第114話 無ければ作ってみようかな
ソフィアの家に引っ越した翌日の朝。
ベッドから身を起こしながら昨夜の事を思い出して少し笑いがこみ上げてきた。
ソフィアって何気に行動が面白いんだよな。
身支度を整えて部屋を出て裏庭に向かっていく。
体操とストレッチ、それと木剣での素振りをする為だ。
「フッ、フッ、セイ!」
体操とストレッチで身体が解れて温まり、木剣での素振りで締めだ。
素振りは毎日やってる訳ではないが、なるべく定期的にやるようにしている。
朝の運動を終えた俺は一旦自分の部屋に戻り、朝食までの時間の間にもう一度自分の部屋を確認する事にした。
クロードさんの話では、この部屋は来客の滞在用として使われていたというが、見るからに綺麗でほとんど使用歴がなさそうな印象だ。
そもそも、ソフィア達は積極的に人付き合いをしていたようには見えないしね。
で、改めて部屋の中を眺めて見ると…
大きなベッド、大きなテーブル、引き出しが三つあるタンスくらいだな。
前々から思っていたが、他人の家でも宿でもそうだがこの世界の部屋は何か味気ない。どうしてそう感じるのかそこらへんを後で考えてみよう。
階下のキッチンの方から微かに音がしてきた。
エミリアさんが起きて朝食の準備を始めたようだ。
その音に誘われて部屋のドアを開け廊下に出ると、丁度向こうからクロードさんが歩いてきた。一分の隙もなく、優雅に歩く様はダンディーオジサマそのものだ。だけど、そんなダンディーオジサマが少しだけ意地悪な側面を持ち合わせているのを俺は知っているぜ。
「おや、フミト殿。おはようございます」
「クロードさん、おはようございます」
「フミト殿は相変わらず朝が早いですな」
「クロードさんこそいつも早起きじゃないですか」
「私はこの屋敷の執事としての役目もありますからな」
「家の管理など色々ありますもんね」
「でも、これからはソフィア様の管理はフミト殿にお任せ出来るので楽になりますよ」
何気にさらっとぶっ込んで来やがったな!
「どうですかね~、俺はどこかの馬の骨なんでクロードさんの期待に答えられないかもしれませんよ」
「いやいやフミト殿、じゃじゃ馬を手懐けられるのはフミト殿しかおりませんぞ」
「俺にもじゃじゃ馬は手に余る気がしますけどね」
俺とクロードさんが廊下でそんな立ち話をしていたら、二人の声が聞こえたのか奥にあるソフィアの部屋のドアが開いてソフィアが姿を見せた。
「あのねぇ、起きて支度をしてたら廊下からフミトとクロードの声でじゃじゃ馬がどうのこうのとか聞こえてきたんだけど。まさかあたしの事じゃないわよね?」
ギクッ!
「何を言ってるんだソフィア。たぶん気のせいじゃないかな。ソフィアはきっと起きたばかりで寝ぼけてると思うぞ」
「そうですとも、フミト殿の言う通りですぞ」
ソフィアも地獄耳なのかよ。
全く油断も隙もあったもんじゃないな。
「ふーん、何だか煙に巻かれた気がするけど今回はそういう事にしておくわ」
「ところでソフィア。目覚めたタイミングで悪いけど、もし良ければ君の部屋の中を見せてもらっていいかな? 昨日はこの屋敷の中を見せてもらったけど、ソフィアの部屋はまだだからね。ほら、何かがあった時にこの屋敷内の部屋がどうなってるのか把握しておきたいし」
「あたしの部屋? 別にいいけど…」
「ああ、ソフィアの部屋はどんな感じなのかなって…」
「あんな風に言ってるけど、もしかしてフミトはあたしの部屋に忍んで来るつもりなのかしら。その為の部屋の中の確認?」
何だか妄想しながら小声でブツブツと呟いてるようだけど、ここはその呟きに被せるように妄想をぶった切ってやる。
「じゃあ、ちょっとだけ見せてね」
俺の横でクロードさんがニヤニヤしてるけど無視無視。
「フミト殿、ソフィア様。私は朝の務めがありますので後は二人で…」
お見合いの席じゃないんだからさ…
