第109話 決着

 俺は魔族の男に攻撃魔法をぶっ放す!


『エアハンマー!』


 勿論、あいつのスキルで魔法の詠唱は出来ないままだが俺の放つ魔法は無詠唱だ。

 高密度の大きなハンマーの形をした空気の塊が魔族の男に向かい、その身体にぶち当たる。


「ぐぉおおおおお!」


 魔族の男は俺の魔法のエアハンマーを不意打ちで食らって30メートル程の距離をぶっ飛んでいった。

 そもそも、今さっき気が付いたのだが俺って元々魔法を発動するのに詠唱が必要なかったんだよね。皆の様子を見て、俺自身も魔法自体を封印されていると思いこんでいたのだ。もしかしたら少々パニックになっていたのかもしれない。


 エアハンマーを選んだのは、とりあえず討伐隊の人達から魔族を遠ざけたかったからだ。おそらく激しい戦いになると思うから近くに味方が居ると巻き添えにしてしまう恐れがある。攻撃スキルは使えないが、魔法で勝負を挑めばもしかしたら勝てるかもしれないからな。


 後ろを振り向きソフィア達に伝える。


「ソフィア! 怪我人の救助を頼む。俺がエリアヒールを使うと既に倒した相手側の怪我も治してしまってややこしくなるからポーションで討伐隊の人達を治療してくれ」


 マルチマップと並列思考が使えれば味方だけをピンポイントで回復出来るかもしれないがどちらも封印されている。広範囲のエリアヒールを使用すると敵方も復活させてしまうから面倒だが個々に処置をお願いするしかない。


「わかったわ、任せておいてフミト!」


「フミトの兄ちゃん。お前さん無詠唱で魔法が使えるのかよ!」


「そんなとこです。バリーさんも皆の治療を頼みます!」


 無詠唱で魔法を発動した俺に驚いたバリーさんが声を掛けてくるが詳しい説明をしている暇はない。魔族の男が不意を突かれて慌てているうちに一気に決着を着けるのだ!


 ふらふらと立ち上がった魔族の男に向けて複数のスラッシュカッターを放つ。

 風全体が鋭い刃になっている魔法だ。

 風の刃で切り刻めばあの魔族の男だって無事では済まないだろう。


『シュパッ! バババッッッバ!』


「ウォオオオー!」


 魔族の男を風の刃が切り刻む!


「やったか!?」


 風の刃の直撃を受けた魔族の男は、風刃によって右腕を付け根から失い、左足も膝から下がなくなった姿でその場に倒れ込んだ。


 それを見たソフィアが向こうの方で叫ぶ。


「やったわ! フミトが魔族の男を倒したわ!」


 その言葉を聞き、俺も息を大きく吐き出して全身の力を抜いた。

 だが、魔族を倒した……と気を抜いた俺に氷魔法のアイススピアが飛来して直撃したのだった。


「えっ?」


 俺自身も何が起こったのかわからないまま自分の左足を見ると、太ももの部分をアイススピアが貫通して血が流れていた。


 何だ? どこから魔法攻撃が飛んできたんだ?

 すると、先程魔族の男を倒した場所の方から男の高笑いが聞こえてきた。


「フハハハハ! あれで私を倒したとでも思ったのか? 私には四肢再生というスキルがあるのだよ。ほら、見てみろ。既に右腕も左足も元通りだ!」


 クソッ、そういえばコイツにはそんなスキルがあったっけ。てっきり倒したと思って「やったか!?」なんてフラグの言葉を言い放っちまった。


 デバフだけでなく、四肢再生まであるなんて防御が凄すぎる。

 だが、待てよ。さすがにあれまでは再生しないだろうと念の為に誘いをかけて確かめてみないとな。


「でも、さすがにおまえといえども四肢は再生出来ても身体の中の心臓を直接破壊すれば死ぬんだろ?」


「フハハ! 確かに四肢は再生するが心臓までは再生しない。だが、これから私が唱える魔法で貴様の魔法の威力は極端に小さくなる。例え魔法が無詠唱で使えても私を殺せるまでの威力は出まい。それに貴様達のスキルは封印したままだからな。魔法を諦めて剣で攻撃してこようが、スキルのない腰抜け剣術で私の心臓を一突き出来る確率なんてゼロに等しいだろう。まあ、せいぜい抗ってみるがよいわ!」


 よし、さすがに魔族といえども四肢再生では心臓までは再生出来ないか。

 でも、あの魔族の男が言うように戦闘スキルを封印されている今の状況では心臓を破壊するのは至難の技に近い。どうすればいい…


『ダークリダクション!』


「この魔法は敵が放つ魔法の威力を低減させる魔法だ。さすがに私でも魔法を完全に弾く事は出来ないが、貴様らの攻撃スキルは封印済みの上に魔法攻撃を庇った手や足の四肢が傷ついても再生で元に戻る。魔法攻撃が私にほとんど効果がないとなれば勝敗は明らか」


