第119話 営業活動とショールーム
オツカ木工所を訪問してからかなりの日にちが経ったある日。
俺が住んでいるソフィアの屋敷にモルガン商会から使いの人が来たようだ。
「フミトさんお客さんですよ。モルガン商会の使いの方だそうです」
「ありがとうエミリアさん、今行くよ」
対応したエミリアさんから呼ばれて行ってみると、モルガン商会からの使いの人が俺を応接室で待っていた。待っていた人はどこかで見た記憶があると思ったら…
「おっ、エルナン君じゃないか。久しぶりだね」
そう、俺を訪問してきたのは初めてこの街にやって来るきっかけとなったモルガン商会の危機を助けた場面に一緒にいた御者兼従業員のエルナン君だった。
「フミトさんお久しぶりです。アラン様に指示されてフミトさんを迎えに来ました。木工所に頼んでいた物が出来上がったと連絡が来たのでフミトさんにも立ち会って欲しいとの事です。馬車を用意してありますから、一度モルガン商会に寄ってくれませんか」
ついに試作品のクローゼットとハンガーが完成したようだ。
出来栄えを確認する為にも発案者として見に行かないといけないな。
「了解。エルナン君よろしく頼むよ」
表に停車していた馬車に乗り込みモルガン商会に向けて走っていく。
馬車の中に入らずに、御者席のエルナン君の隣に座る。
「そうだ、言い忘れてましたけど、僕がもう一人と共にモルガン商会内でフミトさんのカミノ商会の担当になりました。よろしくお願いします」
「へー、そうなんだ。知り合いのエルナン君が俺の商会の担当になってくれてありがたいね。こちらこそよろしく頼むよ」
そんなこんなでエルナン君と話しながらモルガン商会に着くと、アランさんが表に出てきて馬車に乗り込み一緒にオツカ木工所に向かう事になった。
俺は御者席の隣から馬車内に移動してアランさんと向かい合う。
「フミトさん、例の物が出来上がったそうですよ。先程オツカ木工所から連絡がありました」
「出来上がりの品物を見るのが楽しみですね」
馬車に揺られて暫く走ると、オツカ木工所の建物が見えてきた。
到着したので馬車を降り、アランさんと一緒に木工所の中へ入っていく。
仕事中の従業員が俺達に顔を向けてくるのに手を振りながら…
「こんにちは、カミノ商会のフミトです。例の品物が出来上がったとの連絡を受けて確認をしに来ました」
すると、俺の声が聞こえたようで奥の方からオツカ木工所の代表のカツサさんとクミオさんが姿を現した。
「これはこれは…フミトさんにアランさん。クローゼットとハンガーの試作品が完成しましたぞ。倉庫に置いてありますからどうぞ確認してもらいたい」
カツサさんとクミオさんに先導されて倉庫に向かうと、そこにはドデーンと鎮座したクローゼットと木箱に入れられたたくさんのハンガーが置いてあった。
まず目に入ったのは装飾が施された高級仕様のクローゼット。
綺麗な模様や木彫りの装飾が施されたその姿はまるで芸術品のようだ。
思わず見とれてしまうほどの出来栄えだね。
カツサさんの木工職人としての腕前は名人の域だね。
「これは素晴らしい。ただの家具じゃなくてこれ自体に品格が備わってるようだ」
「確かに、モルガン商会としてもこんな素晴らしい物を扱えるのは嬉しい限りです」
「息子の俺が言うのも何だが、親父の腕前は凄いからな」
息子のクミオさんに褒められてカツサさんも満足げだ。
「フミトさんに言われた通りにブランドマークってやつも彫金師に作らせて嵌め込んでおいたぞ」
そう、カミノ商会のブランドマークも考えておいたんだよね。
丸枠の中に漢字の『上』という字をデザインしたブランドマークだ。
こっちの世界では漢字は存在していないので、不思議なマークに見えるらしい。
あと、どこで制作したのかわかるようにプレートも作ってオツカ木工所モデルと彫ってもらってある。
シンプルな普及品のクローゼットの出来栄えもなかなかなものだ。
装飾は施されていないが、質実剛健といった感じで機能美が垣間見える。
