第89話 テープカット

 王都レガリアにあるガベル迷宮を20階層まで踏破した翌日の朝が来た。


 久しぶりに魔物と戦っていい汗をかいたので昨夜はぐっすりと眠れたよ。気づいたら格闘術のスキルレベルも上がっていたし、あの右ストレートを放った甲斐があったというものだ。


 帰りがけに冒険者ギルドに寄り、魔物の素材を売って素材依頼も完了出来たし、金の宝箱からは臨時収入もあったしでラッキーだった。とりあえず、20階層まで行けたので少しの間は迷宮探索はお休みだ。


 そして、今日はとうとうモルガン商店の王都支店のオープン日。俺達はそのオープンセレモニーに招待を受けたので4人でお邪魔する予定なんだ。既に4人とも起きて朝食を済まし、予定の時間が来るまで寛いでいるって訳さ。


「ねえ、フミト。服は何を着ていったらいいかしら?」


「普通の余所行きの服でいいんじゃないの」


 ソフィアは着ていく服にお悩み中みたいだね。


「私はオープンセレモニーで何かお手伝いした方がよろしいのでしょうか?」


「いや、エミリアさん。俺達は招待客だからお手伝いはしなくてもいいんだよ」


 エミリアさんはこういう時でも奉仕の精神が出てくるんだね。


「フミト殿。せっかくですから出来るだけお土産はいっぱい貰いましょう。遠慮は要りませんぞ」


「あっ、はい。出来るだけそのようにするつもりです」


 クロードさん、いきなり実益重視なキャラになってるぞ…汗


 着替えが終わって宿の部屋で待っているとドアをノックするする音が聞こえて、宿の従業員がモルガン商会が手配した迎えの馬車が来たのを告げにきた。下へ降りていくと宿の前に迎えの馬車が停まっていたのでそれに乗り込む。一種のVIP待遇だな。


 パカパカと蹄の音を鳴らしながら俺達の乗る馬車はモルガン商会を目指して走っていく。暫くすると以前お邪魔したモルガン商会とレストランが前方に見えてきた。


「さあ、着いたよ」


 まず俺が馬車から降り、俺に促されてソフィア達も馬車から降りる。店の前には俺が提案した開店祝いの花が置かれ、殺風景になりがちな周囲の彩りを豊かにしている。レストランの方は料理長と従業員一同が店の前に並んで、道を通る人達にお辞儀をしながらオープン記念の挨拶をしていた。


 いいね、いいね。

 モルガンさんは俺が提案した通りにやってくれたんだ。


 店の前に立っていたモルガンさんが馬車から降りた俺たちを迎えてくれる。


「フミト殿、ようこそお越しくださいました。本日、無事にモルガン商会の王都支店がオープン出来るのもフミト殿のおかげです。さあ、こちらへどうぞ」


 やれやれ、そんなに持ち上げられても困っちゃうな。


 モルガン商会の中に案内されて通路を歩いていくと、従業員の上着が統一された制服になっていた。紺の制服の胸の部分にモルガン商会のマークの刺繍が施されていてとてもいい感じだ。建物の中は掃除が行き届いていて清潔感もバッチリだ。


「どうですかな? 制服とやらを作ってあげたのですが、従業員の皆に好評なんですよ」


「いいですね。統一感があって」


「フミト殿、次は工場と倉庫を案内しましょう」


 モルガンさんを先頭に工場と倉庫に向かう。工場の入口には手洗い場が設置されていて、モルガンさんも俺達も手を洗わないと中に入れない。

 工場の中に入ると上下の制服に包まれ、帽子を被りマスクをした従業員達がせわしなく動き回っていた。


「これですよモルガンさん。制服に帽子とマスクを着用すれば衛生的にも安心ですからね」


「ええ、フミト殿のアドバイス通りにしてみましたよ。最初は従業員達も戸惑っていましたが、理由を説明すると皆が納得してくれました」


 モルガンさんはそう言って、近くにあった完成品を指差し従業員に指示を飛ばす。すると、従業員は完成品を木箱に入れて俺達の方へやってきた。


「フミト殿はマジックバッグ持ちなので持ち運びの心配はありませんな。これは今日のお土産として受け取ってください」


「えっ、いいんですか? いやぁ、何だか申し訳ないなぁ」


 言葉では困ってる風を装いながら、俺は木箱をマジックバッグにサッと放り込んでおいたよ。


 次に倉庫に案内されたが、ここでも上下を制服に身を包んだ従業員達が品出しのチェックや検品などをして忙しそうに動き回っていた。


 次に案内されて向かったのがレストランだ。角地にあって2方向から認識出来る立地の良い場所だ。裏通りとはいえ人通りも多いしとても目立っている。実際にオープンするのは昼からだが、俺達は招待客という事もあって先に店内を見学させて貰えるみたいだね。


 俺達が近づいていくと料理長のアービンさんが、俺達に向かって深々とお辞儀をしてきた。それに倣って他のスタッフも俺達に深々とお辞儀をする。


「フミト殿、ようこそ」


「アービンさん、お久しぶりです。いよいよレストランのオープンですね」


「ええ、私も料理長としてこのレストランの厨房を任されて身が引き締まる思いです。そうだ、これを見てくださいよ。フミト殿が作って来れた食品サンプルをショーケースの中に飾っておきました」


 アービンさんに促されレストランの入口横に作られたショーケースの中を見ると、俺の作った食品サンプルが擬似メニューとして置かれ、更に値段が書かれた札がそのサンプルの前に置かれていた。


