第100話 明と暗のそれぞれの予兆

 昨日は家を貰うという重大な出来事があり、とうとう俺も一戸建ての家持ちになってしまった。その後、宿に戻ってから再度パーティーメンバーを連れて貰った家を確認しに行った。


 新しく貰った家はパーティーメンバー達にすこぶる好評で、皆が口を揃えて貰った家を褒めてくれた。ソフィアとエミリアさんは家の内装を整える為に、それ関係の業者を貰った家に呼んで打ち合わせをするのだと張り切っている。


 クロードさんは家の管理をする為に、王都内で役に立ちそうな業者の選定をするそうだ。そして倉庫の地下室に置く予定のワインとチーズの品定めに専門の商店に行ってくるとも言っていた。


 皆に俺は何をしたら良いのかと聞いたところ。


「そうね、フミトは何でも出来そうだから自由にやっていいわよ」

「フミトさんは最終的に配置などの確認をお願いします」

「そうですな、フミト殿。後でワインセラーと貯蔵庫を作っておいてくれますかな」


 何もしなくていいと言われるんじゃないかとドキドキしてたけど、少しは頼られてるみたいで安心したよ!


 そのうちこの宿を引き払う事になるので、今のうちに出来上がった食品サンプルをアントニオさんに渡しておくか。同じ階に滞在中のアントニオさんの部屋に行き、出来上がっていた食品サンプルを渡すと大喜びしてくれた。


「おー、これがあの食品サンプルですか。本当にそのまま食べられそうなくらいにそっくりですね。素晴らしい出来栄えだ。フミト殿にはお世話になりっぱなしで申し訳ない。この恩はいつかお返しさせて頂きますよ」


「アントニオさん、微力な手伝いしか出来ませんでしたが新しく作る店での商売の成功をお祈りしてます」


「ははは、フミト殿は自分の価値を過小評価してるようですが、私はフミト殿に会えた幸運を神に感謝するほどにあなたの価値を認めていますよ」


「そこまで評価してくれるなんてお世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」


 そして、アントニオさんには近々この宿を引き払って新しい家に住むことを伝えた。


「おー、フミトさんも一国一城の主になるのですか!」


「まあ、そういう事になりますけど実感が湧かなくて…」


「何をおっしゃりますかフミトさん。私から見てあなたは素晴らしい人物です。あとは嫁さんを貰わないといけませんな。ワハハ!」


「はぁ…」


 全く、アントニオさんも先走りすぎだよ。


 俺は今この世界で自分の位置を確立する為に、地道に生活基盤を固めたいから敢えてそういう方面は無意識に避けてきたからなぁ。それに、そもそもこの世界の結婚のシステムがどうなってるのか詳しく知らないしね。


 結婚か…そんなのまだ考えていないけど、そのうちそういう話も出てくるのかな。俺にもそんな覚悟を決める日がくるのだろうか。


 アントニオさんに食品サンプルを渡して別れ、自分の部屋に戻っていく。ドアを開け部屋の中に入り「俺もそろそろ結婚というものを考えるべきなのかな…」と小声で呟く。


 横からの視線にハッと気づくと、クロードさんが俺を見ながらニヤニヤしている。クロードさんは静かに俺の方に近づいてきて、俺だけに聞こえるように耳元で囁きかけてきた。


「フミト殿、結婚という言葉が聞こえましたがやっと決心なさいましたか?」


 クソッタレ!

 このダンディー親父は地獄耳なのかよ!


「何の事かなぁ…」


「まあ、そういう事にしておいてあげましょう…」


「さて、新しい家に飾る絵でも描こうかなぁ」


 俺は話を逸らす為に新しく住む家に飾る絵でも描こうかなと準備でもしようとした時だった。俺達の泊まってる部屋のドアがノックされた。


 ドアを開けると、いつも見かけるこの宿の従業員が立っていてお辞儀をした後に俺に話しかけてきた。


「失礼します。フミト様に訪問客が来ております」


「俺に訪問客って誰かな?」


「お名前はシャル様。至急フミト様に取り次いでもらいたいと…」


「至急だって。わかった、今行くよ」


 ソフィア達に来客を伝え、従業員と一緒に下へ降りてシャル君に会いに行く。階下へ降りるとフロント前の待合所でこの前会ったばかりのシャル君が深刻そうな表情で俺を待っていた。


「やあ、シャル君。何やら深刻そうな顔をしてるけど…どうしたんだい?」


「フミトさん、こちらに妹のサラが来ていませんか?」


「サラちゃんが? いや、来ていないと思うけど」


「本当に? 本当にサラはこちらに来てないのですか?」


「うん、俺は君に嘘を付く理由や目的もないし本当だよ」


「実は…昨晩からサラが宿泊場所から居なくなってしまったんです。劇団員の人達に聞いてもサラがどこに行ったのか見当がつかなくて、今朝から探し回っているんです」


「サラちゃんが行方不明だなんてそれは大変じゃないか! 心当たりがありそうな場所とか探したのかい?」


「いえ、僕もイルキアの王都レガリアに来てから日も浅いですし、劇団員の人ほどこの街に精通してる訳ではありません。それで、もしかしたらフミトさんの所にお邪魔してるかもしれないと思って真っ先にここを訪れたんです」


「いや、昨晩もサラちゃんはここに来ていないと思う。来ていれば仮に俺が留守でも宿の従業員にメッセージを残しているはずだし」


 俺の言葉にガックリと肩を落として項垂れるシャル君。さっきよりももっと顔が青ざめてより一層深刻な表情になってしまった。俺もサラちゃんが行方不明と聞いて居ても立っても居られない気持ちになってきたよ。


「シャル君、俺もサラちゃんを探すのに協力するから。皆で探せばきっとすぐに見つかるはずさ」


「ありがとうございますフミトさん。サラは僕の大事な妹なんです。どうかよろしくお願いします」


「うん、俺もパーティーメンバーに協力してもらってサラちゃんを探すから、君もサラちゃんが行きそうな場所で思い当たる所を探してみようよ」


「分かりましたフミトさん。それじゃ僕はまたサラを探してみます」


 俺もサラちゃんの探索に協力するのを確認したシャル君は再びサラちゃんを探すべく宿を出ていった。俺も自分の部屋に一旦戻ってソフィア達に知らせる為に階段を駆け上がっていく。


 ドアを乱暴に開け飛び込むように部屋の中に入ると、皆が振り向き驚いた顔で俺を眺めてきた。


「フミト、そんなに慌ててどうしたの?」


「俺にサラちゃんのお兄さんのシャル君が訪ねてきたんだ。シャル君が言うには昨晩からサラちゃんが宿泊場所に帰って来てないんだってさ」


「えっ!? それって大変じゃない。シャル君はどうやって探すつもりなの?」


「心当たりがある場所を回ってみるって。俺もサラちゃんを探すのに協力するつもりだ」


「そうね、あたし達も協力しないとね」


 この行方不明事件がこの先に起こる重大な出来事に繋がっているなんて、俺は現時点ではそこまで考えていなかった。

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