第3話幼いころの想い出
俺と麻美を乗せた車は国道を外れ、川を渡り、住宅街を横断してゆるい坂道を登った。月ヶ丘小学校は高台にあった。北側はそれよりも高い山々につながっていて、それ以外は広く市街地が見渡せる。積もった雪は街灯を反射して景色をぼんやりと浮かび上がらせていた。
深夜なので周囲には誰もいない。俺は月ヶ丘小学校の校門前に車を停めた。麻美がいっしょに来てほしいと言うので二人で車を降りた。
月ヶ丘小学校は雪の中にこじんまりとたたずんでいる。天気は穏やか。夜空の星々が美しい。その代わり寒さは底知れない。ブーツの中の足先がかじかむ。
俺と麻美は彼女の幼なじみである鉄之助を探してここまで来た。
校門は厳重に施錠されている。麻美がジャケットの内ポケットから携帯用スタンガンを取り出した。侵入者を許さない鉄のゲートに、麻美は携帯用スタンガンの電極を当て、何度かスウィッチを押す。すると破裂音と共に、キーナンバーを打ち込むアタッチメントに糸のような電流が走り、ガチャンと音を立ててロックが解除された。
俺と麻美は並んで小学校の敷地を歩いた。深夜の2時くらいだったろうか。とにかく寒くて、震えた。
踏み締められた雪で覆われた教員用駐車場を横切る。麻美がボソボソと話し始めた。
「私、ここで子供時代を過ごしたの……同じクラスにある女の子がいて。彼女一重で切れ長の目をした美人で。ある日、何かのトラブルがあって彼女怒っちゃったの。私たち友だち同士で「バカバカしいわ」て。そして私、両方の目尻を左右の人差し指で吊り上げて彼女のマネをしてからかったの。彼女泣いちゃって。彼女が在日コリアン4世だって知ったのはあとからよ。初めての人種差別体験。どう仲直りしたか覚えてないけど、彼女といっしょにクラシック音楽のコンサートに行った記憶があるわ。彼女とは卒業して会ってなくて。あのとき、彼女が泣く直前、私のおふざけを見たときの呆然とした表情を、私は一生忘れないわ……今でも時どき彼女のこと思い出すの、あの女の子どうしてるかな、って」
「変な話しちゃったね」
「……いや」
俺は今ここで麻美を抱きしめたくて堪らなくなった。二人きりのとき、女が子供のころの懺悔をするなんて反則だ。麻美、愛してるぜ。
だが、この恋は報われないのかもしれない。なぜならこのクソ寒い中、麻美は俺にとってどうでもいい男を探すのに必死だからだ。う〜ん麻美よ、俺たちどうなるんだ?
麻美が、三階建ての小学校校舎の端にある裸の非常階段の前で立ち止まる。
「きっとこの上に鉄之助いるよ」
そう言って麻美は階上を見上げた。隣に立っている俺も釣られて見上げた。
深夜の雪景色を見て、能天気になる奴はあまりいない。
俺は改めて周りを見渡した。雪に生気を奪われて枯れた木々が北側の山にボーボーと生えている。小学校周囲のアスファルトやコンクリートも冬の冷たさに凍てついている。
鉄之助に会えば、俺は悲しい思いをするかもしれない。
俺たちは非常階段を登り始めた。
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