第98話 物件選び

「王宮からの使者?」


 俺達が宿に帰ると、従業員が俺達の留守中に王宮からの使者が来たと告げてきた。何でも明日の午前中に俺に来てくれとの要請だ。受け取った手紙に書かれていたが内々に用事があるらしい。


(何だろう。この前の肖像画の褒美の件かな?)


 王宮からの使者と聞いて真っ先に思い浮かぶのはそれくらいだもんな。まあ、俺は王家の紋章が刻まれた短剣をジェームズ陛下から直接貰ったので褒美はそれで満足なんだけどさ。


「フミトってあれよあれよという間にイルキア王と知り合いになっちゃうし、あたしから見ても何か特別な存在に思えるわよ」


 確かにソフィアの言う事も頷ける。俺だってこんな短期間でトントン拍子にこの国の王様にたどり着くだけでなく、知り合いになるとまでは思ってなかったもんな。俺自身の幸運値が高いのを差し引いてもちょっとしたシンデレラストーリーだよ。俺にはそんな自覚はないけど…汗


「私もフミトさんは何か特別なものを持っていると感じます。何がって問われても分からないけど、何となくそう思うんです」


 おいおい、エミリアさんまで俺の事を特別な目で見てるのかよ。さすがにクロードさんはそうじゃないだろうね。


「二人の意見に私も同意ですな。フミト殿には何か特別なものがあるように感じます。これは私の勘ですがね」


 えー、クロードさんまで俺を特別だと思ってるのかよ。いや、確かに俺は二人の神様からの加護を受けてるけどさ。自分自身はそんなに特別じゃないと思ってるんだけどね。認識の違いってやつなのかな?


「あのねー、皆揃いも揃って俺を特別な目で見ないで欲しいな。俺がこうして生きていられるのも皆のおかげだし、ちょっと運がいいだけだよ」


「フフフ、そういう事にしておいてあげるわフミト」


 ソフィアは俺の加護の件を知ってるからなぁ…汗


 とにかく、呼び出しの件が何なのかは明日行ってみればわかるだろう。


 ◇◇◇


 そして一夜明けて翌日の朝、俺は身支度をして王宮に出掛ける。今日の服装はこの前肖像画を描いた時に着ていった服だ。いつも早起きのエミリアさんに服装のチェックをしてもらっていざ王宮へ。俺が部屋を出ていこうとしたらようやくソフィアが起きてきたから手をひらひらと振って出かけてくるよのサインだ。


「ふぁあ、おはよう。フミトいってらっしゃい」


 こらこら、あくびしながら朝の挨拶しちゃだめですよ。

 全くソフィアの旦那さんになる人は毎日が大変だろうな。


「ああ、行ってくるよ。ソフィア留守は頼んだぞ」


 などと将来を暗示するような……出勤時のサラリーマン家庭の夫婦みたいなやり取りをしながら出ていく俺。向こうでクロードさんが笑っているが気にしない気にしない。絶対に気にしないからな!


 宿を出て停車場で循環馬車に乗り、ちょっと回り道をしながら王宮方面に向けて馬車は走っていく。街中もようやく普段のようになってきているのか人の数が増えてきてる。魔物が普通にいるような世界なのでこっちの世界の人は皆逞しいのかも。


 パカパカと蹄の音を響かせながら走る馬車の揺れに身を任せているとあっという間に王宮の近くの停車場に到着だ。目の前に王宮をぐるりと囲む城壁があって存在感を醸し出している。


 この前はフィリップさんと一緒に馬車に乗ってやって来たから顔パスだったけれど、普段は俺みたいな一般人は通用門で厳しいチェックを受けなければならないんだよね。という事で、通用門脇の詰所で使者からの手紙を見せて来訪目的を告げ、身体チェックを受けた後にようやく入城が認められた。


「ここから先は私が案内しましょう。あなたが来るとの連絡は受けていましたから」


 そう言って詰所から姿を現して出てきたのは綺麗な女性だった。見た感じだと年齢は俺よりも少し上くらいかな。スレンダー体型で金髪の髪の毛を後ろで纏めている。いかにもキャリアウーマン的な感じのタイトな服装で知的に見えるお姉さんだ。これで眼鏡でもかけて「キリッ」とでもやられたら無条件で何でも従ってしまいそうだ。


