第90話 観劇で感激

 昨日はモルガン商会のオープンセレモニーに招待され、テープカットという大役を果たした俺。貰ったお土産の中に携帯食器セットが入っていて、冒険者としてはありがたいお土産だった。


 ラグネル伯爵やモルガンさんに紹介したグラン連邦の商人アントニオさんだが、あの後宿に戻ってきてその足で俺達の部屋へ訪れた。


 彼の話を聞いてみると、どうやらフランチャイズ契約をしてグラン連邦でモルガン商会の商品を取り扱う事になったそうだ。あと、レストランも手掛けたいと言うので、もし良かったら制作料と使用料を払うので食品サンプルも作ってくれとお願いされた。メニューはモルガンさんのレストランと同じにするようだ。


 話し合った結果、俺の食品サンプルの制作と使用許可関連は商人ギルドを介して契約する事になった。俺の作品が他国のレストランのショーケースに展示されるのかと思うと感慨深いね。後でちょこちょこと作っておこう。


 朝のうちにアントニオさんと一緒に商人ギルドに赴き契約を取り交わす。お互いに商人ギルドの認証魔法陣が書かれた1通ずつの契約書を受け取って契約は完了だ。握手をして宿に二人で帰ってきた。プロジェクトが上手くいくといいね!


 さて、契約の件は片付いたので一安心だ。そして、今日は王都で公演中のアモーレ劇団にお邪魔するつもりなんだよね。


「ねえ、フミト。アモーレ劇団は王都でも大人気なんだってさ」


「だろうね。劇の役者さん達の演技はとても上手いし、セリフの言い方にわざとらしさを感じないからね」


「私もアモーレ劇団の公演が見たいです。フミトさんどうにかなりませんか?」


「わかったよエミリアさん。今日劇団にお邪魔した時に頼んでみるよ」


「素晴らしいシナリオ、役者の上手い演技は観る者を心から感動させてくれます。セリフ棒読みの役者や過剰演技の役者などは御免蒙りたいですが、アモーレ劇団はオルノバの街で公演していた時にも良い評判ばかりでしたからな」


(クロードさんは目が肥えてそうだしな)


「それではそろそろ行きましょう」


 俺達は王都の王立劇場に向かう。停車場で循環馬車に乗り、暫くすると大きな王立劇場が見えてきた。この劇場は一度に千人もの観客が入れるような由緒ある劇場だ。


(凄いな。アモーレ劇団はこんな大きな劇場で大勢の観客の前で公演してるのか)


 劇場裏の通用口に赴き、入り口に立っていた衛兵の一人に訪問の目的を告げ、座長のルーベンさんから貰った名刺を見せる。その名刺を受け取った衛兵は俺達を残して劇場の中に入って行き暫くしたら戻ってきた。


「劇場関係者に確認が取れました。ご案内しますのでこちらへどうぞ」


 名刺を返され、衛兵に先導されて劇場の楽屋に連れて行ってもらう事になった。廊下を歩いていくと大きな劇場なだけあって部屋数も多いね。


「ここがアモーレ劇団の楽屋です」


 衛兵さんに案内されて到着した楽屋のドアの脇にはアモーレ劇団の名札がかかっていた。ドアを開けて楽屋の中に入ると、座長のルーベンさんや顔馴染みの役者さん達が午後の公演に向けて準備をしている最中だった。


「おお、フミト殿。お久しぶりです。まさか王都レガリアでも会える事になるとは…これも神様のお導きでしょうか」


「フミトさん、また会えるなんて!」


 俺に気づいたサラちゃんが駆けてきた。俺に会えたのが余程嬉しかったのか、俺の両手を握ってブンブンと振り回してくるよ。


「王都でも会えると思っていなかったからびっくりしました!」


「知り合いの商人さんが王都に支店を出したので、そのオープンセレモニーに招待されたんだよ。昨日、そのお店は開店して無事にオープンセレモニーは終わったんだけどね。名前はモルガン商会ってお店なんだ」


