第97話 そんなに評判になっていたなんて

 ラグネル伯爵邸を出て次に向かうのはモルガン商会とその隣にあるレストランだ。

 あのオープンセレモニーの後、順調なスタートを切っているのは噂で聞いていたけど、この前の事件の影響でレストランがどうなってるのか確認したかったんだよね。


 さすがに今日はお客さんも少ないだろうし、そんな時に俺達がお客さんになって店を盛り上げるのもアリだよね。

 貴族地区の馬車溜まりに待たせてあったフリー馬車に乗り込み、モルガン商会の場所を御者さんに伝えて出発だ。


「お客さん、行き先はモルガン商会ですね。ところで、あそこって最近王都に支店を出したっていう商店とレストランじゃないですか。私らの間でもあの店は話題になってますよ。マヨ何とかっていう調味料を売ってる店だというのを王都中で知らない者はいないくらいです。あと、レストランのショーケースに飾られている食品サンプルってやつを見るために、わざわざ遠くから来る連中も居るって聞いてます。流行り物の店に目をつけるなんてお客さん達も流行に敏感なんですね」


「あのねー、御者さん。あの食品サンプルはここに居るフミトが作ったのよ。そしてあたしもあれを作るのを手伝ったんだからっ!」

「私もです。色を塗るのを手伝いました!」


「えっ、お客さん達があの食品サンプルってやつを作ったんですかい。そりゃぁ凄いや!」


「本当ですぞ。私も手伝いましたからな。神に誓って嘘は言いませんな」


「うわぁ、こりゃとんでもないお客さん達を私は乗せてたんだな。家に帰ってから女房と子供に自慢出来るよ。うちの女房と子供なんてあの食品サンプルってやつを見て驚いていたし、子供なんか本物と勘違いして涎を垂らしてたくらいだからね」


 あのサンプルがそんなに評判になっていたなんて…俺もビックリだよ。


「あのさ、御者さんの家の料理でもマヨネーズを使った事があるの?」


「あのマヨ何とかっていう調味料ですか。ええ、うちの女房が野菜のサラダをこまめに作るようになりましたね。今まで子供は野菜を食べるのを嫌がっていたんですが、あの調味料のおかげで子供達も野菜好きになりましたよ」


「それは良かったですね。野菜はいっぱい食べた方がいいですよ」


「あの食品サンプルを作ったお客さん達が太鼓判を押すならそうしますよ……おっ、そろそろ目的地に到着しますぜ」


 御者さんの言うように、周りに見覚えのある街並みが見えてきた。角を曲がるとモルガン商会王都支店の建物が姿を現し、その向こうではあの事件があった直後だというのにレストランにはお客さんがいっぱい入っているようだ。入口の前には順番待ちをしているのか数人の人達が並んでいる。


「着きましたぜお客さん」


 俺達はフリー馬車の御者さんに礼を言い、料金を払って馬車から降りる。


「ありがとうね御者さん」


 フリー馬車の御者さんは手を振ってその場を離れていった。


 さて、見たところモルガン商会は普通に営業してるようだ。倉庫の方を見ると従業員がせわしなく働いているな。商会の入り口から建物の中に入り、その場に居た従業員に来訪を告げモルガンさんを呼び出してもらう。


 従業員は俺達の顔を覚えてくれていたようで笑顔で接客してくれた。スマイルは商売に欠かせないし大事だよね!


「これはフミト殿、ようこそモルガン商会へ」


 応接室で待っているとモルガンさんが笑顔で現れた。事件があって心配していたけどどうやら大丈夫そうで何よりだ。


「「「「こんにちはモルガンさん」」」」


 俺達もモルガンさんに挨拶を返す。


「この前はあんな事件が起きたじゃないですか。だからモルガン商会はどんな感じかなって心配してたんですよ。でも、見たところ通常営業してるようで安心しました」


「それでわざわざお越し頂いたのですか。ありがとうございます。この前の事件は私達も驚きましたよ。私共の店は事件の現場と離れていたので大丈夫でしたが、同業の商会さんが被害を受けたらしくて先程商人ギルドから知らせが来たところです」


「とりあえずモルガン商会に被害がなかったのは不幸中の幸いでしたね。この前の事件では俺達が丁度現場付近に居合わせてその犯人を倒したんですよ」


「フミト殿と一緒に戦いましたが、犯人はAランクとBランクの冒険者でかなり手強い敵でしたぞ」

「大きな犠牲が出ちゃったけど、あたしとエミリアで救えた人も居たから良かったわ」

「私もいっぱい傷ついた人達の手当をしましたよ」


「おー、それはそれは。フミト殿達は大活躍だったようで私も自分の事のように誇らしいですよ。私達商人も事件を他人事とは思えないので、この地区の商会でお金を出し合って被害者の救済をする事になりました」


 さすが商人達だな。こういうところは俺には思いつかない思考と感覚だ。商人達が手を取り合って被害者の救済をするなんてなかなか出来るものじゃない。打算や下心があるのかもしれないが、こういう行為が商人達の信用となってその後の商売にも結びつくのだろうな。


「それは良い事ですね。商人達のサポートがあるのは心強いですから。俺も一応商人でもあるのでそれに参加しますよ」


「まあ、私らも他人事ではないですからな。我がモルガン商会も万が一の事を考えて用心棒を雇う事を決めました。さっき使いの者をギルドに向かわせたところですよ。引退した騎士団の方にでも用心棒を依頼出来ればと考えております。それはそうと、王都支店をオープンしてから注文がひっきりなしで嬉しい悲鳴を上げております。別の場所に第二工場と倉庫を作ろうかと考えておりますよ」