クロードさんもソフィアも何か勘違いしてるようだが、俺の目的は真面目なものなんだけどね。とりあえず了解を得たのでさっさと済ませよう。
ドアの前に立っているソフィアの脇を通り抜けて部屋の中に入っていく。入り口から少し中に入って部屋全体を眺める。俺の後ろからソフィアが部屋の中に入り横から伺うように俺の顔を見上げ、おずおずと話しかけてきた。
「何かあたしの部屋に問題でもあるの?」
部屋の中は整頓されているようだ。正直、ソフィアが片付けられないタイプで汚部屋だったらどういう態度を取ればいいのかなと……内心では身構えていたが、そんな事はなく、服が椅子に掛けてあるのを除けば比較的整頓されていて安心した。
「いや、部屋の中は整頓されていて問題ないと思うよ」
「良かった。フミトにダメ出しされるんじゃないかとドキドキしてたわ」
ざっと部屋の中を眺めてみたけど、女の子だからか衣装ケースや引き出し式のタンスが多い印象だ。
「ところでさ、ソフィアは普段着や外出時の服や衣装はあの引き出し式のタンスや衣装ケースに入れてるの?」
「そうだけど」
「お目当ての服や衣装はすぐに見つかる?」
「そうね、とりあえず目的別に分けて収納してるけど、衣装ケースの下の方にあったり引き出しの奥の方にあったりすると、上の服を一旦出して探したりするから見つけるのに結構時間がかかるかも」
やっぱりそうか。
この世界に来て街で暮らすようになってから何かが足りないと思っていたが、元の世界にはあった服を掛けておく三角形やブーメラン型のハンガーが無いから当然クローゼットも無いんだよな。
俺の場合、数少ない服はマジックバッグやアイテムボックスに放り込んでいたので、それらが無さそうだと薄々気がついていたけど便利さに慣れてしまってあまり深くは考えていなかった。
しかも、俺のパーティーの仲間や出会ってきた人達もマジックバッグ持ちが多かったせいである意味盲点だったと言える。街中で暮らす一般庶民の全てがマジックバッグ持ちとは限らないからな。
それに、この世界でマントやコートを掛けておくのに一般的なのは壁に取り付けられたフックやポールの先端に何本か横に張り出した棒が取り付けられた物くらいか。
なら、いっその事ハンガーやクローゼット。ハンガーで吊り下げるタイプの衣装タンスを俺が企画立案して製作するのもありか。
新しい製品が生まれたとしたら、それに伴って街の仕事の種類も増えるし。働く場所が増えれば従業員の雇用も生まれる。手に職を付ける人が増えて街が豊かになれば一般庶民にもその分恩恵があるもんな。売れたら企画した俺にも利益が見込まれるし、その利益の一部を基金などに回すのもいいだろう。それに最大の効果は少しではあるが生活が便利になる事だ。
今日は芸術家のアンジェラの家に王都での出来事の報告と王都土産を渡しに行こうと考えていたので、ついでにアンジェラのアトリエを借りて、ハンガーやクローゼットを作る為に必要になりそうな三角法を使った簡易図面スケッチを描いてみよう。
「ソフィア、俺の用は済んだよ。朝っぱらから君の部屋の中を見てみたいだなんて無茶な注文を聞いてくれてありがとう」
「ううん、フミトならいつでも歓迎よ。真夜中でもあたしの部屋に来てもいいのよ。でも、夜中に来る時は周りに気付かれないように静かに来てね」
良かった。ソフィアの機嫌を損ねたかもしれないと心配したが、どういう訳か何かを期待するようにすこぶる機嫌が良さそうだ。真夜中でも部屋に来ても良いとか言ってるけど、ベッドで眠っているソフィアを起こす訳にもいかないからなぁ。ここは能面のような無表情になって視線を合わせずにスルーしておこう。
よし、この企画がどうなるのかわからないがやるだけやってみるか。
そう心に決めた俺は「そろそろ朝食の時間だな」と言いながら機嫌が良さそうなソフィアと一緒に食堂に向かっていくのだった。
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