第96話 気分転換

 王都を揺るがす大事件が起きた三日後。俺はソフィア達に手伝ってもらって宿で食品サンプルを作っていたが、ずっと引きこもっているのも何なので俺達はパトロールがてらにラグネル伯爵の滞在先やモルガン商会、そしてアモーレ劇団に無事の確認と世間話をしに赴く事にした。


 シモン ラグネル伯爵の王都屋敷は貴族達が多く住まう地区にあり、俺達が泊まっている宿とはちょっと距離が離れているんだよね。俺達は冒険者で体力もあるけど、街中を走って行くのもなんなので、循環馬車と違いタクシーのようにフリーでお客を乗せている民間馬車を捕まえてその地区に向かう。


 大事件があった直後なので、フリーの馬車もそれを警戒してか走ってる数が少なくなっていたが、運良く通りかかった屋根のないフリー馬車に乗り込む事が出来た。


「えーと、行き先は貴族地区で」


「良かったよ、お客さん達が乗ってくれて。この前の事件の影響で人通りが少なくて困ってたんだ」


「御者さんはあんな事件が起きた後なのに怖くないんですか? 他のフリー馬車の人達をあまり見かけないですよ」


 俺は率直な疑問を前の御者席に座っている御者さんに投げかける。


「確かに怖いかと聞かれたら正直怖いですよ。でも、私にも生活がありますから仕方ないんです。あー、空から金貨が降ってこないかなぁ」


「はは、御者さんも大変なんだね…」


「そういえば、お客さん達の目的地は貴族地区でしたっけ。そこに入るには手前の検問を通らないといけませんが今日はまだ警戒も厳しそうですよ。お客さん達は貴族様に知り合いでもいるんですか?」


「ええ、知り合いですね。オルノバの街から王都まで伯爵と一緒に旅をしてきたんですよ」


 暫くの間、王都の街並みを横に見ながらフリー馬車に乗っていると、周りを城壁で囲まれた貴族地区が前方に見えてきた。王都の中でもこの地区は貴族の王都滞在時の住居が集まる地区なのだ。

 この世界には自分の領地を持たない貴族という階層もあって、こちらの方は国から用意された別地区の専用の住居に住んでいるみたいだね。


 俺達の乗る馬車が貴族地区の出入り口にある門に近づくと、脇にあった衛兵詰所から槍を持った衛兵が出てきて馬車の前に立ち塞がった。


「そこの馬車は止まりなさい。見たところ王都の街をフリーで流している馬車のようだが貴族地区にどのような御用かな?」


「シモン ラグネル伯爵に面会を求めてやって来た冒険者及び商人のフミトと言います。こちらは同じパーティーの仲間です。伯爵に大事な用があるので通して頂けませんか?」


 そう言って俺達はギルドカードを提示する。そのカードを見た衛兵は俺達にこのように言ってきた。


「確かにAランク冒険者を筆頭にした正式な冒険者であるとの確認をしました。でも、普段ならAランク冒険者のいるパーティーは貴族に準じる扱いを受けるのでギルドカードの提示で中に入れますが、この前王都で起こった事件を踏まえて今日はラグネル伯爵の了解が必要になります。一旦ギルドカードを預かって使いの者に伯爵家に確認に行かせますがよろしいでしょうか?」


「それくらいなら構わないですよ。代表者として俺のギルドカードを使いの人に持って行ってもらってください」


 詰所の横にある広場のような場所に馬車を移動させる。この広場は馬車溜まりという場所で貴族達やここに来る人達の馬車を停めておける駐車場みたいな場所だ。


 ラグネル伯爵を訪問してる間も、御者さんにはここに馬車を停めて待機してもらう約束になっている。こういう融通がきくところがフリー馬車の利点だよね。俺も自分の馬車が欲しいなと思ってるけど馬の世話とかあるからね。自前の住居もないしちょっと二の足を踏んじゃうかな。


 暫くの間馬車溜まりで待っていると、さっき俺達に対応した衛兵の人が馬車に近づいてきて許可が出たのを知らせに来た。


「お待たせしました。ラグネル伯爵の確認が取れましたので通行を許可します。伯爵邸は三番目の十字路を左に曲がって三軒目ですのでお気をつけてどうぞ」


 民間のフリー馬車は貴族地区の中までは入れないので、俺達は伯爵邸への500メートルほどの距離の道のりを歩いていく。どの屋敷も敷地が広く大きな庭付きの豪華なお屋敷ばかりだ。


