第108話 魔族の男

 銀髪の魔族の男がスキルを発動した後に、魔法職の魔法が詠唱しても何も起こらず、俺の隠密スキルも機能を停止してしまった。


 これはすぐに確かめないとヤバい。

 この危機に対して俺の生存本能が急を告げている。


 並列思考スキルで纏めて確認しようとしたが、このスキルも停止しているようだ。

 ほとんど戦闘目的で使用してたから、その影響で戦闘系に含まれて分類されてしまったのかもしれない。


 だとすると…もしや。


 そう、マルチマップスキルもいつの間にか機能を停止していた。


「マルチマップも使用状況から戦闘系に複合認識されてるのかよ……確かに魔物の位置をサーチしてたからな…」


 そりゃ、迷宮で散々お世話になってたのは事実だし戦闘系に複合分類されても仕方ないが、このスキルが使えないのは今の状況では凄く痛い。

 戦闘系スキルが使えないとなると、剣術や格闘術など俺が身に着けている戦いに必要なスキルは全て封印されたと考えるしかないのか。


 そして、次はユニークスキルの確認。

 まさか、あの詠唱の通りにユニークスキルまで停止してるって事はないよな?

 そもそもそんな事が出来るのか?


 俺は恐る恐るアイテムボックスからポーションを取り出そうとする。

 だが、いつもはすぐに俺の手に出てくるはずのポーションは出てこない。


 最悪だ。回復系のポーション類やシントウの実はすぐに取り出せるようにアイテムボックスに放り込んでいたからマジックバッグとウエストバッグに少量のポーションが残ってるのみだ。HP・MP自動回復スキルが使えないのでこの数少ないポーション類に頼るしかない。


 まさか、ユニークスキルのアイテムボックスが封印されるなんて思ってもいなかった。いざという時の為の【女神の審判】も使えないと見て間違いない。


 冷や汗を流しながら一通り確認を終えた俺はソフィア達にもどうなっているのか聞いてみる。


「ソフィア、クロードさん、エミリアさん。スキルや魔法は使えるか?」


「ちょっと待って!」


『風よ!』『火よ!』『水よ!』


 ソフィア達が精霊魔法を発動しようと試みたが何も起こらない。


「駄目だわ、あたしの魔法が発動しない!」

「私のスキルも魔法も発動しませんぞ」

「フミトさん、私もです!」


「ソフィア! その『風よ!』っていう言葉は詠唱なのか?」


「そうよフミト。精霊魔法を発動させるのに必要な短縮詠唱なの。でも、精霊から力を貰ってる感覚はいつもと同じようにあるけど魔法が発動しないの!」


 やはり魔法を発動させる為の詠唱が無効にされてるのか。

 例えるならガスライターの中にガスは充填されていてガスも出てくるが、火を付けるきっかけになる火花を出せないような状態なのだろうか。

 同じように自然界にある魔素を源に魔法を発動しようとしても、詠唱が無効になって俺達の魔法も発動しないのか。


「クロードさん、俺達はあの魔族の男に魔法を封印されたようだ。それだけでなく、ユニークスキルも含めたほとんどのスキルも封印されている」


「フミト殿、あの魔族のさっきのスキル発動が原因ですな」


「たぶんそうだと思いますクロードさん。最悪の事態かもしれません」


「あたし達どうすればいいのフミト……」


 ソフィアが不安そうな顔で俺に問いかける。だが、俺もどうすればいいのか直ぐには思いつかないよ。


 その時。前方の討伐隊の人達が声を荒らげる。


「魔法が駄目なら武器で攻撃すればいい!」

「そうだ! 俺達にはまだ攻撃手段として武器がある!」

「大勢で一斉にかかっていけば誰かが一太刀浴びせられるはずだ!」


 そう言い放つと、各々持っている武器を手に持ち魔族の男に向かって斬りかかっていく。だが、動きはぎこちなく素人のような攻撃で簡単に魔族に躱されあしらわれてしまう。


「フハハハハ! 何だそのへっぴり腰は! 子供がお遊戯でもしているようだぞ! そうだ、お前達を私の新しい手駒にしてやろう」


 攻撃スキルを封印された討伐隊の攻撃は冒険者になる前の素人と何ら変わらない。

 ステータス任せの突進でしかなかった。


『混乱!』『スリープ!』


 また魔族の男が叫んだ。

 すると、こちらの討伐隊の面々の中に眠ってしまう者や身をすくませ棒立ちになる者が出てきた。


 魔族の強力なスキル攻撃を受けて、精神値の低い人は混乱したり、耐性のない人は眠ってしまった。

 残されているのは全員睡眠耐性持ちや精神値の高い俺達のパーティーメンバーと、ギルマスのバリーさん。そして、A級冒険者パーティーのバートさんとカークさんだけだ。同じA級冒険者でも精神値が低めだったと思われる女性二人は混乱して震えながらその場にへたり込んでしまう。