「それは凄いですね。俺も知り合いの商人さんが繁盛するのは関わった者として嬉しいですよ」


「ははは、これもフミト殿のおかげです。どれだけ感謝しても足りないくらいですよ。フミト殿もせっかく商人の資格を得たのですから、ご自分でも商売をしてみたらどうですかな」


「商人として商売ですか…うーん、今は考えてないけどいつかその気になるかもしれませんね」


「フミト殿なら大商人になれるかもしれませんぞ」


 お世辞なんだろうけどモルガンさんは煽てるのが上手いな。


 モルガン商会の無事を確かめた俺達は、あまり長居をして商売の邪魔をするのも何なので、キリの良い所でお店を後にする事にした。被害者救済の為に俺も義援金をモルガンさんに渡しておいた。レストランにも寄って行きたかったが、お客さんの順番待ちがまだ続いていたので又の機会にする。


 さあ、次に向かうのはアモーレ劇団の居る王立劇場だ。事件があったせいで公演は一時的にお休みになっているが劇団員は劇場内で練習をしているらしい。まあ、居るかどうかは行ってみないと分からないが、とりあえず無駄足になっても行くだけ行ってみよう。王立劇場は循環馬車のコース沿いにあるので今度はそれに乗って行く。


「サラちゃん達は元気にしてるかしら?」


「あそこらへんは被害がなかったみたいだし大丈夫じゃないかな。公演がお休みになってるから皆を励ましてあげたいね」


「そうですな。再開しても暫く客足が鈍るので我々が元気づけてあげましょう」

「私はサラちゃんや劇団員に会うのが楽しみです」


 王立劇場の前で循環馬車を降りて通用口に向かうと、衛兵が立っていて出入りする人達の身分チェックをしていた。俺達も面会の要件を告げて身分チェックを受ける。


「訪問客には身分チェックをお願いしております。身分を証明出来るようなギルドカードを渡してください」


 衛兵に言われた通りにギルドカードを渡すと、メモカードのような物に来訪目的と面会相手を書くように言われたのでその通りにする。そのカードを劇場職員が面会相手の元に持って行き了解が取れたら中に入れるみたいだ。


「確認が取れました。どうぞ中にお入りください」


 衛兵さんが劇場職員から報告を受けて俺達に入場許可をくれたので、劇団員の居る楽屋まで職員さんに案内してもらう。楽屋のドアを開けるとサラちゃんと劇団員の皆が笑顔で歓迎してくれた。


「フミトさん、ソフィアさん、クロードさん、エミリアさん、また会えたね!」


「おう、サラちゃん元気そうだな」

「サラちゃん、あたしも来たよー」

「皆元気そうで何よりですな」

「サラちゃん、私も皆の事を心配してましたよ」


「ようこそ皆さん、フミト殿達も元気そうで何よりです」


「ルーベンさん、劇団の人達は無事でしたか?」


「おかげさまで、私らは皆無事でしたよ。幸いな事に王立劇場周辺は現場から離れてましたからね」


「それは良かった。心配してたので皆の元気な顔が見れて安心しました」


「ねえ、フミトさん。私の兄が来てるので紹介しますね」


 そういえば、サラちゃんの隣にサラちゃんと良く似た銀髪の青年が座っているな。凛々しい顔立ちでイケメンじゃないか。平凡な俺からしたらちょっと羨ましい。


「あなたがフミトさんですか? 初めまして、僕はサラの兄のシャルです。サラからあなたの事を聞いてますよ。妹がフミトさんに大変お世話になったそうでお礼を言わせてもらいます。そして僕の事もよろしくおねがいします」


 ただのイケメンだけでなく、爽やかで性格も良さそうだな。さすがサラちゃんのお兄さんだね!


「兄は私達の故郷のアスラム王国で冒険者をやっているんです。私が旅の劇団で故郷をずっと離れて旅をしているので、たまに手紙で連絡を取って待ち合わせをして私に会いに来てくれるんです」


 へー、妹思いのお兄さんなんだな。そりゃサラちゃんみたいな可愛い子が親元を離れて劇団員として旅をしてるから心配になるよね。


「こちらこそよろしく。ところでシャル君はいくつなの?」


「僕は22歳です。サラとは4つ違いですね」


「俺の方が年上だからシャル君と呼んでいいかな?」


「ええ、構いませんよ。僕はフミトさんと呼びますね」


「あら、サラちゃんのお兄さんってイケメンじゃないの」

「本当ですね。銀髪でとても素敵です」


「えーと、君達。なら、シャル君をパーティーに入れてその代わりに俺が抜けようか?」


「や、やだ。フミトったら何言ってんのよ。フミトだって格好いいわよ…汗」

「わ、私もフミトさんの方が素敵だと思います…汗」


 何だか二人とも苦しい言い訳に聞こえるぞ!


「フミトさん、僕は暫く王都に滞在してる予定です。僕の泊まってる宿を教えますからフミトさんの宿も教えてくれますか?」


「ああ、構わないよ。俺達も暫く王都に居るから何か困った事があったら訪ねてきなよ」


 俺はシャル君とお互いに泊まってる宿を教え合い、その後はサラちゃんや劇団員の人達と楽しい時間を過ごして王立劇場を後にした。

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