 また更にデバフ攻撃なんて、コイツ嫌がらせの塊みたいな奴じゃないか。

 どういう効果なのか知らないが、俺は俺の出来ることをやるまでだ。


「ストーンランス!」「アイスランス!」


 俺は避けられやすい大技よりもスピード重視の魔法で魔族の心臓目がけて石や氷の槍を連続で放つ。

 だが、俺から放たれたのはいつものストーンランスやアイスランスではなく、威力もスピードも弱まった小さい矢でしかなかった。


「フハハ! どうだ、貴様の魔法の威力は見るからに弱々しいぞ」


 そう言って手や対抗魔法で弾いたりヒラリと身体を動かして俺の魔法攻撃を躱す魔族の男。

 確かにこれでは例え俺の魔法攻撃があいつに当たったとしても、傷をつけるくらいの効果しかなさそうだ。


 だけど、きっとやり方はあるはずだ。

 威力が弱くても、俺は休む間もなく魔法攻撃を連続して放っていく。

 しかし、俺の魔法攻撃は魔族の男に躱されるか、相手の手足に傷を負わせてもすぐに四肢再生のスキルで元通りになっていく。

 魔族の男は四肢に攻撃が当たっても再生出来るので、少しくらいの手足への直撃は気にしていないようだ。


「どうした? 貴様は一生懸命魔法を放っているようだが、私の能力の前では無駄な徒労に見えるぞ」


 全力で魔法攻撃を続けている俺はHP・MP自動回復のスキルが封印されているので次第にMPも減っていく。


 このままではいずれジリ貧になって魔力がなくなるだけだ。

 バッグからポーションを取り出し無理やり喉に流し込む。


 そして、攻撃しながら俺には一つの考えが思い浮かんだ。

 とにかく、その時が来るまでは魔法を放ち続けるのみだ!


「フハハハ! 貴様はさっきから性懲りもなく魔法を放っているが、いい加減無駄だというのに気がついたらどうだ?」


「無駄じゃない!」


 あと少しだけ…あと少しだけでも奴の体勢を崩せれば……


 その時だった。

 封印されていたはずの例のアバウトなスキルが発動した感覚があり、奴の足元に拳くらいの大きさの石ころが出現した。

 そして、絶妙のタイミングで出現したその石ころを踏みつけた魔族の男は大きく態勢を崩して後ろによろめく。


 よし、今だっ!


「エアハンマー!」

「アースウォール!」

「アースバインド!」


 後ろによろめく魔族の男に軽いエアハンマーを当てて地面に仰向けの体勢で倒す。

 続けて放ったアースウォールと一般スキルで発動可能だった造形を組み合わせ、魔族の男がすっぽり収まる棺桶のような器を作り、魔族の男の身体をその棺桶に嵌め込んだ後にアースバインドで両手首と足首、腰回りと首を土で固めて棺桶から逃れられないように拘束した。


 そして最後の仕上げだ!


 剣を鞘から引き抜き、魔法の瞬間移動で土の棺桶に拘束された魔族の男の上に移動する。

 後は神様が造ってくれたこの神剣を魔族の男の心臓目がけて突き刺すだけだ。

 いくら武術系のスキルが封印されているとはいえ、この至近距離なら外す恐れもない。


 剣を下向きにして両手で握りしめ魔族の男の胸に突き刺す。

 驚愕の顔で目を見開き叫ぶ魔族の男。


「ヤメロォオオオオオオ!」


『グサッ!ズブブッ!』


 俺の剣が魔族の男の胸を貫き心臓に突き刺さる!


 手応えありだ!


「どうだっ!」


 心臓を破壊された魔族の男は血走った目をカッと見開いて俺を睨んでいたが、口から血を吐き出し瞳から次第に光が失われていった。


 俺は万が一のことを考え、魔族の男の心臓に突き刺した剣を両手で持ったまま暫くの間そのままの体勢でいたが、封印されていたマルチマップスキルが再発動したのを見てようやく勝利を確信した。


「俺は勝ったのか…」


 大きく息を吐き出すと、緊張して強張っていた身体から余分な力が抜ける。

 後ろを振り返ると、ソフィア達が固唾を飲んで俺を見つめていた。


「勝ったぞ! 魔族の男に勝ったぞ!」


 俺がそう叫ぶと、一呼吸置いて大歓声が聞こえてきた。


「ウォオオオオオ!」


 向こうで皆が抱き合ったり、胸を撫で下ろしてる姿が見える。


 そうだ、安心するのはまだ早い。

 念には念を入れておかないとな。


「バリーさん、この魔族の男は再生スキル持ちだったんで念の為に焼いて消滅させておきますね」


「そ、そうだな。フミトの兄ちゃん、俺が見届け役になるから今そっちに行く」


 バリーさんが近づいてきて魔族の男の検分を始める。

 焼いて消滅させるにしても、確実に死んだのを確認しないと報告に困るからな。


「間違いない、フミトの兄ちゃんご苦労だった。コイツを倒してくれて本当にありがとう」


「いや、たまたま俺が無詠唱で魔法を使えただけで運も味方してくれました。じゃあ、コイツを焼き払って消滅させますね」


 俺は剣を抜き、土の棺桶の中で死んで横たわる魔族の男に高火力の火魔法を放ち灰燼に帰した。


 仕上げに万全を期して土の棺桶に蓋をして俺のアイテムボックスに収納しておく。

 ここにきてやっと実感が湧いてきた。


「終わった……魔族の男に勝てたんだ……」


 相手は今までで一番の強敵だったが、最後に勝利の神様が微笑んだのは俺の方だった。

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