「初めましてフミト様、私は王都管理局に所属している行政官のライザと申します。これから私の上司の元にご案内致しますので付いてきてください」


 見た目からして出来る女の登場で俺はちょっと戸惑ってしまったが、付いてこいと言われたのでライザさんの後に付いて行く。俺は年上のお姉さんタイプに苦手意識があるのかライザさんとオルノバのリーザさんが被って見える。


 ライザさんに案内されて王宮の敷地内にある役所みたいな場所に連れて行かれた俺は、王都管理局と書かれたプレートが掛かってる部屋に案内された。部屋の中に入ると何人かの人が机に座っていて、書類とにらめっこをしながら書き物をしている。


「あのー、ライザさん。俺はここで何をすればいいのでしょうか…」


「ちょっとお待ち下さい。その説明をする前に上司を呼んできますから」


 そう言ってライザさんは奥のドアを開けてその部屋の中に入っていった。少しするとそのドアからライザさんに続いてもう一人の小太りの男性が姿を現した。


「やあ、どうも。あなたがフミト様ですね。王都管理局の局長を任されているマストと申します。候補の物件について説明しますのでこちらにお掛けになってください」


 今、物件って言ったよな。どういう事なんだよ? まあ、とりあえず椅子に座って話を聞いてみるとするか。


「それで、マストさん。今、物件と聞こえたんですがどういう事なんですか?」


「フミト様はお聞きになっていないのでしょうか。ジェームズ陛下からのお達しで王都にフミト様の為の家を御用意するように仰せつかりました。ここに命令書もあります。既に二軒の候補が決まっておりますので後はフミト様にどちらかを選んで頂きたいのです。既に王命で決定され、その命令が管理局に発令されていますので、細かい手続きはこちらでやる事になっております」


 えっ、いつの間にそんな事になってたんだ。しかも既に決定済みなのかよ。


「それって決定済みなんですか? 仮にですけど、断ったりも出来るのですか?」


「いえ、仮にフミト様が断ったとしても既に王命が下っておりますので、私共は粛々と手続きを進める次第です」


 てか、俺なんかが家を貰っちゃっていいのかな。

 なんてったって夢のマイホームですよ!


 一応、その命令書とやらも見せてもらったが、そこにはジェームズ陛下の命令で多大な功績のあった俺に報いる為の褒美として王都に住居を与えると書いてあった。


 さすが王様だけあって太っ腹と言うべきなのか分からないが、俺に住居が下賜されるのは本当のようだ。俺が王都に住むとかどうかとか以前に、短剣以外に形として何かを渡したかったのだろう。まあ、爵位を貰う訳ではないから素直に貰っておくか。


「分かりました。ありがたく受け取らせて頂きます。ところで、さっき候補が二軒あると言ってましたけど…俺がどちらかひとつを選ぶって事でいいんですか?」


「そうです。王都管理局で管理している家の中で、フミト様に良さそうな物件を二つピックアップして選んでおきました。これから私共と一緒に現地に行って選んでもらいます。では早速行きましょう」


 そんなこんなで俺はマストさんライザさんと一緒に候補の家を見に行く事になった。まず、最初に向かったのは貴族地区に程近い場所にある家だ。二人に案内された家を見て俺は驚いた。いかにも高貴な人が住みそうな石造りの立派な洋館じゃないか。周りは高い塀に囲まれ立派な門構えがあり庭の中は池まである。


「ちょっ、まさかこの家が候補の一つ目なんですか?」


「ええ、ここが一軒目の候補の家です。元はある侯爵家の私的な別邸として建てられたのです。ですが、侯爵家の財政が逼迫してこの家を手放す事になり、王国の管理局がこの家を管理しているのです。とりあえず建物の中に入りましょう」


 今度はライザさんが先頭に立ち、屋敷の門を開けて玄関まで歩いていき、持っていた鍵を使って扉を開ける。床には絨毯が敷かれ目の前には大階段がドーンと存在感を放っている。その後、客間や寝室などを案内してもらったが内装が豪華すぎて平凡な育ちの俺は落ち着かないよ!


