第99話 仲間を連れてもう一度確認

 どういう訳か、俺は王都で家持ちになってしまった。循環馬車に乗って宿へと向かいながら、嬉しさ半分不安半分で馬車に揺られていく。


 森の拠点も俺の住居と言っても差し支えないだろうが、あそこは借りている感覚だったもんな。停車場で馬車を降りて宿に帰り着くと、ソフィア達は宿でそれぞれ寛いでいた。


「ただいま」


「お帰りフミト」

「フミトさんお帰りなさい」

「フミト殿、遅かったですな」


「皆、宿にずっと居たの?」


「そうよ、クロードは読書。エミリアは裁縫かな。あたしは…皆を監督してたわ」


「いや、ソフィア様はゴロゴロしてましたぞ」

「ソフィア様はお菓子を食べていました」


「もう、正直に言わなくてもいいのにっ!」


 やっぱり予想通りだった。まあ、ソフィアらしくて微笑ましいし、別にゴロゴロしていても問題ないから大丈夫だよ。


「ところでフミト。呼び出された理由は何だったの?」


「ああ、それなんだけどこの国の王様のジェームズ陛下に家を貰ったんだ」


「それ本当なの!?」

「ほう、家を貰ったのですか」


「うん、肖像画のお礼らしくて王命で既に決まってたんだよ。遠慮しようかと思ったけど、これといって断る理由も思いつかないし素直に貰っておいた。税金も王家持ちらしい」


「フミトさん、凄いじゃないですか。家事全般は私にお任せくださいね!」


「ははは、エミリアさんは気が早いな。まだ手続きや家の手入れをしてから受け渡されるみたいだから、入居出来るのはもうちょっと先になるみたいだよ。それよりもソフィア達はオルノバに家を持ってるよね。だからオルノバとレガリアの家をそれぞれ行き来しようかなって考えてるんだけど」


「フミトも宿暮らしを止めてオルノバに滞在中は私達の家に住めばいいわ。部屋は空いてるし私達とも気兼ねしないで過ごせるからいいじゃない。うん、そうしましょう。私もその方がフミトとあたしの将来の為の予行演習にもなって都合が良いと思うし決定ね!」


 ソフィアが将来の為の予行演習と言った時、いつもと違ってギラギラとした肉食系の顔をしてるのがちょっと怖いよ。まあ、オルノバでは宿暮らしから卒業してソフィアの家に住むのもありかもな。冒険者パーティーとして一緒に住んでいると、何かあった時に行動が迅速に出来るしね。


「じゃあ、せっかくソフィアが誘ってくれたのだからオルノバに滞在してる時はソフィアの家に住むよ。そして王都に来た時は俺の家にソフィア達が一緒に住めばいい」


「私も異論はありませんぞ」

「フミトさんと一緒に住めてお世話が出来るのなら私も嬉しいです!」

「なら決まりね。ねえ、ところで今からその家を見に行ってもいい?」


「別に構わないけど。だけど、家の中には備え付けの家具くらいしかないからガランとしてるよ」


「だからよ。新しい家にはどういう物が必要になるのか主婦の立場で選ばなくちゃいけないでしょ。早めに注文しておかないと入居までに間に合わないわよ。全く、これだから男の人って駄目なのよね…」

「そうですよフミトさん。食器や掃除道具、部屋や庭の手入れはどうしたら良いのかと確かめる事はいっぱいあります。私もフミト家の家事を任される立場として見ておきたいです」


「あ、うん……」


 何だか妻からダメ出しを食らった夫のような感覚になるのはどうしてなんだろうか。後ろでクロードさんは必死に笑いを堪えているけど、俺を助けてくれてもいいんじゃないかな。


 ダンディーな顔がひょっとこみたいになってるぞ!


「じゃあ、今から行こうか。クロードさんも一緒に行く?」


「うぷぷ…そうですな。入居前に一度見ておきたいものです。わたしも主婦になるソフィア様の為にフミト殿の屋敷を確かめておきたいですからな」


 全く…クロードさんまで悪ノリしてるよ。


 まあ、そういう訳でまたとんぼ返りで貰った家に向かう事になった。俺もさっきは上の空でじっくり見れなかったからもう一度冷静な視点で見てみたいからね。


 場所はマルチマップにインプットしてあるから循環馬車に乗って目的地近くの停車場で降り、少し歩くとさっき決めてきた家が近づいてくる。


「もうすぐ着くよ」


「閑静な高級住宅街という感じで街中の喧騒から離れていて住みやすそうですな」

「静かだし、何だか良い雰囲気の場所ね」

「周りはお庭の大きな家が多いですね」


 言われてみて再認識したけど、ここいら一帯はどう考えても高級住宅街だよな。


「ここだよ。ここが俺が貰った家」


 俺はソフィア達に目の前の家を指差す。両隣の家との境には塀があり、間口の横幅はかなり広い。正面には馬車が余裕で通れるほどの大きくて立派な門が備え付けられていて、脇の方には通用口の扉がある。


