第117話 木工所での親子の対立現場
「親父の商売のやり方は古いんだよ!」
「何を言うか! お前のやり方ではお得意様を失うぞ!」
商人ギルドに紹介された木工所に到着してみると、そこは怒号や怒声が飛び交う修羅場だった。
木工所の建物の中には木工所内の人達が半々くらいの割合で対峙して向き合っていて、初老のおっさんと若い男がお互いに一歩前に出て互いを指差しながら怒鳴りあっていた。
これは一体全体どういう状況なんだろうか…
何でこの人達は怒鳴り合ってるんだ?
まさか、紹介された木工所がトラブルの現場だったなんて俺は聞いてないよ。
隣を見ると一緒に来たアランさんも吃驚して固まってるじゃないか。
とりあえず、こんな状況だけど訪問目的の為には声を掛けないとな。
「あのー、すみません。お取り込み中のところ申し訳ないのですが、ここはオツカ木工所で間違いないでしょうか?」
「おまえは誰だ! 引っ込んでろ!」
「あんたは誰だ! 邪魔するな!」
えっ!? 何で俺が怒鳴られるの?
「いや、こちらの木工所に用事があって来たんですけど……話を聞いてもらえたらなと」
「何だ、お客さんか。すまんすまん。それでうちの木工所に何の用だい?」
「お客さんなら仕方ない。うちの木工所に何か用事ですかい?」
とりあえず怒鳴り合いは収まったようだ。
放っといたらそのまま掴み合いの喧嘩になりそうだったから一先ず安心したよ。
「はい、商人ギルドからの紹介でこちらの木工所が俺の仕事の依頼の希望に適ってるのではと聞いて来たんですけど。そうしたら二人が怒鳴り合いをしてる現場に遭遇したという訳です。ところで、二人は何が原因で喧嘩してたんですか?」
「おう、聞いてくれよ。コイツは俺の息子のクミオというのだが、コイツは俺の仕事の方針が時代遅れで古臭いと文句を言ってくるんだよ」
「お客さん聞いてくれよ。親父のやり方ではこの先この業界では生き残っていけないと俺は思ってる。だからこの木工所を俺の言うやり方にした方がいいと言ってるのに親父は聞く耳を持たないんだ」
なるほど、二人の言い分を聞くとこの木工所の経営方針を巡って親子でのお家騒動らしいな。古臭いとか、業界の生き残りとかいう言葉が出てくるのを考えてもおそらく間違いない。もうちょっと詳しく聞いてみよう。
「何となくわかりました。そこで二人は具体的にどういうやり方が良いと考えているのか、良ければ俺に聞かせてもらえませんか? 俺もアランさんも外部の人間なので依怙贔屓なく客観的に聞けると思うんです」
「そ、そうだな。なら、あんた達にも聞いてもらおう。クミオもそれでいいな」
「ああ、俺も当事者じゃない人の意見も聞いてみたい」
「ありがとうございます。じゃあ、親父さんの方からどうぞ」
「なら、ワシの方から話させてもらうか。ワシの名前はカツサ・オツカ。若い頃からの修行を経て、親方から独立してこのオツカ木工所を立ち上げここまで大きくしてきた。最初は小さな木工所だったが、一人一人のお客さんに合った家具や道具を丁寧に作り、お得意様を大事にしてきたおかげで今がある。その人達に何度も満足してもらえるような物をこれからも作っていきたいのだよ。質を下げずにワシは手間暇をかけて納得のいく品物を提供したい。それを息子は古臭いと言って反対するんだ」
ふむ、この人がこの木工所の創業者でオツカ木工所の代表だな。
聞いた感じでは古くからのお得意様を大事にしてリピート率を増やし、ガッチリと固定客を掴んで安定経営を目指すという方針のようだ。確かにどちらかといえば安定志向で、攻めの経営というよりは守りの経営に思えるが、取り立ててこれといっておかしいところはない。
よし、次は息子さんの考えている方針を聞いてみるか。
どんな違いがあるのだろうか?
