第93話 嵐の前の穏やかな時間

 昨日は本当に驚いた。まさか肖像画を描いた相手がこのイルキア王国の国王だったなんてね。フィリップさんもそれとなく教えてくれたら良かったのにさ。


 でも、驚きはしたけど国王には意外と普通に接する事が出来た。精神ステータスが影響してるのか、相手が誰であれそんなに緊張はしないようだ。元の世界では考えられないようなご都合展開で国王と仲良くなってしまったが、たぶん俺が二人の神の加護持ちなのと運の高さがそういう面で色濃く影響しているのだろう。


 昨日は帰りが遅かったので、ソフィア達には簡単な説明しかしていないが、俺が依頼されたのは国王の肖像画だったと知って皆は驚いていた。


 だが、その後にソフィアは「フミトの存在は国王よりも凄いのだから、本当に驚かなきゃいけないのは向こうの方なのにね」なんて言ってたっけ。


 確かに俺は神の加護持ちだけど基本的に平凡なんですよ。


 とりあえず、ひとつの問題が片付いて良かった。王都での目的も果たしつつあるしね。ジェームズ陛下が褒賞がなんちゃらとか言っていたから後で呼び出されたら王宮に行かなくちゃいけないな。たぶん、肖像画を描いた報酬としてお金を貰えるのだろう。貰ったら無駄使いしないで貯金しようっと。


 それで今日の予定は王都の散策だ。せっかく王都に来たのだから少しは楽しまなくちゃね。闘技場や大教会、煉瓦倉庫などの有名な場所にはこの前に行ったので、今日はマイナーな場所や周辺の散策だ。あと、冒険者ギルドにちょっと用があるので行かないとね。


 王都は広いのでまだ行ってない場所があるんだよね。クロードさんに道案内を頼んで4人で行動だ。今日の服装は皆ズボンを履いていてアクティブモードになってる。


「フミト殿、まずはどこに行きましょうか?」


「そうですね。何か面白そうな場所に行きたいですね」

「あたしはお洒落な小物類が見てみたい」

「私は大道芸が見たいです」


 王都は規模が大きく人口も多いので、あちこちに色々なお店があったり小さなイベントが開催されている。観光客相手のお土産屋さんや露店も多く出てるし、歩いているだけで飽きないんだよね。


「そういえば、フミト殿は馬には乗れましたかな?」


 ──馬か…こっちの世界に来てからは歩くか走るか、又は馬車に乗るかで直接馬に騎乗した経験はなかったな。


「いえ、俺は馬には乗った事がありません。西の森に住んでいた時でも移動は歩きでしたから」


「なら、乗馬を習ってみてはどうですか? 王都にはお金を払えば乗馬を習わせてくれる場所がありますぞ。フミト殿なら小一時間もあれば乗馬の基礎はマスター出来るのではないですかな」


(おっ、何だか面白そうだな。元の世界じゃ乗馬なんてお金持ちの道楽だと思っていたけど、こっちの世界だと必要になるかもしれないしな)


「乗馬技術が覚えられるなら是非試してみたいですね」


「へー、意外ね。フミトったら馬に乗った事がなかったんだ」

「フミトさんは格好良いからきっと私の白馬の王子になれますよ」


「乗馬を習えばソフィアみたいなじゃじゃ馬も乗りこなせそうだし、白馬の王子にはなれなくてもエミリアさんと一緒に走れるなら楽しそうだね」


「もう、誰がじゃじゃ馬なのよ!」

「フミトさんと一緒…フミトさんと一緒」


「では、乗馬倶楽部に行ってみましょう。騎士達は専用の乗馬修練所がありますが、乗馬倶楽部は冒険者のニーズに答えて乗馬を習わせてくれる場所ですからな」


 クロードさんに案内されて街外れの乗馬倶楽部に到着。頑丈な木の柵で囲われた結構広めの敷地を持つ乗馬倶楽部だ。厩舎からは馬の鳴き声も聞こえてきている。事務所というか受付みたいな所に行くと、乗馬倶楽部の従業員が俺達を出迎えてくれた。


「ようこそ、ラーゼン乗馬倶楽部へ。どんな御用ですかな?」


「今日は乗馬を習いたいと思ってやって来ました。俺は初心者なのでよろしく」


「そうですか。他の方も乗馬希望ですかな?」


「私も久しぶりに乗ってみたいですからな」

「あたしも乗るわ」

「私もお願いします」


 4人とも乗馬希望だ。クロードさんは何となく上手そうだと想像出来るけど、果たしてソフィアやエミリアさんはどうなのだろうか?

