのだ?」
「はっ、それが……」
「早く言え」
幸村らしくない態度ではないか。
「金塊を盗まれました」
「なに!」
輸送中の金塊が何者かに盗まれたと言うのだ。警護を担当していた幸村配下の者は厳罰を免れない事態なのだ。
責任を感じた部下が懸命の捜査をした結果、浮かび上がって来たのが石川五右衛門の元子分の仕業ではないかという事だった。
五右衛門は伊賀流忍者の抜け忍だとされる説もある。
この金塊が盗まれた時点ではすでに窯ゆでの刑などと、残虐極まりない処刑を家族もろともされていた。子分共も当然皆殺しにされたはずだ。
やっと捕らえられた容疑者がおれの前に引き出された。やはり五右衛門の子分でかろうじて生き残った者のようだ。
「その方か金塊を盗んだというのは」
「…………」
「ん?」
もしかして、まだ子供ではないのか。
「そなた、何歳になる?」
「…………」
十歳から十五歳くらいと思えるが、不敵な面構えで横を向いている。
「金塊は何処にやったのだ?」
「…………」
「そうか、金塊の在りかも答えられないか」
だが幸村から処分を聞かれたおれは迷ってしまった。五右衛門の子分なら死刑が妥当なのだろうが、まだ子供でもあるし殺して終わらせてしまうのに、なぜかおれは躊躇したのだった。
「幸村」
「はい」
「しばらくこの者を預かってはくれぬか」
「分かりました」
子供とはいえ、秀吉の命で殺された石川五右衛門の子分だ。聞けば五右衛門の二代目を名乗っており、仲間を処刑した豊臣政権への恨みがあるという話だ。
その金塊を奪った手口というのはこうだ。
都に向かう漬物売りが通りかかり、親しげに話しかけて来たのだそうだ。その売り物の漬物を分けてもらい食ったところが、何故か皆腹を下して、用を足しに荷車の側を離れた。そのすきに車ごと金塊を盗まれたしまったという。
すぐ後を追ったのだが逃げ足が速くなかなか追いつかない。重い金塊を乗せているからそんなに早く運べるはずが無いのだが、とにかく見失ったしまったらしい。
「幸村」
「はい」
「その金塊なんだが、奪われた道沿いを探してみたのか?」
重い金塊を乗せた荷車を軽々と曳いて逃げたというのが気になっていたのだ。
調べた結果、奪われた場所のすぐ脇の沢に、転げ落とされていた黄金を発見したのだった。荷車が無くなっていれば当然盗まれたと思うだろう。やみくもに後を追ったという訳だ。
無事回収した金塊は全て大阪城の地下深く、石作りの蔵に運び込まれた。おれも一度だけその中に入ったが、金冷えするとはこの事かと思えるような感じだ。意外にもあまりいい気分ではない。早々に外に出てしまった。
ただこの豊臣家の財力が、とんでもない力になることだけは確かだ。
おれはまた一人になるのを見計らってトキに話しかけた。
「トキ」
「なあに、殿」
「……あの通り金塊が出て来たんだ」
「大変な量ね」
おれはふと、この金貨や金塊を現代に持ち帰ったら、とんでもない大金持ちではないかと考えたのだ。現代版石川五右衛門か怪盗ルパンかもしれない。
だがどうやって運ぶ?
「やっぱり未来は変化してしまうんだよね」
「何を考えているの?」
埋めておき、未来に行って掘り出すなんてことも、違う時代に行ってしまったらどうなるのか。少しずつ運ぼうとしても、そのたびに違う世界では何にもならない。未来は無限に枝分かれしてしまうかもしれないのだから。
また運んだインゴットや大判をスムーズに現金化出来るのかという問題もある。
知らない時代や社会で身分証明の出来ない怪しい人物が、大量の金をたびたび貴金属店に持ち込んだらどうなる。もうこれは事件だろう。
「あの、過去が変わると、未来は違う社会とかになってしまうんだろ」
「そうよ」
「だったら、おれの未来を見に行くことは?」
「それは無理ね、未来に行こうとすることで、殿自身がどんどん変わってしまうから」
「…………」
奇想天外な発想があふれるSFの中でも、パラレルワールドが存在する可能性は今のところ証明されていないが、多くの人々の興味をひきつけてきた。
「それってパラレルワールドの事?」
「近いわね」
「近いって、もう少し詳しく話してくれないか」
これはトキがどう思っているのか、ぜひ聞きたい事だ。
「そうね、広葉樹の苗木を考えてみて。最初の幹は一本でしょ」
「うん」
「それが翌年に先が分かれて二本になり、さらに四本と枝が増えていくんだけど、じゃあ無限に大きくなるの?」
「ならない」
そんなことは当たり前だ。
「そうでしょ。小さくする方もそうで、紙を四十二回折り曲げると、その厚みは月にも届くと言われるけど、途中で折り曲げられなくなるの」
「…………」
理屈と実際とでは違うということなのか。
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