第88話 男の美学と赤い巨人
ガベル迷宮の10階層の中ボス、エルダーオーガを俺の右ストレートで屠った後、俺達は一旦ガベル迷宮を出て手頃なレストランで昼食を取っていた。
「フミトったら、たまにどこを目指してるのかわからない時があるわよね」
「あのねぇ、ソフィア。『男には自分の世界がある』のさ」
「そうですぞ、ソフィア様。例えるなら男の美学ってやつですな」
「ふーん、あたしにはまだわからないけどフミトやクロードがそこまで言うのなら分かるように努力するわ」
「私は何となく分かるような気がします」
おっ、エミリアさんは少し分かってくれているみたいだな。
「ところで、フミト殿。午後はどうしますか?」
「時間もありそうだし、皆が疲れてなければ20階層まで行っちゃいましょうか」
「あたしは大事なパートナーのフミトに付いて行くだけよ」
「私もフミトさんに貢献しなくちゃいけないので付いていきます」
「もちろん私もお供させて頂きますぞ」
パーティーとしての信頼感がどんどん増してきてるし、本当に良いパーティーだ。しかも皆それぞれ特徴があって強いし、そんじょそこらの魔物や冒険者パーティーに遅れを取るなんて全く考えられないね。
「あっ、そうだ。クロードさんとエミリアさんにこれを渡しておくね」
俺はアイテムボックスから〈シントウの実〉を取り出し、クロードさんとエミリアさんにそれぞれ200個渡す。前にソフィアにも200個渡してるから残りは400個くらいかな。残り少なくなってきたら拠点に帰ってアーク神様にお願いすればまた実らせてくれるだろう。
「これは何の実ですかな?」
「詳しくは言えないんですけど、HPとMPを大きく回復させてくれる木の実です。ソフィアには既に渡してあるのでクロードさんとエミリアさんも使ってください」
「わあ、フミトさんありがとうございます」
「宜しいのですかな。ありがたく使わさせて頂きます」
これで皆のHPとMPの補給の心配はなさそうだな。俺の場合は両方とも自動回復出来ちゃうから減ってもすぐに補充されて常に満タンなんだよね。
食後の休憩も済んだのでそろそろ午後の部に向かおう。あまり休憩を長く取りすぎると気持ちが緩んでしまうからな。
「休憩も済んだし、また迷宮に潜りましょう」
俺の掛け声でパーティーの仲間たちは再度ガベル迷宮に向かっていく。今度は20階層のボスが目標だ。俺達の速度なら夕方までには余裕でクリア出来るだろう。
入口横の転移魔法陣の上に乗り、記憶した10階層下の場所まで転移する。スタート前にもう一度装備の確認や各々の役割を話し合い、後は一気に20階層まで行くだけだ。エミリアさんに補助魔法を掛けてもらい後はスタートの号令だけだ。
「ソフィアがスタートの号令を掛けていいよ」
「あたしが言ってもいいの?」
「ああ、頼むよ」
統率スキルのレベルを上げる為に、ここはソフィアにリーダー役をやらせてあげる。後でエミリアさんにもリーダー役をやってもらうつもりだ。
「じゃあ、みんな行くわよ!」
「「「おー!」」」
迷宮内を飛ぶように駆け抜けていく俺達。途中で会敵した魔物はほぼ瞬殺。倒したそばから素材として使えそうな魔物はアイテムボックスに放り込んでいく。俺のアイテムボックスやマジックバッグは無限に物が入るので持ち運びに困る事もないしね。
そして、14階層を走っていた時にマルチマップに紫の点が写った。隠し部屋に宝箱があるようだ。
「皆ストップして。隠し部屋と宝箱が見つかったから」
俺の指示で皆がその場に立ち止まる。皆の顔を眺めると誰も息を切らせていないし余裕の顔をしている。
「フミト殿。周りは壁しかなさそうですがどこに隠し部屋があるのでしょう?」
「ちょっと待って下さい。クロードさん、ここにあります」
俺は前方の壁を指差す。
「クロード、フミトの索敵や探索は百発百中よ。この壁のどこかに隠し部屋の扉を開けるスイッチがあるはずだわ」
ソフィアはそう言うと壁を調べだした。突起の先端を押したり、岩壁からせり出してる石を手で掴んで握ったり擦ったりしている。すると、そのうちの一つが当たりだったのか隠し部屋の扉が反応して開き、隠し部屋が俺達の前に姿を現した。
「ほう、フミト殿のスキルがなければ普通に素通りしてたところですな」
「フミトさん凄いですね。私には普通の壁にしか見えませんでした」
隠し部屋の中央には低階層には珍しく金の宝箱が鎮座していた。ここは運の値が高く罠無効化のスキルを持つ俺の出番だな。
「俺が宝箱を開けるよ」
金の宝箱まで歩いていき無造作に宝箱の蓋を開ける。罠が設置されていたみたいだが俺のスキルでその罠は相殺されたようだ。
「おっ、マジックバッグだ!」
金の宝箱の中に入っていたのはピカピカの新品のマジックバッグだった。