 簡単な手続きをして俺達が乗る馬が居る厩舎に向かうと、厩務員の人達がブラシをかけたり蹄のチェックをしたりと馬の世話をしていた。


「我がラーゼン乗馬倶楽部の馬達は皆お利口で良く言うことを聞きます。初心者の方でも馬を恐れずに優しく接してあげてください」


 事前のアンケートでは俺だけが乗馬初心者のようだ。くそっ、ソフィアもエミリアさんも乗馬経験者なのかよ! 悔しくなんてないんだからな!


 厩務員の指示で馬に括り付けられた鐙に足をかけて一気に馬の上に跨る。ステータス上昇により運動能力がめちゃくちゃ高いのでこれくらいは出来るよ。問題はこれからなんだよね。お馬さんが俺の言う事を聞いてくれると嬉しいんだけど。


 最初は厩務員の人がリードロープを持ち、馬を誘導しながらゆっくり歩いてくれる。馬が歩く度に俺のお尻がポコポコと跳ねるんだがどうしたらいいんだよ。


 でも、暫く歩いていると何となく馬に乗るコツのようなものが判ってきた。バランスと体幹だな。最初はおっかなびっくりだったけど、俺の乗るお馬ちゃんはお利口さんみたいなので、俺の下手さをカバーしてくれるから徐々に慣れてきたよ。


 周りを見る余裕も生まれたのでぐるっと眺めてみると、クロードさんは思い通りに走り回ってるし、ソフィアやエミリアさんも普通に走ってる。やっぱり俺ちょっと悔しい。


 慣れてきたので少し駆け足するように馬に指示をしたら、俺の指示通りに走り出した。これが人馬一体ってやつですかね。厩務員にリードを離してもらってようやく独り立ちだ。そしてコツを掴んだ俺は短時間でそこそこ馬に乗れるようになった。


 馬術というスキルがあるのかと思ったけど、いつまでも獲得出来る様子がないのでこれはスキルじゃなくて経験と慣れが求められているみたいだな。そして、規定の時間が来たので乗馬レッスンは終了だ。


「あー、楽しかった。馬との一体感が持てて最高だった」

「あたしも久しぶりに馬に乗れて楽しかったわ」

「お馬さんが私の言う事をちゃんと聞いてくれたので良かったです」


「皆、満足してくれたようで私も乗馬に誘った甲斐がありましたぞ」


 馬を厩舎に戻して厩務員さん達に引き渡す。俺達は大いに満足したけど、こういう乗馬倶楽部は馬の世話が大変そうだ。餌をあげたりブラッシングしたり、走らせたりと日常の世話も楽じゃなさそうだしね。動物は飼おうと思えば誰でも気軽に簡単に飼えるけど、本当に大変なのは飼い始めてからの日常の世話なんだよね。


 さあ、少しお尻は痛いけど乗馬をして良い運動にもなったし、次はソフィアの希望で買い物だな。乗馬倶楽部を後にして近くの停車場に行き、循環馬車に乗って街の中心部を目指す。着いた先はお洒落な小物を売っているお店が並んでいる場所だった。


 周りを見渡すと若い女の子がいっぱいいて、俺とクロードさんはちょっと場違い感が半端ない。だけど、ここで男子たるもの愚痴を言ってはいけないのだ!

 ソフィアとエミリアさんに手を引かれてそのうちの一軒に入っていく。可愛い小物や刺繍の入ったハンカチ、そしてアクセサリーなどが店内に所狭しと並んでキラキラしてるぜ。


 何も考えずにイエスマンに徹しよう。

 支払いの時だけ俺が財布を出せばいいんだ…汗


 俺は自分の感情をコントロールしながら勘定の時が来るのを待ち続けた。そして満足したソフィアとエミリアさんに連れられて店の外にようやく出られたよ。いつの間にかクロードさんは抜け目なく店の外に出ていたようで、俺の肩をポンポンと叩いて健闘を称えてくれた。


「良かったわ。お洒落グッズを買ってもらえて」

「私もです。大切にしなくちゃ!」


 うん、満足して貰えて良かったよ。少しの我慢とお金で女子達の気分が良くなるのなら費用対効果もあるというものだ。後は道具街をぶらぶらして広場に向かっていく。


 道具街では色々な商品を眺めてみたけれど、この世界にありそうでないものが確認出来たのでそれらを後で自作してみようと思った。上手く作れたらこの世界でも皆の役に立ちそうだしね。