「そのお店、聞いた事があります。開店前から噂になっていたお店ですよ」


「そうなんだ、結構知られていたんだね」


「サラちゃん、今度あたし達とそのレストランに食事をしに行こうよ」


「ソフィアさん、私行きます。是非連れて行ってください!」


「わかったわ。迷宮で臨時収入もあったし、あたしが奢ってあげる」


「わあ、楽しみにしてますね! そうだ、近々私の兄がこの王都に来る予定なんですよ。一緒に連れて行ってもいいですか?」


(へー、サラちゃんにはお兄さんがいるのか)


「いいわよ。一人くらい増えても大丈夫よ」


(にぎやかな食事会になりそうだな)


「ところで、ルーベンさん。この公演のチケットって取れますかね?」


「それが…ありがたい事に連日満員なんですよ。フミト殿、いつ頃ならチケットが取れるか係の者に聞いてきますのでちょっとお待ち下さい」


 そう言ってルーベンさんは楽屋を出ていった。何となく無理を言った形になってしまったが、出来るだけ早くチケットが取れるといいな。その間、サラさんや他の劇団員と世間話をしながら和んでいたが、5分程してルーベンさんが楽屋に戻ってきた。


「フミト殿。今、係の者に聞いてきたのですが今日ではどうでしょう?」


「今日の公演のチケットがまだあったのですか?」


「そうではなくて、ボックス席を買っていた貴族の方が、急な用事で観に来られなくなったと先程連絡があったらしいのです。席を余らせるのは勿体ないですから、この機会にフミト殿に使ってもらおうと思いまして」


「喜んで使わせていただきますよ。さすがにタダで観るのは気が引けるのでお金はキチンと払います。チケット代はいくらですか?」


「フミト殿、キャンセル扱いなので正規料金の半額で結構ですよ」


「わかりました。喜んで支払います」


 俺は提示された金額のお金を取り出しルーベンさんに渡す。まさか今日の公演を観られるとは思っていなかったので自分の運の良さに感謝する。


 劇団の人達はそろそろ公演の支度に入るというので、俺達は楽屋を退出して用意された席に行ってみる事にした。劇場の表に回って俺の名前を告げてチケットを見せると、貴族用の席は専属の案内人がその席まで誘導してくれるようだ。


 そして、案内された席は舞台正面のボックス席だった。平場の席よりは遠いが、ボックス席というプライベートスペースでセキュリティー的にも安心な席だ。俺は遠見のスキルがあるし、ソフィア達エルフ族は森育ちで視力は桁外れに良いのでプライベート空間のボックス席はありがたい。しかも、平場の席と違って観劇中にワインなどの給仕サービスも受けられる。


 俺達がそのボックス席に入ろうとすると、同じタイミングで隣のボックス席にも観劇に来た客が案内人に誘導されてきたところだった。


「もしかしてルッツ君?」


 そう、その客は王立芸術院で講師をしているルッツ君だったのだ。ルッツ君と一緒にいるのは初老に差し掛かりそうな年齢の男女と、ルッツ君より若干年下っぽい女性だった。俺に名前を呼ばれたルッツ君はこちらに顔を向け、一瞬考えた後にすぐに思い出したのか笑顔になって俺に近づいてきた。


「フミト君、奇遇だね。君も観劇に来てたのかい」


「うん、この劇団の人達とは知り合いなんだ。今日は友人として訪問したんだけど、この席がキャンセルされたというので俺達がこの席で観る事になったんだよ」


「ルッツ。そちらの方々はどなた様かな? 私にも紹介してくれないか」


「これは父上、申し訳ありませんでした。こちらの彼は先日父上にもお話した絵の天才フミト君ですよ」


「ほう、この方がルッツも驚いたという才能の持ち主の方か。初めてお目に掛かりますが、私はこのイルキア王国で侯爵の位を賜っているサルコウ プルシェンコと申します。そして妻のリプニツカヤ。次男のルッツ。ルッツの嫁のザギトワです。どうぞよしなに」


「自分は冒険者と商人をやっているフミトと申します。こちらはメンバーのクロードさん、ソフィア、エミリアです。こちらこそ宜しくお願いします」


「冒険者と商人の二足の草鞋だけでなく、芸術分野でも天才的とは素晴らしい。さすがルッツが認めただけはあるというものだ。どうかルッツとは末永く仲良くしてもらいたい」


「わかりました。ルッツ君よろしくね」


(ルッツ君は侯爵家の次男だったのか…しかも結婚してたなんてびっくりだよ)


 侯爵やルッツ君と別れ、自分達のボックス席に座って劇が始まるのを待つ。そして開演の時間が来て幕が上がり始めた。王都で公演される劇はオルノバ公演の演題の『ゴーストになっても君を守る~天に召されるまで~』ではなく、『とっても素敵な義賊さんに私の心を盗まれてしまったの』という劇みたいだ。さて、どんな劇なのだろうか?