「エルフ族の王女のあたしが言うのも何だけど、こういう場所は肩が凝りそうになるわ。エルヴィスにもお屋敷街みたいな場所があるけど出入りは結構自由だしね」


「そういえば、ソフィアがお嬢様なのをすっかり忘れてたよ。傍から見るとただのお菓子好き女子だもんな」


「あのねえ、フミト。そういうのは本人の前では言わないものなのよ!」


「私もソフィア様が王女なのをたまに忘れる事がありますぞ」

「今だから言いますけど、私も時々そう思う時があります」


 うんうん、クロードさんもエミリアさんも俺と同じ意見で安心したよ。


「もう、クロードとエミリアまで。そうよ、あたしはお菓子好き女子ですよー!」


 ふと横を見ると、どこかの貴族の屋敷の庭で俺達の会話を聞いていた庭師が笑いを堪えている姿が見えた。ソフィアは太陽のような性格なので、その雰囲気が自然と周りの皆を明るくするんだよね。


(えーと、3番目の十字路だからここを左に曲がって3軒目だったな)


 目的の屋敷の前に着くと、見覚えのある若い騎士が立っていて俺達を出迎えてくれていた。確か彼とも王都に来る途中で模擬戦をやったんだよな。


「フミトさん、お久しぶりです。玄関までは俺が案内します」


「やあ、久しぶりだね。今日はラグネル伯爵に会いに来たんだけどよろしくね」


 若い騎士に促されて門を潜り玄関まで案内される。この先は王都の伯爵屋敷で働いている人達の領分だ。玄関から屋敷の中に入ると中年くらいに見える執事っぽい人にバトンタッチして屋敷の応接室に案内された。


「どうぞこちらでお待ち下さい」


 執事が応接室から出ていってからすぐにまたドアが開き、ラグネル伯爵が侍女を従えて元気な姿を見せながら部屋に入ってきた。


「クロード先生、フミト君、ソフィアさんとエミリアさん。王都屋敷へようこそ」


「伯爵に会うのは王都に着いた日以来ですね。先日、大事件があったので街のパトロールがてらに伯爵に報告する為に訪問させて頂きました」


「わざわざ来てくれてありがとう。この前の事件はジェラールの報告で少しは知っているよ。何でも冒険者や騎士、魔法師団の魔法師が乱心したそうじゃないか」


「シモンよ。実はそれだけでなく、事件を起こした犯人達は支配というスキルで精神を誰かに支配されていたようなのだ。だからシモンもラグネル家の皆も、そういうスキルがあるというのを認識して注意して欲しいのだ」


「クロード先生、それは本当ですか? もしそんな厄介なスキルが存在するのなら私も騎士団長のジェラールに警戒するように伝えておきます。我が伯爵家から何者かに精神を支配される者が出ないように」


「まだ本当の真犯人は判っていませんので、伯爵も家族も街中に出る時は気をつけてください」


「そうさせてもらうよフミト君。ところで私から君に訪ねたい事があるのだが、君はイルキア王のジェームズ陛下と何か繋がりがあるのかね? 先日、王家から使いが来てね。王家はフミト君の要請を受けて、ラグネル家の王都での商業活動に全面的に支援してくれると内々にお墨付きを貰えたのだよ」


 肖像画を描いた時にジェームズ陛下にモルガン商会とレストランの事を話したっけ。確か俺はその時にラグネル伯爵の名前も出したよな。ジェームズ陛下はそれを忘れずに伯爵家に使いを寄越してくれたのか。ありがたいね。


「繋がりというか何というか、王立芸術院の院長と知り合いになって、その院長からある人物の肖像画を描いてくれるように依頼されて、行ってみたらその人物がジェームズ陛下だったという訳なんです…汗」


「えっ、フミト君それは本当なのかね。陛下だけでなく王弟のフィリップ様とも知り合いだなんて。でも、それは凄い事だよ。我が領内から陛下の肖像画を完成させた人物を輩出するなんてとても素晴らしいよ」


 まあ、俺も王都の事情に疎かったし自分でも驚いてるんだけどね。出会いとか縁ってものは分からないもんだよね。


「私は本音では君を仲介としてもっと王家との誼を結びたいところだが、君の性格だとそういうのは煩わしいと感じるだろうから今は止めておくよ」


「ははは、そうですね。確かに俺はそういうのは煩わしいかも。でも、もし今度陛下に会ったらそれとなくラグネル伯爵を売り込んでおきますよ」


「ふふふ、それはありがたい。よろしく頼むよフミト君」


 うん、何となく悪代官と越後屋みたいな会話になってきてるけど、別にこれくらいなら誰でもやってるし、持ちつ持たれつというやつだな。


 その後、俺やクロードさん、そしてソフィアやエミリアさんも加わって王都の話や貴族の話、世間話などをして伯爵家を後にしたのだった。

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