「フミト様、いかがでしょうか?」


 ライザさんが俺に感想を求めてくるけど、どう答えればいいんだよ?


「あ、いえ。トテモスバラシイです。でも、これで別邸なんですね…汗」


「ええ、ここは別邸ですが元の持ち主の侯爵様は別邸にもふんだんにお金を使ったようで、本宅とも遜色のない屋敷になっていると聞いております」


 とりあえず、保留だよな。もう一軒の候補の家を見てから決めよう。


「あの、次の物件も見てから決めたいので…そっちにも行きましょう」


「かしこまりましたフミト様」


 次に向かったのは丘の上にある閑静な高級住宅街だった。建物自体の外装は控えめだが敷地が広く立派な木々が茂っている家が立ち並んでいる。今度は家の豪華さよりも一軒一軒の敷地の広さに驚く。そして俺は基本的な質問をした。


「ここはどんな特徴がある地区なんですか?」


「ここらへん一帯は王都で事業が成功した人などが住む地区ですね。丘の上で見晴らしが良い場所です。これから紹介する物件は宮殿御用達の商人が住んでいたのですが、事業に失敗して抵当に入っていたのをレガリアの行政府が借金の肩代わりに押収したのです」


 マストさんとライザさんの案内で丘でも一番高い場所にある一軒の家にお邪魔する。豪華さやセキュリティー的にはさっきの洋館の方が良さそうだが、この家は庭が広く隣の家との距離もかなり空いていて見晴らしも良く開放的だ。横には離れのような平屋の建物と斜め裏手には石造りの建物がある。


「母屋の他にあるこちらの二つの建物はなんですか?」


「えーと、ちょっと待ってください。資料によりますと一つは来客用の別館、もう一つは倉庫のようですね。地下室もあるようです」


 案内されてその建物の中に入ると、確かにガランとしていて倉庫として使われていたらしい。下へ降りる階段があってちょっとした地下室まであった。母屋の建物にも案内されたが、さっきの豪邸とは違って比較的シンプルな内装だった。


 うむ、俺としてはまだこちらの建物の方が気が落ち着く。二者択一だとしたら、さっきの超豪邸も魅力的には違いないが俺の趣味に合うのはこっちの家だ。俺の中で答えが出たのでマストさんとライザさんに結論を伝える事にした。


「決めました。こちらの家にします」


「おー、そうですか。私共も内心ではこちらの家がお薦めだと思っていたのですよ。ですが、選ぶのはフミト様ですからね。私共は余計な口出しを控えていたのです」


「ジェームズ陛下からの王命なのでありがたく頂きますが、俺はオルノバの街にも愛着があるのでどちらの街も行き来したいんです。なので、留守をしがちになると思うのですが…どうしたらいいですかね」


「あー、その事ですか。留守中は私共で管理も出来ますのでご心配なさらずに。それ専門の仕事をする正式な者に管理させますので大丈夫ですよ。王命で税も免除ですし管理費も管理人費用も予算から出ます。また、そういう管理依頼は王都では結構あるんですよ。管理人は私共が選定した中からも選べますし、フミト様が選んだ人でも構いません。あと、この家を陛下から頂くに当たってフミト様は気が引けるかもしれませんが、無駄に放置して遊ばせておくよりも将来有望な方に住んで貰ってイルキア王国と王都の発展に寄与してもらった方が大いにメリットがあるのです」


 良かった。せっかく貰ったのに無駄にしたくないしな。それもそうだが、まだ実感が湧いてこない。ジェームズ陛下は俺が描いた肖像画をえらく気に入ってくれたものだ。そんなに嬉しかったのだろうか? 俺をイルキア王国に繋ぎ留めておきたいという思惑や打算があるにしてもまさに過分な褒美と言える。


「では、入居前に私共で細かい手続きをして掃除や手入れなどをした後に引き渡しますのでそれまでお待ち下さい。とりあえず、フミト様にはこの屋敷関係と門の鍵を渡しておきますね」


「分かりました。よろしくお願いします」


 鍵を貰ってこれからの予定と簡単な説明を受けた俺はその場でマストさんとライザさんと別れ、まだ家持ちになったという実感を受け入れないまま半分上の空で宿へと帰っていくのだった。

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