「ワハハハハ! 攻撃というのはこうやるんだ!」


『バキッ!』『ガシュ!』


 魔族の男はこう言い放つと、討伐隊の人達に向けて、次々に凄い速さで立ち回って強烈な打撃や蹴りを入れていく。スキルを封印されて素人同然の動きしか出来ない人や混乱睡眠状態の人達は魔族の男に弄ばれるがごとくサンドバック状態で攻撃されていった。


 まずは混乱している人が倒される。A級冒険者のバートさんやカークさんは魔族の攻撃に横から介入しようと試みていたが、精神は正常でも動きが素人同然になってしまった結果、魔族の男にバートさん達の攻撃は当たらず逆に攻撃されて防戦一方になり遂に膝をつく。


「やめやがれこの野郎!」


 一方的な展開に見るに見かねたバリーさんが魔族の男に殴りかかる。


 討伐隊の面々を一方的に倒していた魔族の男は、バリーさんの拳を軽く躱して足で身体を蹴り飛ばす。そして小馬鹿にしたような態度で倒れているバリーさんを睨みつける。


「うるさい虫けらだな。やっぱりお前達には手心を加えて殺さずに後で支配して私の手駒にしてやろう。心の広い私が配下にしてやると言ってるのだからありがたく思え。だからお前も後ろの連中もそこで待っていろ」


「ふざけるな! 俺達に何をした? なぜ俺達のスキルや魔法が使えねえんだ!」


「フハハハハ! そうだな、心優しい私がお前にも解るように説明してやろう。私のユニークスキル【クローズエリア】によってこの牧場跡一帯を全て覆い尽くした。この範囲内では私のスキル行使は私以外の全てが対象になる。つまり、後から唱えた【戦闘系スキル一定時間封印】【ユニークスキル一定時間封印】、そして『詠唱無効』がお前達に効力を発揮しているのだ」


「なんだと! なら、俺達は本当にスキルも魔法も使えねえのかよ」


「そうだ、ようやく理解したのか。ちなみに私が自ら【クローズエリア】を解除するか、可能性はゼロだがお前達が私を倒せれば自動的に解除されるぞ。ハハハ! 倒せればの話だがな。それにこの【クローズエリア】の範囲外にも私が解除するか倒されない限り出られないのだ」


「くそったれ! 魔族とはいえ、こんな馬鹿げた威力のスキル持ちだなんてどうなってやがるんだ!」


「フハハハハ! 我々魔族は人族などに比べて強大な魔力を有している。そしてその中でも極少数のユニークスキルを持つ者は生まれついての強者なのだ! 見ればお前がこの連中のリーダーのようだな。大人しく降伏して私の支配下になるか、せいぜい無駄な抵抗をした挙げ句にボロボロになってから私の支配下になるかどちらかを選ぶばせてやろう」


「馬鹿にするな! 俺は王都のギルドマスターだ。お前などに屈服するものか!」


「まあ良い、どうせどちらでも結果は同じなのだ。せいぜい足掻くことだ。お前を倒したら次は後ろに居る四人の番だ。待っているがよい」


 魔族の男が語った内容によると、やはりあいつのスキルのせいでほぼ戦闘力をもがれた状態になってしまったようだ。あの魔族の男は攻撃力が軒並み外れて高い訳ではないが、強力なデバフ効果を持つスキルで相手の戦闘力を無力化させてしまう。こんなに都合良くデバフ特化のスキルが並ぶなんてどんな確率なんだよ? 俺が言うのも何だけど、この魔族の男は完全にチートじゃないか。


 でも、俺は諦めない。せっかく異世界に来て仲間や友人を得て、皆と一緒に頑張っていこうと道を歩き始めたのにこんなところで魔族にやられてたまるかよ! 男の意地ってやつを見せてやるんだ!


 今まで黙っていたソフィアが口を開く。その顔は今にも不安に押しつぶされそうになって青ざめていた。


「あたし達このままあの魔族にやられちゃうの? あんな奴に支配なんてされたくないよ!」


「ソフィア様、例え魔法やスキルが使えなくても私はソフィア様を守りますぞ」

「私の命はソフィア様の為にある命です。だから私が盾になって命がけで守ります!」


 ソフィアの不安の言葉に答えるように、ずっとソフィアの側にいて守ってきたクロードさんとエミリアさんが決死の覚悟を示す。


「ねえ、フミト。どうにかならないの? フミトはあたしの大事な人だからきっとあたしを守ってくれるよね……」


 ソフィアの縋るような問いかけに、俺は微笑みながらゆっくりと答えてあげる。


「ああ、勿論さ。ソフィアは俺の大事な人だからね。だから俺が絶対に君を守ってあげるよ」


 そして、俺はソフィアにそう言い放つと、魔族の男に向かって攻撃魔法をぶっ放したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る