第113話 宿暮らしを卒業

 久しぶりにゼルトさん達と再会した後でそのまま宴会に突入した俺だった。

 ハンスさんも加わった宴会では皆が飲むお酒の量もどんどん増えて大盛り上がりだった。まさに時間も忘れるほどに宴会を楽しんでいたが、後ろ髪を引かれながらも途中で宴会を抜け出してくるのに辛うじて成功した。


 まあ、種明かしをすると出来る上司役のトランさんのおかげなんだけどね。


「フミト君、そろそろ帰った方がいいんじゃないか」と、浮かれてまるっきり用事を忘れていた俺をトランさんが現実世界へ引き戻してくれたのだ。


 危なかった。

 ソフィアの指摘通りになるところだった。


 うん、やっぱり持つべきものは冷静で出来る上司だよね。


 夕方にハンスさんの宿から抜け出して来れたので、次に向かうのは俺が定宿にしていたアルフさんの宿『銅の帽子亭』だ。

 家を貰うという予定外の延長要因もあり、ここ何ヶ月かは王都への出張でずっと留守をしていたので部屋の契約期間は切れてしまったが、この街に来てからずっと籍を置いていた宿なのでけじめとしてきっちり挨拶をして宿を引き払わないとな。


 宿の前に到着した俺は建物を下から見上げる。

 玄関を潜り抜けると、晩飯時なのか食堂の方から美味しい匂いが漂ってきた。

 たぶんアルフさんは厨房にいるのだろう。


「こんばんは! 誰か居ますか?」


「誰か呼んだかい?」


 すると、厨房の中からアルフさんの返事が聞こえてきた。

 厨房から顔を出したアルフさんが俺の顔を見て笑顔になりながら…


「おー、フミト君じゃないか! いつオルノバに帰ってきたんだい?」


「今日です。先に知り合いにお土産を渡してからこっちに来たんです。アルフさんにもお土産を買ってきたので少し時間が取れますか? それと少し話がしたいのですが…」


「ああ、いいよ。一段落ついたところだから大丈夫だ」


 食堂に出てきたアルフさんにマジックバッグの中からお土産を取り出して渡していく。アルフさんへのお土産は王都で売っていた帽子とキッチンナイフだ。

 帽子はアルフさんに似合いそうな物を俺が選んで買ったやつだ、キッチンナイフは万能に使えそうな物をお店の人に選んで貰った。気に入ってもらえるかな?


「これはなかなか良い帽子だね。僕の趣味ともマッチしてるよ。それにこのキッチンナイフは王都でも有名な店の物じゃないか。とても高かったんじゃないかい?」


「いえ、臨時収入が入ったので奮発したんです。だから気になさらないでください」


「そうかい、それならありがたく受け取っておくよ」


 良かった。どうやら気に入ってもらえたようだ。

 俺のセンスも間違ってはいなかったな。


「ところで、話ってなんだい?」


「それなんですけど、俺はこの宿を出て知り合いの家に住む事になりました。ほら、いつだかこの宿に俺を訪ねて来た女の子の家です」


「えっ! フミト君はあの子と夫婦になるのかい?」


「いやいや、そうじゃなくて…同じパーティーを組んだので行動を迅速合理的にする為に一緒に住むんですよ」


「ははは、そうなのか。でも、将来の君の姿が僕には浮かんでくるよ。君とあの子は相性が良さそうだしね」


「ちょっと、アルフさんからかわないでくださいよ。一緒に住むといっても居候みたいなものなんですから」


「なら、この宿での暮らしも卒業なのかな。フミト君が居なくなるのは寂しくなるけど、こればかりは仕方がない」


「この宿は西の森からこのオルノバの街に出てきて最初にお世話になった宿ですからね。短い間だったかもしれませんが本当にお世話になりました」


「宿を経営する僕らにとって、宿泊客の元気な姿を見る事こそが何よりもご褒美だからね。こうしてまた君の顔を見られただけで満足さ。君のこれからの活躍を祈ってるよ」


「ありがとうございます。それじゃアルフさん、どうもお世話になりました」


 アルフさんと握手を交わす。


 アルフさんに挨拶を済ませけじめをつけた俺は宿を出てソフィアの屋敷に向かう。

 着の身着のままじゃないけど、アイテムボックスやマジックバッグがあるおかげで手ぶらの移動だ。


 引っ越しなのか、ただの移動でしかないのか…何だか変な感覚だよ。


 さて、今日からお世話になるソフィアの屋敷はもうすぐだ。

 マンションやアパート住まいではなく、他人の家に間借りして住むのは前の世界を含めて初めての経験なので期待と不安な気持ちが半々に混ざってる。


 そして、見慣れたソフィアの屋敷に到着。

 今日からこの家の住人になるにしても、最初は勝手に門を開けないでとりあえず誰かを呼ぼうかなと門の前に立ち止まって思案していたら……


 屋敷の玄関がドーンと開いてソフィアとエミリアさんが飛び出して来た!


