第87話 『打つべし!』
王都の冒険者ギルドのギルドマスターと、クロードさんの紹介で知り合いになった俺は、小手調べとばかりに王都の迷宮に潜る為に城門に向かっているところだ。
依頼を受けてから行く事も考えたが、10階層のボスは常時素材募集依頼の対象なので、事後でも構わないだろうという判断でそのまま行く事にした。
「クロードさん、王都の迷宮ってどんな感じなんですか?」
「王都にある迷宮はガベルの迷宮と呼ばれていて、未だに踏破された事がない前人未到の迷宮なのです。今までの最高到達階層は69階層と言われていて、過去に冒険者が69階層の壁を破ろうとしましたが断念しているようですな」
「69階層ってボスの前の階層ですよね。何でそんな所で足踏みしてるんですか?」
「何かの障害があって、それに行く手を阻まれてると聞いてますな」
障害か…どんなものなんだろうか。
まあ、俺達は当面そこまで行く予定はないしな。
「フミトが居るからあたし達なら突破出来るんじゃない?」
「私もフミトさんに期待してます!」
「あのねぇ、二人とも勝手にハードルを上げないでくれよ…汗」
「ははは、男はいつでも期待されるので辛いですな」
全く…冒険者の猛者たちが突破出来ていないのだから、いくら俺でもそう簡単に突破出来るはずないじゃん。たぶん、特別な何かを持っている人がそこを突破出来るんだろうな。やれやれ、平凡な俺に期待されても困っちゃうよ。
城壁に作られた城門に到着すると、周りはガベルの迷宮に向かう冒険者が大勢集まっていた。俺からすれば、どの冒険者もぱっと見は強そうに見えるのは相変わらずだが、それでも最近は鑑定眼を使わずとも雰囲気で強さがある程度わかるようになってきている。
見かけの装備と強さが一致している冒険者が多数派だが、たまに俺のように地味っぽい装備の人の中に強い人がちらほら居るんだよね。そういう人とは何となく気が合いそうだ。
城門で外出手続きをしてガベル迷宮に向かう。遠くに建物が見えているが、あれがガベル迷宮の入り口だろう。同じ方向に冒険者達が歩いて行くから間違いない。建物の入り口横には衛兵の詰所があって、そこを通り過ぎてようやく建物の中に入る事が出来た。
「この迷宮の入り口はあそこです」
クロードさんが指差した先には下へ降りる大きな入り口があって、その横には大きな転移魔法陣が描かれていた。ほとんどの人達は転移魔法陣に乗って迷宮の中に入っていくようだが、駆け出しの冒険者などは直接入り口から入っていく。
「私は以前来た時に40階層まで記憶しておりますが、フミト殿はこの迷宮は初めてなので最初からお付き合いさせて頂きます」
「じゃあ、油断せずに迅速に進むとしますか。それじゃ行くぞー!」
「「「おー!」」」
俺達は大きく口を開けた入り口から一歩を踏み出し階段を降りていく。そして最初の1階層に降り立った。
「フミト殿、迷宮を進む前にエミリアの補助魔法を受けておきましょう」
「へー、エミリアさんの補助魔法ってどんなものなんですか?」
「私の補助魔法は精霊補助魔法の《身体強化》や《魔力強化》などです。他にもありますのでフミトさんが指示を出してくれたらいつでも補助魔法でいっぱい貢献出来ます」
「エミリアさんって《身体強化》や《魔力強化》の補助魔法が使えるのか。これは便利だね」
「そうなのよフミト。エミリアはエルフ族でも珍しい補助魔法の使い手なの」
「フミト殿。補助魔法の使い手のエミリアは貴重な存在なのです」
「私、褒められると照れちゃいます。えへへ」
魔法が普通に存在するこの世界でも補助魔法使いはなかなか居ない。猫も杓子も簡単に補助魔法が使える訳ではないらしい。そういえば、俺も補助魔法は覚えていないもんな。そういうのは装備の付与で補うのがこの世界では一般的っぽいね。
「なら、試しに俺に掛けてくれるかな」
「はい。精霊よ! 私に力を貸して!」
俺の身体が青っぽい光で包まれる。すると、身体能力が上がったのを実際に感じられるくらいに力が漲ってきた。試しにその場からダッシュしてみると今までよりもっと速く走る事が出来た。
「これは凄いね。エミリアさんありがとう」
「私の一回の魔法でかなりの時間は効果が持つと思います」
後でMPポーションをエミリアさんにいっぱい渡しておいた方がいいな。
継続して補助をかけて貰えば凄く楽になるぞ。
クロードさんもソフィアも、エミリアさんに補助魔法を掛けてもらい準備は万端になったので一気に1階層を駆け抜ける。事前に打ち合わせをした通りに会敵した魔物だけ倒してどんどん進んでいく。マルチマップスキルのある俺がパーティーの先導役だ。宝箱が見つかった場合にだけ進行を中断する手筈だが、低階層ではその可能性も低いのでほぼノンストップで進む。
「そこの角を曲がると2階層へ降りる階段が見えてくるよ」
俺の言葉通りに角を曲がると階段の入り口が姿を現した。
