第115話 アンジェラとの再会とスケッチ

 朝食を食べた後、食べ終わった食器をそのままにしておくのもあれなので、俺はエミリアさんに食器を片付けるのを手伝おうかと話しかけた。

 だが、エミリアさんには「これは私の仕事ですから、お気持ちはありがたいですけどフミトさんは気を遣わなくていいんですよ」と言われたのだが、そういうものなんだろうか。


 元の世界では一人暮らしをしながら自炊もしていた俺からすると、自分のお金を出して泊まってる宿ならともかく、同じ家に住んでいながら申し訳ない気持ちになる。


 エミリアさんには労いの気持ちを込めて定期的にプレゼントを渡すようにしよう。


 あまり早い時間にアンジェラの家を訪問するのも憚られるので、一度自分の部屋に戻り少し考えながら時間を潰す。ハンガーやクローゼットを作るのは良いとして、今回から自分の商人の資格も有効活用してみたい。商人として始動するからには商会名も考えておかないとな。今の時点で商人ギルドへの俺の登録は個人名だけだ。そのままの名称で商会名にするかどうかも後で考えておこう。


 後はどこまでの範囲を俺の商活動の業務範囲とするか、そこらへんも含めて調整しないとな。本業を商人メインにするとは今のところ考えていないのでね。


 そんな風に考えながら部屋で過ごしていたら、そこそこ時間が経過したので出かける事にする。ソフィア達にはアンジェラの家の場所や訪問しに行くのを伝えてあるので、何かあっても連絡は大丈夫だろう。


 家を出てアンジェラの家に向かって歩いていく。

 急な訪問だが家に居てくれるといいな。


 暫く歩いていくと、モデルの依頼で通ったアンジェラの家の前に到着した。

 門に付けられた訪問者用のベルを鳴らすと、少し経って最初の訪問時に俺を案内してくれた侍女の女性が玄関の扉を開けて姿を現した。


「すみません、以前モデルの依頼で訪問したフミトです。アンジェラは居ますか?」


「はい、覚えておりますよフミトさん。アンジェラ様は在宅しております。ご用件はなんでしょうか?」


「王都からオルノバに戻ってきたので、アンジェラに挨拶をしに来たのと王都土産を渡しにきたんですよ」


「承りました。アンジェラ様に伝えてきますので暫くお待ち下さい」


 そう言って侍女の女性は一度家の中に戻り、暫く待っているとまた姿を現した。


「フミトさん。どうぞ中へ。アンジェラ様はアトリエでお待ちになっています。以前と同じようにそのまま直接アトリエに向かってください」


 そういえば、モデルの依頼を受けた時も直接アトリエにずんずん入って行ったっけ。勝手知ったる何とかじゃないけど、アンジェラと俺は同い年だし気兼ねがいらないから楽なんだよな。言われた通りにずんずんとアトリエに向かって歩いて行き、アトリエの中に入ると満面の笑みを浮かべたアンジェラが俺を出迎えてくれていた。


「やあ、フミト。久しぶりじゃないか! また会えて嬉しいよ。今日は君の王都での話を聞かせてもらうからね」


 久しぶりの再会だけどこんなに歓迎されて嬉しいな。


「つい先日王都から戻ってきたんだ。君も元気そうで何よりだよ」


「フミト。とりあえず座って話そうじゃないか。積もる話も聞きたいからね」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 まずアンジェラに王都土産を渡す。

 王都で売っていた画材や高級茶葉などだ。

 そして、久しぶりの再会に話も弾んで花が咲く。


 王都でフィリップさんやルッツ君と会った事や、フィリップさんに頼まれて国王陛下の肖像画の依頼を受け見事に採用され認められた事。そして直接陛下から短剣を授けられたり、褒美に王都で家を貰った事など…