「フミト、遅かったわね。待ってたわよ!」

「フミトさん、お待ちしてました!」


 えっ!?

 まだ俺は声を出して君達を呼んでなかったよね…

 家に到着したけど、俺は門の前に立ってただけだよね?

 どうして俺の来訪がわかったの?


 恐るべし、ソフィアとエミリアさんの謎レーダー!

 しかも前よりも性能が上がってるよね。


「ごめん遅くなって。ハンスさんの宿で宴会になって途中で抜け出してきたけど、アルフさんの宿に立ち寄って暫く話をしてたから少し遅くなっちゃった」


「それなら仕方ないわね。許してあげるわフミト」

「フミトさん、門を開けますので中へどうぞ」


「ああ、二人共ありがとう」


 さあ、改めて今日からお世話になるソフィアの屋敷だが、目立つほど大きくもなく豪勢でもないが、例えるならば洗練されて品の良い家だ。

 ここにはちょいちょい訪れていたので、今日からここに住むとなっても気後れするような感情はない。


 家の中に入り、とりあえずいつもの応接室に通されるとクロードさんがそこで俺を待っていた。


「ようこそフミト殿、この家の執事としてフミト殿を歓迎いたしますぞ」


「こちらこそ、今日からこの家にお世話になりますのでどうかよろしくお願いします」


 こういう時のお約束の礼儀とはいえ、クロードさんに畏まった挨拶されるとくすぐったいね。と言いつつ、そんな俺の方も畏まった挨拶をしてしまうのは元会社員の悲しい性とも言うべきか…


「ちょっと、フミトもクロードも何でお互いに畏まっちゃってるのよ?」


 おいおい、ソフィア君。

 君はこういう場面でのお約束ともいうべき挨拶の様式美を理解してくれよ!


「それではソフィア様。私はフミト殿にこの屋敷内を案内してきます」


「クロード頼んだわ」


 俺はクロードさんに案内されてこの屋敷内の簡単なレクチャーを受ける。

 家の間取りや何がどこにあるのか知っておかないと困るからね。


 最初に案内されたのはこの家で俺の部屋になる場所だ。


「フミト殿には来客の滞在用として使用していた部屋の一つを使ってもらいます」


 クロードさんに続いて部屋の中に入って行く。

 俺に充てがわれた部屋は大きく、備え付けられたベッドと頑丈そうなテーブルがあり、とても綺麗な部屋だ。


「こんな大きな部屋を俺が使っていいんですか?」


「構いません。勿論、ソフィア様の将来の家族予定のフミト殿から料金なんて取りませんぞ」


「あのねぇ、クロードさん」


「ははは、それは冗談としてこの部屋を気に入ってもらいましたかな?」


「ええ、俺にはもったいないくらいの広さで何も不満はありません」


「そうですか、それは良かった。なら、一旦この部屋を出て続けてこの屋敷の案内を致しましょう」


 その後、クロードさんにこの屋敷内を一通り案内されてどこに何があるのか確認出来た俺は、ソフィアに「ご飯は食べないの?」と聞かれたけど、食事はハンスさんの所で食べてきたからと断りを入れてこの家で充てがわれた自分の部屋に戻ったのだった。


 たぶん、後でソフィアは俺の様子を見に押しかけて来るんだろうな。


 その後暫くして…

 ご飯を食べたソフィアと片付けを終えたエミリアさんが、俺の部屋に来た。


 エミリアさんは「フミトさん、何か足らない物はありますか?」と俺を気遣う態度を見せてくれて気持ちがほっこりした。

 ソフィアの方はというと…俺の部屋に入るなり「旅の疲れが出ちゃったぁ」と言いながら俺のベッドに横になってゴロゴロする始末。


「疲れたなら自分の部屋で休めばいいだろ?」と言うと


「一度ベッドに横になったら歩けなーい」とか言い出すしさ。


 俺とエミリアさんは呆れ顔。


 暫くの間、俺のベッドの上で枕にすりすりしながら寝転んで過ごしていたソフィアだったが、そのうちに満足したのか「今日はこのくらいでいいかな」と言いながら自分の部屋に帰って行ったけど、何がしたかったのだろう…まるで猫みたいだったな。

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