「うわぁ、大きくて凄く立派な家ね。中はどうかしら」


「それじゃ、早速中に入ろうか」


 通用口から敷地の中に入ると、大きな敷地の中央には玄関まで続く石畳の道がある。玄関の前は広場みたいになっていて正面には母屋の大きな建物が見えている。その横には母屋よりも小ぶりな平屋の別館、そして斜め奥には倉庫が建っている。


「敷地が広いので手入れが大変かもしれませんね。でも、私頑張っちゃいます!」


 エミリアさんはやる気満々だな。庭仕事は得意そうだし、お花が似合うもんな。


「フミト殿、奥の石作りの建物は何ですかな?」


「あれは倉庫ですね。地下室もありますよ」


「地下室があるのですか。なら、そこにはワインとチーズを貯蔵しておくのがよろしいですな。私が取り揃えておきますのでお任せを」


 お酒関係はクロードさんに任せておけば大丈夫だな。俺はワインの銘柄とかよく分からないし、飲めれば何だって良いタイプだもんな。


「あたしは建物の中をチェックするわ。フミト、玄関の扉を開けて」


「ちょっと待ってて、今開けるから」


 俺はポケットから玄関の鍵を取り出し鍵を開けて重厚な木の扉をゆっくりと開いていく。広々としたエントランスが吹き抜けになっていて天井まで大きな空間を開けていた。窓から差し込む暖かい光がエントランス全体を照らし、俺達を歓迎してくれてるようだ。


「広々としていい感じね。窓のカーテンは明るめの色の方が合いそう。後で仕立て屋さんを呼んで来なくちゃ」

「ちょっと埃っぽいですけど、お掃除をしたら見違えますよフミトさん」

「私の執務室になりそうな部屋はありますかな?」


 皆は建物の中を観察する為に、それぞれ目的の場所に向かって探検を開始したようだ。ソフィアは寝室を見てくると言って二階へ上がっていき、エミリアさんは台所や風呂などの水回りを確認しに行った。


 クロードさんは執務部屋になりそうな部屋と応接室の品定めに向かって行き、俺一人がエントランスに残される形になった。さて、どうしたものかと思案してると良い事を思いついた。


 後で絵を描いてエントランスや壁に飾っておこう。皆には内緒でこっそり作ってしまおう。そういえば、隣の倉庫の半分を俺のアトリエにするのも良さそうだ。後で改造しておこうっと。


 ずっとエントランスに居るのも何なので、俺も探検する事にした。さっき来た時はチラッとしか見なかったからね。俺の家なのに俺自身が何も知らないのも困るしな。


 台所に行くと、エミリアさんが収納棚をチェックしていた。使用を想定して動き回ってシミュレーション動作をしてるようだ。真剣な表情はキリッとして凛々しいね!


 台所を出てクロードさんを探すと、執務部屋になりそうな部屋を見つけて中をチェックしていた。厳しい目で部屋を眺めながらチェックに余念がない。さすがダンディーオジサマ。頼りがいがありそうに見えるね!


 次は中央階段を上がり二階へ向かう。二階には左右に部屋がたくさんあり、離れの別館と合わせると相当な人数が泊まれそうだ。後で自分達の部屋を決めなきゃな。まあ、俺はどこでも寝られるタイプなので日当たりさえ良ければいいや。


 二階の部屋の中の一つのドアが開いていたので覗いてみるとソフィアが手を顎に当てながら独り言を呟いていた。


「やっぱりキングサイズのベッドがいいかしら。結婚して夫婦になってフミトがあたしの部屋に来た時はフミトとあたしが二人でゆったり寝られるくらいの大きさが必要だし。それに部屋の中の音が周りに漏れないようにしないと駄目ね」


 小さい声であまり良く聞こえないけど、何やらソフィアは妄想中のようなので声をかけるのは遠慮しておこう。


 ソフィアの居る部屋を出て、二階の各部屋の間取りなどを確認した後この家の大きな特徴である広いバルコニーに出た俺は、手すりにもたれながら二階から見える王都の景色を眺める。さすが台地の上に建てられた家だけあって王都を遠くまで見渡せる景色は最高の眺めだ。


 この世界に来てこんな立派な家持ちにまでなってしまった俺だが、これも神様から貰った加護のおかげだし、慢心しないようにしなくちゃ。まあ、俺は仲間や友人を大事にして自分らしく生きていくだけだ。


 こちらの世界に来てから様々な経験をして、信頼出来る友人や仲間と出会い絆を深めていくに連れ、徐々に元の世界への未練は薄れていってこの世界に骨を埋める覚悟が出来てきたからね。


 そんな事を考えながら俺は視界に広がる王都の景色をずっと眺めていたのだった。

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