 そして、アンジェラが一番驚いていたのは王都で人を操りテロを起こした魔族を俺がやっつけた出来事だった。


「やっぱり君はその見た目とは裏腹に類稀なる非凡な才があったんだね。しかも芸術分野だけでなく、魔族をやっつけたというのだから王都と民を救ったヒーローじゃないか!」


「そう面と向かって言われると照れくさいよ。俺はヒーローって柄でもないし、肖像画が採用されたのだって、俺が描いた絵が陛下の好みに合ってたという理由もあるだろう。あと、君も陛下の肖像画にチャレンジしていたのを向こうで聞いたよ」


「そうなんだよ。私もフィリップ先生から頼まれて陛下の肖像画を描かせてもらったけど、残念ながら採用されなかったんだ。そのせいでちょっとスランプになってしまってね。そんな時に依頼を出したモデルにフミトが応募してきたって訳なのさ。でも、君が描いた肖像画が見事に陛下の心を射止めたのを聞いて、芸術家としての悔しさよりも自分の友人である君が功績を上げた事の方が今は何倍も嬉しいよ。私もより一層精進して君と一緒に切磋琢磨したいと思ってる」


「ありがとう。そう言ってもらえると俺も嬉しいよ。俺の芸術の才能はアンジェラと出会ったおかげで身に付いたからね。むしろ、半分は君の功績と言っても過言じゃないはずだ」


「ありがとうフミト」


「ところでアンジェラ。君に頼みがあるんだ。アトリエを少し貸してくれないか?」


「オルノバに帰還早々、芸術の意欲が湧いたのかい?」


「いや、そうじゃなくてちょっと考案した物があるから、それを具体的に絵に描いて図面のような物にしたいんだ」


「へー、どんな物を思いついたんだい?」


「服を掛けておく道具と、その道具を使って服を吊り下げておく家具さ。とりあえず説明するのはそれを絵に描いてからだ。画材は俺が持ってる物を使うから場所を少し貸してくれ」


「なら、アトリエは好きに使っていいよ。私も近くで見ていていいかな?」


「ああ、構わないよ」


 アンジェラにアトリエを使わせてもらう許しを得た俺は、早速マジックバックから画材セットを取り出し、複数のキャンバスを用意してハンガーとクローゼットの図面スケッチを描いていく。具体的な使用例も絵にして一緒に載せておいた。絵があるとどう使えば良いのかイメージとしてわかりやすいからね。暫くの間、キャンバスに一心不乱に描いていた俺は最後にクローゼットの図面スケッチを完成させてようやくアンジェラの方に顔を向けた。


「出来上がったよ。これが俺の作りたい物だ。この三角形型の物を俺はハンガーと名付け、家具の方はクローゼットという名称にしたいと思ってる。ハンガーは服を掛けたりズボンをぶら下げておける道具。クローゼットはその服やズボンを掛けたりぶら下げたハンガーを家具の中の突っ張り棒に吊り下げておける物だ。これがあればどの服がどこにあるのか一目瞭然だから、着たい服を一々引き出しや衣装ケースの中を引っ掻き回して探す手間が省けるって訳さ。あと、持っている衣装が少なくてもすぐに目に見えるという効果は大きいからね」


「なるほど。それは便利そうだね! これがあればたくさんの衣装持ちの人は服を探す手間が少なくなって喜ぶと思うし、畳み皺や折り目が付かなくなりそうだ。だけど、フミトはよくそんな物を思いついたね」


 まあ、思いついたというよりは思い出したというのが正解なんだけどね…


 あと、ハンガーとクローゼットの図面スケッチを描いている時に、木材で作れる簡単な生活用品と道具をまた思い出した。これも具体案にしていこうと考えている。そんなに難しい物じゃないから簡単に作れるはずだ。既にこの世界にあるのかどうかわからないが、ここの生活に違和感なく自然と溶け込める物だと思ってる。でも、こちらは利益が見込めるような物ではないだろう。


「うん、品物が完成して普及するようになったら君にも使ってもらえたら嬉しいな」


「そうだね、是非そうさせてもらうよ」


 アンジェラとの再会はとても楽しい時間が過ごせた。

 そして、また会おうと約束をして俺はアンジェラの家を後にしたのだった。

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