第4話鉄之助と会う

以前にも鉄之助はここに来たことがあるのだろうか。行方不明の鉄之助を探す麻美はずいぶん慣れているような気がする。鉄之助が非常階段の上にいるなんてなぜ分かるんだろう。


鉄骨を外に晒した非常階段の地上入り口には「立入禁止」の立て看板が置かれている。麻美はまったく気に留めず鉄の階段をタンタンと音をたてて登り始めた。俺も麻美のあとからついて行く。


階段は所々クリーム色のペンキが剥げて錆びついている。寒すぎるので、手袋を外して直に凍った鉄筋を触ると、べったりくっついて皮膚が剥がれるかもしれない。

一段いちだん非常階段を登るにつれて、確かに上から人の気配がする。ドキドキしてきた。麻美は足元の段差を確かめるように登っている。麻美も緊張しているようだ。

やがて俺と麻美は二階の狭い踊り場をあとにした。この非常階段は三階建ての構造だ。もうすぐ最上階の踊り場へと到着する。

ゆっくりゆっくり上へと向かう。徐々に三階踊り場が見えてきた。やっぱり人影がある。でかい、身長高そう。これがあの鉄之助か。突然キレたりしないだろうな。


「どうやって入ったの?」

「裏のゴミ収集車出入口の鍵が壊れてた」

麻美の質問に鉄之助が答えた。

いざ三階に到着すると鉄之助は中肉中背だった。しっかり重装備の防寒を施していて、着膨れしているのだ。俺はこれから巨人にでも会うのかとビビってしまった。

鉄之助は野球のホームベースを逆さにしたような顔の輪郭。頬骨が目立つ。根を詰めたような表情。そしてなぜか福山雅治のようないい声をしている。

鉄之助は振り返り俺たちを見て、再び体を元に戻した。

「うわっ、キレイな夜景だな」

鉄之助が見ている南の方向には市街地の夜景が一面広がっている。宇宙に存在するすべての星々が俺たちの眼下に集まっているみたいだ。

思わず大声を上げた俺に他の二人は何も答えない。俺はすぐ場違いな自分に気がついた。

「ゴメン」

麻美がすごい目で俺を睨みつけている。俺はいたたまれなくなって二階踊り場へ逃げた。非常階段の二階からは小学校の庭木に隠れて、美しい夜景は見えないのだった。それでも上にいる麻美と鉄之助の会話は聞こえる。


「そんな悲しい目しちゃいけないにゃ〜」

上で麻美がネコ語を話している。俺には見せない一面。鉄之助ってなんなんだ。

「いけないにゃ〜」

「いけないにゃ〜」

「いけないにゃ〜て言ってるんだってば!」

麻美が一人でしゃべっている。

「……そんな目しないで」

麻美が絞り出すような声を上げた。

そのあと、麻美と鉄之助はヒソヒソと内緒話を始めた。俺は耳を澄ましたがよく聞こえなかった。それがしばらく続いて……

「校門の前で待ってるから。こっから飛び降りちゃダメだよ」

不自然に元気な麻美の声が聞こえた。


階上から麻美が勢いよく駆け降りて来た。

「公平、行くよ」

なんか、麻美は今日初めて俺の名前を呼んでくれたような気がする。そのまま麻美は俺を置いて階下へ。俺はふて腐れてゆっくり麻美のあとを追った。


俺は鉄之助にとてもムカついた。麻美に惚れてなければわざわざこんな所に来ねぇ。くそ寒いのに。それをあのヤロー、俺を仲間はずれにして麻美とイチャイチャしやがって。

いやぁ〜、ムカつくわぁ〜。

もし夏目漱石の『こころ』だったら俺は先生で鉄之助が K だ。


体がすっかり冷えてしまった。車に帰って来た俺と麻美は寒い車内で鉄之助を待った。死ぬほど長い時間待った。

俺はカーオーディオで陽気な音楽を流した。もう手遅れだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る