 中央広場に着くと、多くの市民と観光客が露店巡りをしたり、ベンチに腰掛けたり、子供と遊んでいたりとそれぞれが自分達のスタイルで楽しんでいた。俺には密かにこの世界にラジオ体操もどきを広めようとする想いがあるので、後で広場の中央でやってみようかな。


 露店でパンと果実水を買ってベンチに座って食べる。ピクニックに来たような感じで楽しいね。食べ終わった後は目的を遂行しないとな。


「フミト、どこへ行くの?」


「ああ、ちょっと腹ごなしに体操をしようかなと思って」


 そう言って広場の中央に行ってラジオ体操もどきをやり始めた。こういう時は恥ずかしがってはいけない。黙々と自分の任務に徹するだけだ。最初のうちは周りの誰もが俺に無関心だったが、子供はこういうのに興味を持つのが早い。子供が見よう見まねで俺の動きを真似しだすと、その親も俺の体操に目を向けてくる。


「それは一体何をやってるのですか?」


 きたきた、食いついてきたぞ!


「これは体操と言って、身体をほぐしたり血行を良くする効果があるんですよ。試しにやってみませんか?」


 俺の誘いに周りの大人と子供が寄ってきて俺のレクチャーを受ける。何度か繰り返し教えていると、物覚えの良い人はすぐに覚えてしまってまだ覚えていない人のコーチ役になってくれた。


「本当だ。身体が軽くなったような気がするし、身体も暖まる。こりゃいい!」


 皆、口々に体操の効果を褒めてくれるので、俺も教えた甲斐があったというものだ。何人か完璧に覚えたので俺はその人達にコーチ役を託し、満足してソフィア達のもとに戻っていった。


「フミトったら、あの体操を王都中に広めるつもりなのね」


「皆が健康になるのなら俺も嬉しいしね」


 そして俺達は次の目的であるエミリアさんの希望の大道芸を見に行く。広場を突っ切り向こう側に行くと何人かの大道芸人がパフォーマンスを披露していた。エミリアさんはパントマイムをやっている大道芸人を見て大はしゃぎだ。


「凄いです、まるで目の前に見えない壁があるかのようです!」


 実際にパントマイム芸人の技術は素晴らしく、何もない空間でロープを曳いたり壁に手を着く動作をする様子は見ていて楽しいものだ。その他にもジャグリングをしてる芸人や、大きな玉の上に乗ってパフォーマンスをする芸人など見る者を飽きさせない。


 あと、目についたのは催眠術のパフォーマンスをしてる芸人だ。見物客の中から数名の人を選んでその人達に催眠術をかけると、皆は犬や猫などの動物になったかのように芸人の指示通り『ワンワン』『にゃあ』などの鳴き声をあげながら犬や猫になりきっている。どんなに強い冒険者でもこれじゃ面目が丸つぶれだな。


 一通り大道芸を堪能した俺達は後ろ髪を引かれる思いで広場を後にした。これから冒険者ギルドに行かなくてはいけないから。その理由はこの前迷宮に潜った時に20階層で倒した中ボスのトロール変異種なんだが、その素材を欲しがっている人が複数居たので競売扱いになり、今日がそのお金の受け取り日だからなんだよね。


 そういう訳で馬車に乗って行き冒険者ギルドに到着した俺達は、ギルドで手続きをして中ボスの素材の代金を受け取った。そして、たまたまギルドマスターのバリーさんが受付に用事があって来ていたので挨拶をしておいた。


「こんにちは、バリーさん」


「おう、クロードの旦那のとこのフミトだったっけ。今日は何をしに来たんだい?」


「ギルドに委託していた素材の代金の受け取りに来たんですよ」


「なるほどな、儲けたって訳だな。そいつは良かった。ところでよ、最近王都で失踪事件が起きてるんだよ。何か噂でもいいから聞いちゃいないかい?」


「そうなんですか、俺達は初耳です。何だか物騒ですね」


「本当だよ、こちとらそのせいで大忙しさ。この事件に冒険者が関わっていなけりゃいいんだがな。悪かったな引き留めてよ。クロードの旦那も嬢ちゃん達もまたな」


 バリーさんと挨拶を交わし終え、俺達が冒険者ギルドの扉を開けて外へ足を踏み出した時にそれは起こった。


『ドカーン! ドカーン!』


 街中で大きな爆発音が響き、その衝撃波で空気が大きく揺れたのだった。

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