「これ、フミトが作ってたやつじゃない!」

「フミトさんの作品がショーケースに飾られています!」

「ほう、このような使い方をするのですな。こうして見ると素晴らしい」


「私共もこうして実物を見てショーケースに飾ってみるまでは半信半疑でしたが、実際に実物が飾られると、この食品サンプルの発想の素晴らしさに感動してしまいました。これならお客様も店に入る前にどのような食べ物がどんな値段で食べられるのかを知る事が出来るので、安心してお店に入れること間違いなしです」


 モルガンさんが喜んでくれて何よりだ。アドバイザーとしての役目を果たせてほっとしたよ。調理スタッフはここで料理の仕込みに戻るのでレストランの厨房に戻っていった。


 そして、このタイミングでオープンセレモニーの招待客として重要なラグネル伯爵が馬車に乗ってやってきた。モルガン商会の成功は自分の領地の特産品の宣伝や財政基盤の充実化に繋がるからね。


 馬車から降りて俺達を見つけたラグネル伯爵は白い歯を見せて満面の笑顔で手を振ってきた。オープンセレモニーに招待されて相当気分が良さそうだね。まず、今日の主役である王都支店をオープンさせるモルガンさんに挨拶をして、次に俺達のもとにやってきて言葉をかけてきた。


「クロード先生、フミト君、ソフィアさんにエミリアさん。お久しぶりです」


「おはようございます、ラグネル伯爵」


「商会もレストランも素晴らしいね。オープンセレモニーが楽しみだよ。聞くところによるとフミト君が色々と助言をしたそうじゃないか。もしかして、このレストランのショーケースに入ってる物も君のアイデアかい?」


「ええ、これは食品サンプルと言いまして、実際にレストランで出すメニューのダミーとして作った物です。値段提示とセットなので、お客様が事前にどのような食べ物でどんな値段なのかを知る事が出来るので、安心して店内に入りやすくなります」


「やっぱりフミト君は素晴らしいね。しつこいようだが、駄目と判っていても是非私と一緒に働いて欲しいくらいだよ…笑」


 ラグネル伯爵との挨拶のやり取りも終わり、そろそろモルガン商会王都支店及びレストランのオープンセレモニーの始まりの時間だ。オープンセレモニーを見ようと近所の人達やレストランの食事目当ての人達がぞろぞろと集まりだしている。ライバル店らしきお店の従業員の姿も見かけるね。


 モルガンさんのスピーチでオープンセレモニーの開始だ。


「皆様、本日はモルガン商会王都支店のオープンセレモニーにお集まりいただいて誠にありがとうございます。王都の皆様に良い商品とサービスをいつでも提供出来るように常に努力をしていく覚悟です。どうかモルガン商会との末永いおつきあいをよろしくお願い申し上げます。それでは、私と招待客によるテープカットセレモニーを行いますので、テープが切られたら拍手をお願いします!」


 これだよ。どうしても俺はテープカットセレモニーってやつをやってみたくてモルガンさんにお願いしてたんだよね。ほら、何人かでテープをハサミで切るやつだよ。一度やってみたかったんだよな。


 モルガンさん、ラグネル伯爵、そして俺。この3人が用意されたテープを持ちハサミを入れる。


「「「パチリ!」」」


 3人がハサミを入れると見事にテープが切れて、周りに集まっているギャラリーから拍手と歓声が浴びせられる。


「「「「パチパチパチパチ!」」」」


 やったね! モルガン商会王都支店のオープンセレモニーは無事に終了する事が出来た。俺もアドバイスをしたり食品サンプルを作った甲斐があったよ。このお店とレストランが繁盛してくれるといいね。


 レストランの開店を今か今かと待っていたお客さん達が続々と店の中に入っていく。後は、料理長のアービンさんとスタッフ達の腕の見せ所だな。そんな時、感慨深げにその様子を見ていた俺の肩がポンポンと叩かれた。振り返ると、俺と同じ宿に宿泊しているグラン連邦国から来ている商人の人だった。


「やあ、どうも」


「こんにちは。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


「いや、開店前から噂になっているお店があると聞いて、今日がオープン日だと知りここへ足を運んだのですよ。まさか同じ宿に泊まっていたあなたが関わっていたなんて…私は運が良いかもしれません」


「はは、俺はちょっとアドバイスしただけですよ」


「私は商人のアントニオと申します」


「俺は冒険者で商人ギルドにも登録しているフミトと言います」


「あなたは商人でもあるのですか?」


「名目的に商人になったようなものですけどね」


「先程、少し工場の方も見学させて頂きましたが、衛生管理という斬新なアイデア。そして、レストランのショーケースに並ぶメニューの食事を模した見事な工芸品の数々。とても感銘を受けました。その上でお願いがあるのですが、私をラグネル伯爵様とモルガン様に紹介していただけないでしょうか? どうかお願いします」


「別に構わないですよ。ちょっと待っていてください」


 俺はアントニオさんを紹介するべく、店の前で談笑しているラグネル伯爵とモルガンさんの所に連れていく。


「ラグネル伯爵、モルガンさん。こちらはグラン連邦から来ている商人のアントニオさんです。お二人とお話がしたいというので連れてきたのですがよろしいですか?」


「ああ、私は構わないよ」

「グラン連邦の商人ですとな。ここでは何なので店の中に行きましょう。フミト殿、本日はお越しいただいてありがとうございました。帰りも馬車を用意致しましたので係の者からお土産を受け取ってお帰りになってください」


 アントニオさんを二人に紹介した俺は、係の人から謝礼及び、祝いの引き出物とお土産を受け取り待たせていたソフィア達と一緒に馬車に乗り込んだ。


「素晴らしいオープンセレモニーでしたな」

「テープを切っていたフミトは格好良かったわよ」

「フミトさん、レストランの食事券を頂きましたよ」


 招待客としての役割を終えた俺達は馬車に乗って宿へと戻るのだった。

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