「宝箱にマジックバッグが入ってたなんて、やったじゃないフミト!」
「しかも、鑑定の結果だとマジックバッグ(大)ですな」
マジックバッグ(大)の需要は高く引く手あまたなので、冒険者のみならず商人がこぞって欲しがる。
「これ、どうします? クロードさんとエミリアさんの持っているマジックバッグも(大)でしたよね。古いのを売りに出してこれを使ったらどうですか?」
「私のマジックバッグは昔に私の妻からプレゼントされたものなのです。なので、私は遠慮しておきます」
「そういう事ならこのマジックバッグはエミリアさんの物にしましょう」
「えっ、フミトさんが見つけた宝箱から出てきたマジックバッグを私にプレゼントしてくれるのですか!」
「うん、そういう事になるのかな」
「ありがとうございます。肌身離さずにずっと使いますね!」
エミリアさんのテンションの高さが気になるが、ここはスルーしておこう。そういう訳で、このマジックバッグはエミリアさんの物になる事が決まった。もの凄く喜んで貰えたので、俺も隠し部屋を見つけた甲斐があったというものだ。
「フミト殿と一緒だと、迷宮は戦いの場だけでなく探検探索の意味合いが強くなりますので面白く感じますな」
「クロードさんにそう言ってもらえるとスキル冥利に尽きますね」
隠し部屋と宝箱を見つけた俺達はその場を後にして、再び下層を目指して迷宮を駆け抜けていく。たまに出てくる魔物のゴブリン種やオーク種を見つけるとソフィアとエミリアさんから強烈な魔法と矢の攻撃が飛んでいってすぐに瞬殺だ。もし、俺が生まれ変わったとしてもゴブリンやオークにだけはなりたくないね。
20階層に降り、その階層の魔物を倒しながら中ボス部屋に向かう。今度のボスはどんな相手なんだろうか?
中ボス部屋の前に到着すると、冒険者達が2組いてボス待ちをしていた。丁度そのうちの1組がこれからボス部屋に向かうところだったが、表情を見る限り余裕が感じられたので突破出来そうだな。まだ俺達の番が来るまで時間がありそうだから、クロードさんにこの階層の中ボス情報でも聞いておくか。
「クロードさん、この階層のボスはどんな魔物なんですか?」
「巨人のトロールですな。知能は低いですが、力が強く防御力も高いので攻撃力の低いパーティーには厄介な魔物です。ただ動きが遅いので、攻撃を避けながら少しずつ削っていけばこの階層レベルの冒険者なら勝てる相手です。あと極稀にですが、赤い身体のトロール変異種が出現すると言われています。もしこれが出てくると、この階層レベルの冒険者パーティーには非常に困難な相手になろうかと」
「へー、トロール変異種なんてものがこの階層の中ボスで出てくる事があるんですか。そんなのに当たる冒険者は運が良いのか悪いのかわからないですね」
俺とクロードさんが話していると、さっき中ボス部屋に入った冒険者がクリアしたようでボス部屋の入り口の扉が開き始めた。
次に中ボスに挑むパーティーは、メンバー5人のうち男が1人に女が4人の偏った編成のパーティーだ。なぜか迷宮内なのにメイドの格好をした娘や背の低い少女っぽい娘。ビキニアーマーの女剣士と、どこかふわふわとした雰囲気のローブを着た魔法職の女の子。中ボス部屋に入る前に、男が少女っぽい女の子をからかいながら頭をワシャワシャと撫でている。
彼らを見ていたら、その男と視線が合ってしまった。その男は白い歯を出して笑いながら女の子達と一緒に中ボス部屋に入っていった。何となく憎めない奴だ。うん、彼らの健闘を祈ろう。
15分程経っただろうか、俺達の目の前のボス部屋に通じる扉がゆっくりと開き始めた。さっきのハーレムパーティーは相当な実力があるんだな。
「ようやく俺達の番が来たね。それじゃ、ボス部屋に入るとしますか」
「「「おー!」」」
俺達4人は揃ってボス部屋に入っていく。中ボス部屋の中央を見ると赤い身体の大きな巨人が俺達を睨みつけていた。
「あっ、もしかして当たりを引いちゃったかも…」
「ははは、フミト殿は強運の持ち主ですな」
「本当よね」
「フミトさん凄いです!」
「また殴って倒してもいいかな?」
「駄目よ、真面目にやりなさい」
「2回続けてはズルいですぞ」
「今度は皆で戦いたいです!」
「はーい」
そして、俺達は4人で協力して赤い巨人をやっつけた。宝箱が出現したが、銀色の宝箱で中身はプレートメイルで俺達には不要だったので俺が預かって後で売る事にした。
赤い巨人を回収した後、転移魔法陣に登録してようやく今日の迷宮探索はこれで終了だ。今日1日でエミリアさんのレベルは3つ上がった。良かった良かった。
「さあ、帰りましょう」
俺達はガベル迷宮を後にして宿に戻るのだった。
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