 役者達が舞台に出てきて劇が始まった。今回の劇のヒロインもサラちゃんのようだ。俺にはなぜかどこか既視感のあるような劇の内容だが、細かいことを気にするのも野暮というものだろう。


 あらすじを説明すると、あるところに世界を股にかける義賊達がいた。その義賊は悪徳商人から金貨を盗み出したのだが、よく見るとそれは金ではなく、金に見せかけたまがい物だったのだ。


 ある日、義賊は正体不明の男達に追われている娘と遭遇した。義賊達はその娘を助けようとしたが、娘にペンダントを託された後で正体不明の男達に娘を拉致されてしまう。追いかけようとしたが、義賊達の馬車は破壊されてその連中を逃してしまったのだ。


 義賊は娘に託されたペンダントを見て突然昔の事を思い出した。『このペンダントは俺がドジを踏んで大怪我をした時に助けてくれた少女が首にかけていたペンダントだ』と。


 その少女とは今は亡きガルバ侯爵の娘だった。義賊が調べてみると娘は一族のガルバ男爵との望まぬ結婚を強いられているらしい。義賊が掴まされたまがい物の金貨もその男爵が裏で関わっている事が徐々に判ってきたのだった。


 事情が判ってくるにつれて義賊達の義侠心に火が着いていく。何としてもあの娘を男爵の毒牙から助け出さないといけない。義賊達は男爵の本拠地、ガルバ館に潜入して娘を助け出そうと奮闘する。


 義賊達の噂を聞きつけ、腐れ縁とも言える国際騎士団も動き出す。義賊達を追いかけるのはザネガト騎士隊長だ。彼は義賊達を捕まえるフリをしながら男爵の闇稼業を暴こうとする。


 そして、最終決戦の時がきた。強欲なだけあってガルバ男爵はとても強い。義賊は何度もピンチに追い込まれる。しかし、最後は娘を救いたいという義賊の強い気持ちが男爵の強欲な心に打ち勝ち、見事に義賊が勝利を勝ち取ったのだった。


 勝利後、見つめ合う義賊と娘。


『義賊さん、どうか私を一緒に連れてってください!』


 娘は義賊の胸に飛び込んでくる。それを抱きしめようとした義賊だが、こんな純真無垢な娘を俺達のような稼業に引き込んではいけないと思った義賊は、娘を抱きしめたいという気持ちを必死に抑えて娘の身体を自分から引き離す。


『何を馬鹿な事を言ってるんだい。君はガルバ家の跡継ぎだ。俺なんかと一緒に居てはいけないよ』


『でも、でも…私はあなたの事が…す』


『はは、俺は君が呼べばいつでもここにやって来る。そして、いつでも君を助けてあげるよ。だから我儘を言っちゃいけないよ』


『なら…せめて』


 娘は目を閉じてキスをねだる。だが、人差し指を娘の唇に押し当て『それは俺じゃなくて未来の旦那様の為にとっておきな』と言い残し、別れを告げてその場を去っていくのだった。


 ◇◇◇


 劇が終わり、幕が降りていく。暫く劇の余韻に浸っていた観客達だったが、観客の一人が拍手を始めたのに気づいた後は雪崩を打つように一斉に割れんばかりの拍手を始めた。ふと、左横を見るとソフィアとエミリアさんも立ち上がって大きな拍手を送っている。そして右横に居たクロードさんも立ち上がって拍手をしているが、よく見るとあのダンディーなクロードさんが号泣してるではないか。


「うう…素晴らしい。娘が助かって良かった。本当に良かった」


(たぶん、クロードさんは自分の子供と劇中の娘をシンクロさせているのだろう)


 今回の劇も人の心を打つ本当に素晴らしい劇だった。いつまでも止まらない観客の万雷の拍手の中、俺は目を瞑り心の中でそう思うのであった。

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