「フミト、あっという間に着いてしまったわね。ダリム迷宮の時よりも早かったんじゃないかしら」
「ああ、体感的にあの時よりもかなり速かった。これも補助魔法で身体能力が上がっているおかげだな。エミリアさんに感謝しないといけないや」
「そんな…私は補助をしただけです。フミトさんの正確な道案内があってこその速さだと思います」
「エミリアの補助魔法の効力は私も当然把握していますが、それ以上にフミト殿の正確な探索の能力は想像を絶する凄さですな。これなら初見の迷宮でもわざわざ迷宮地図を用意しなくても進めますな」
確かに俺のマルチマップスキルは迷宮との相性が抜群に良い。地図の重要性は誰しもがわかってるだけに、迷宮の地形や魔物の位置が事前に分かるのは大きなアドバンテージになるからね。
その後も順調に進みすぐに5階層まで来る事が出来た。6階層に降りる途中で転移魔法陣に登録しておく。昼になるまでまだ時間があるので、相談した結果このまま一気に10階層まで行ってしまおうという結論になった。
「お昼御飯は少し遅くなるけど、その方がキリが良いからね」
時々エミリアさんに補助魔法を掛けてもらいながらゴリゴリと進んでいく。たまに冒険者達とも遭遇するが、隠密スキルに加えて俺達の速度が速いのでほとんど認識されていないだろう。移動する際も会敵した魔物は全て残らずに倒しているし、魔物のヘイトを集めないようにしているから、魔物を引き連れて押し付ける事もない。
そうこうしてるうちに10階層もクリアして中ボスの部屋前に到着だ。幸いな事に他の冒険者はおらず、順番待ちの必要がないのはありがたい。
「10階層のボスは何ですか?」
「確か、エルダーオーガだったと思います。HP及び攻撃力と防御力が高いので剣主体の駆け出し冒険者のパーティーだと結構手こずるかと。ただ、魔法には弱いので攻撃魔法職が居るパーティーならば難なくクリア出来ますな。剣主体のパーティーでも臨時に攻撃魔法職を雇ってクリアしているようです」
へー、臨時に魔法職を雇うなんて面白いやり方だな。俺もアルバイトで小遣い稼ぎが出来そうだ。さて、どうしようかな…魔法だとあっさり終わってしまいそうだし、この階層の中ボスなら拳で殴って倒したいな。
「あの…お願いがあるんだけど。俺、中ボスのエルダーオーガと1対1で戦ってみたいんだよね。いいかな?」
「魔法で一気に倒すという事ですかな?」
「フミトの魔法なら一撃で倒しちゃうだろうし、あたしは構わないわよ」
「私はフミトさんにお任せします」
「で、出来るだけ一撃で倒せるようにガンバリマス」
何だか皆は勘違いしてるようだけど…まあ、いっか。
「中ボス部屋に行きますよ」
4人揃って中ボス部屋の中に入ると自動的に後ろの扉が閉まった。部屋の中央には紫色の身体を持った大きな体格のエルダーオーガが仁王立ちしておりこちらを睨みつけている。
「フミト、サクッとやっちゃって!」
よーし、俺の本気のパンチを見せてやる!
「うぉおおおおおおおおおおおおお」
俺が雄叫びをあげながら全力で走っていく姿を見てあっけにとられる後ろの3人。
ふっ、男は時にロマンを追い求める生き物なんだよ。
速度が頂点に達した瞬間、俺は全体重を右の拳に乗せてエルダーオーガの顔面を目掛け全力の右ストレートを放つ。エルダーオーガの方もまさか殴りかかって来るとは思っていなかったのか顔面ががら空きだ!
『打つべし!』
『ドゴォォオオオーーーーーーーーン!』
俺の右ストレートが顔面を捉える。拳がエルダーオーガの顔面にめり込み、顔の骨が砕ける感触が手に伝わってきた。俺のパンチの衝撃によってエルダーオーガは身体ごと壁に向かって吹っ飛んでいく。凄い速度で壁にぶち当たったエルダーオーガはその場で次第に体勢が崩れ落ちていった。マルチマップを確認すると魔物を示す赤い点は既に消えていた。
後ろを振り向き3人に向かってにこりと笑いかけると、3人とも『やれやれ』ポーズで引きつった笑いをしていた。銀色の宝箱が出たので開けてみると中には大金貨が3枚入っていたよ。
「まさか殴って倒すなんて…フミトったら何考えてるの!?」
「格闘術スキルの検証を兼ねて一度やってみたかったんだよ。全力のパンチが格闘術スキルによってどれくらいの威力になるのか確かめたかったんだ」
「全く…呆れて物も言えないわ」
「私も驚いちゃいました」
「フミト殿、見事な右ストレートでしたぞ」
嗚呼、クロードさんは男のロマンを分かってくれている。嬉しい。
「さあ、エルダーオーガを回収して迷宮を出て昼食を食べに行きましょう」
俺達は10階層のボスであるエルダーオーガを俺の右ストレートで倒し、転移魔法陣に登録して迷宮を後にしたのだった。
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