寝癖


おれはその日、凄まじい寝癖だった

国立なんとか研究所の前に立ち尽くしていた

(どうしてこんなところにいるんだっけ?)

ど忘れした

雨が降っていた

それはおれのせいではなかった多分

中から職員らしき男が出てきた

昼食の時間だろうか?

「すごい寝癖ですね」

そいつはおれを見るなり言った

まあな

おれは心の中で答えた

それは世間一般的には無視したということだ

そいつは意外にもさらに話しかけてきた

「あなたの寝癖を見ているとこの世界で戦争が無くならない理由がわかる気がしますよ」

そうかよ

おれはさらに心の中で答えた

そいつは「パンを買ってきますね」と言い残し視界から消えた

(一体、何パンを購入するつもりなんだろうな?)

それを想像すると愉快になってきた

あいつが再びこの門をくぐるのが楽しみになった

だがあいつは帰って来なかった

季節が何度、移り変わっても

おれと別れたあと車に撥ねられて死んだのだ

ドライバーはほろ酔い加減だった

「ずいぶん、でこぼこしてやがる」

そのような感想を述べた

ドライバーはさらに進んだパーキングエリアで警察官に止められて叫んだ

「おれが悪かった! もう児童ポルノをネットで収集するのはやめにする! これからは中学生未満の女児にはけっして欲情しないって誓うから! だからこんなの嘘だと言ってくれ!」

タイヤに絡み付いた細長いびろびろを見て卒倒しかけた

警察官はメモ帳に走り書きした

「余罪、確認」

カシャンと手錠を掛けた

国家権力には血も涙も無い

おれはといえば相変わらず最初の場所で

(あいつ、何パン買って来るのかな………)

なんて想像を巡らせながら足下の花などを見つめていた

しとしと雨が雪へと変わり始めた

「すごいねぐせ」

下校中の少年が話しかけて来た

「そうなの?」

おれは尋ねた

随分ひさしぶりに声を発したと思った

「そうだよ、そんなのってないよ、お兄さんいつもいるね」

少年は無遠慮におれの頭を指さした

「でも、おれは鏡を持ってないから自分ではわからないんだよ」

おれは言った

でかいランドセルを背中からはみ出させて少年は尋ねてきた

「かがみって、なあに?」

そこか

「鏡ってのは………ええと」

おれは鏡の説明をし始めた

おれなりの説明だ

だからうまく伝わったかどうかはわからない

「そこに自分に似た自分じゃない奴がいるんだよ」

本当にこれで合ってるかな? と思いながら


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