俺は蝶番や扉の建付けなど全体をチェックして、どこにも不都合な点がないのを確認してから「ご苦労様でした」と言葉をかけて仕事ぶりを労った。
ハンガーの方も俺が望んだ物が作られており満足のいく出来栄えだ。
こちらにも焼印で丸枠に『上』の文字を入れてもらった。
「あと、何に使うのか知らないがついでに頼まれた物も作っておいたぞ」
別枠でついでに作ってもらった物も俺の注文通りで良さげな感じだ。
代金支払いなど、細々とした事務手続きを済ませ、俺は品物をマジックバッグの中にどんどん放り込んでいく。
「俺のマジックバッグはどういう訳か特別なんですよ…アハハ」
底なしのように家具やハンガーが入っていくのを見て、カツサさんもクミオさんも目を丸くして驚いていたけど気にしない気にしない。
これらの品物はモニターに使用してもらったり、展示するなどして評判をリサーチするつもりだ。そして、それらが終われば本格的に製品として売り出す運びになる。
「じゃあ、製品化が決まって本格的に売り出すようになったらお願いしますね」
「そうなったらオツカ木工所も忙しくなりそうじゃ。フミトさんがワシの木工所を選んでくれて感謝するぞい」
オツカ木工所の皆さんに見送られて馬車に乗り出発だ。
次は早速営業活動だな。なんにせよ、これらを世間に知ってもらわなくてはならないからね。
「アランさん、もう少し付き合ってもらえますか」
「よろしいですけど。フミトさん、どこへ行くつもりですか?」
「服屋さんですよ。既に大まかな話はしてあります」
俺が向かおうとしてるのは街中にある服屋さんだ。
店に実物を置いてお客さんの目に直に触れさせたい。それを見たり、実際に手にしたお客さんが口コミで他の人に広めてもらおうという計画だ。
他人任せに思えるかもしれないが、情報の伝達手段が限られてる中ではその中にインフルエンサー的な人がいれば結構有効な手段なんだよね。
この街でも大きな部類の服屋さんに到着して店の中に入っていく。
「こんにちは。以前お伺いしたカミノ商会のフミトです。ご主人はいらっしゃいますか?」
奥からこの服屋の主人が歩いてきて…
「おや、カミノ商会のフミトさんじゃないですか。どうやら例の品物が出来上がったようですね」
「ええ、出来上がりましたのでこの前のお約束通りにこの店で置いてくれますか」
そう言ってマジックバッグから普及品のクローゼットとハンガー、そして別枠で作ってもらった木人形を取り出し、店の主人に品物を見せ使い方をレクチャーする。
木人形は嵌め込み式の手足の関節部分が可動取り外し出来るようになっている。
「クローゼットとハンガーの使い道は説明通りでわかります。便利そうなのでどんどんお客さんに売り込みますよ! でも、この木人形はどう使えば良いのですか?」
「ああ、これは売り物ではなくて服屋さんで使ってもらえたらと俺が別に用意したものです。名前は『マネキン』と言って人形を模した木人形に服やズボン、スカートなどを履かせて、実際に着た時の姿をお客さんにイメージしやすくさせるものです。今回は試作品という事で無料で提供しますので、もしお店の方でマネキンの使い勝手が良いと感じたらモルガン商会に注文して下さい」
店の主人に断って実際にマネキンに上着とズボンを履かせると、アランさんも服屋の主人も『こりゃ実際に人が着てるようだ』と感嘆の声をあげてくれた。
「お客さんからクローゼットやハンガーを購入したいと申し出があったらモルガン商会を紹介して下さい。よろしくお願いします」
「フミトさん、任せておいて下さい」
俺が考えたのは服屋をクローゼットやハンガーのショールームとして利用する計画だ。人の目に触れる機会を増やせばそれだけでも営業活動の足しになるからね。
高級品のクローゼットはモニターとしてソフィアに使ってもらうつもりだ。
この前約束したもんな。
その後、俺とアランさんは数件の服屋を訪問して同じようにお願いして回ったのだった。
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