「次は息子さんの方の意見をどうぞ」
「俺の名前はクミオ。このオツカ木工所では代表の親父に次いで副代表の立場だ。俺の考えではこれからのオツカ木工所は、庶民にも求めやすい値段の品物を作ってたくさん売る事により、利益は薄くてもその分たくさん売って売り上げを伸ばせば儲けに繋がる。この方法で俺はオツカ木工所をもっと大きくしたいと思ってるんだ。親父のやり方だと手間をかけすぎてたくさん作れないからね」
ははーん、親父さんと息子さんの話を聞いて何となく掴めてきたぞ。
要するに、親父さんの方は量よりも質を重視していて、息子さんの方は質よりも量を重視してるみたいだな。
これはどちらが良いとか悪いとかじゃなくて、経営方針の違いから来る争いだ。
なんだかどこかで聞いた事があるような、この木工所のこれからの経営方針を巡っての親子の争いのようだ。こっちの世界でも似たような感じなんだな。
「二人の主張や言いたい事は理解出来ました。この木工所の経営方針をどちらにするかで揉めてるんですね」
「そうだ。ワシのやり方こそオツカ木工所に相応しいと思っておる」
「いや、俺のやり方こそオツカ木工所の将来の為になると思ってる」
「なんだと! 貴様はまだ諦めないのか!」
「親父こそいい加減にしろ!」
おいおい、また始まったよ。
これじゃ水掛け論で埒が明かないな。
「あの……なら、俺からの提案なんですけど両方やればいいじゃないですか。別にどちらかに統一しなくても両方やればいいんですよ。そうすれば二人が争わなくて済みますよ。とりあえず俺の話を聞いてくれますか?」
「両方だと…お客さんどういう事だ?」
「そうだ、説明してくれよ」
「そうですね。まずはこれを見て頂けますか」
俺はマジックバッグからクローゼットとハンガーの図面スケッチを取り出し、二人に見てもらう。
「何だいこれは?」
「俺が考案した家具のクローゼットと服を掛けておく道具のハンガーという物です。こちらのハンガーは服をこの道具に掛けて吊り下げておける物で、クローゼットはそのハンガーに掛けた服を湾曲した金具で突っ張り棒に引っ掛けて吊り下げて収納するタイプの家具です。俺はこのクローゼットを装飾を施した高級品と、シンプルな一般普及量産品の二種類の二つの仕様を考えています。それをオツカ木工所に作ってもらい、出来上がった物をモルガン商店に卸して頂いて俺の商会の『カミノ』ブランドとして販売してもらおうと思っています。そして、ハンガーもこちらで大量に作ってもらいたい」
「ほう、新しいタイプの家具製作の仕事の依頼か」
「こりゃ、ハンガーってやつも便利そうでいっぱい売れそうだな」
「ええ、手始めにこの図面スケッチを元に試作品を作って欲しいんです。『カミノ』ブランド、オツカ木工所製作モデルの製品として売り出す前の試作品ですね。勿論、製品化したあかつきにはオツカ木工所の名も品物に明記してもらう予定です。どうですか?」
「悪くない話だな。何よりも新しい家具や道具を請け負えるし、販売もやってもらえるなら面倒臭い手間も省ける。装飾を施した高級品を作るとなるとワシの腕も鳴るってもんだ」
「なら、クローゼットの量産普及品とハンガーは俺の担当って訳だな。標準規格を設定すれば量産出来そうだ」
「どうですか? これならお二人それぞれのやりたい仕事が出来るじゃないですか。親父さんの方には凝った装飾を施した手間暇かけた高級品を担当してもらい、息子さんの方にはシンプルな物を多く作ってもらうので二人が仕事の方針で争う必要がなくなります。俺やアランさんの商会と契約を結びませんか?」
「うむ、ワシはあんた達と契約したい」
「副代表の俺も異存はないですよ」
二人の争いも無事に収まったようだ。元の世界にも一時期世間を賑わしたこれと似たような出来事があったけど、こっちでは喧嘩別れを食い止めることが出来て良かった。二人の和解に一役買えて嬉しいよ。
「俺が持ち込んだ仕事の契約に前向きになってもらってありがとうございます。それではモルガン商会のアランさんも交えて仕事や契約などの細かい詰めの話をしましょう。アランさん、カツサさん、クミオさん、よろしくお願いします」
カミノ商会の初仕事。
ここに来た当初はどうなる事かと気を揉んだけど、何とか船出が出来そうだ。
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