第86話 ダーティバリー

 翌日の朝が来た。


 昨日は王立芸術院にお邪魔して、アンジェラの紹介状の相手の芸術院長のフィリップさんと、アンジェラの友人で芸術院講師のルッツ君と会う事が出来た。

 なぜか二人に俺の描いた絵を見せる羽目になり、その絵を見た二人から大絶賛されてしまうという予想外のハプニングもあったっけ。


 ついでにフィリップさんの肖像画を描いたら絶賛されるというおまけ付きだしさ。


 そもそも俺の芸術センスがどうなのか、俺自身もまるで分かっていないので、芸術のプロである二人に絶賛されても狐につままれたような感覚だ。

 そして、あれよあれよという間にフィリップ芸術院長の頼みで、ある人物とやらの肖像画まで描く事になってしまったのである。肖像画を描く期日が決まったら事前に俺に連絡を寄越すらしいので、宿から出て街に出歩いていても大丈夫だろう。


 もう、なるようになれだな…


 さて、今日の予定は王都の冒険者ギルドに行ってみるつもりだ。せっかく王都まで来たのだから冒険者ギルドの雰囲気も味わいたいしね。エミリアさんのレベル上げもしなくちゃいけないし、出来れば今日は王都の迷宮に軽く潜る予定だ。


 あと、忘れちゃいけない事がある。今、王都ではあのアモーレ劇団が公演中なんだよね。そのうち劇団に顔を出すつもりだけどサラちゃんは元気にしてるかな?


 自室のベッドルームを出て中央の部屋に行くと、珍しくソフィアが早起きをして先に部屋で寛いでいた。どういう風の吹き回しだ?


「おはようソフィア。今朝はどうしたんだ? ソフィアがこんなに早起きするなんて何かが起こる前兆じゃないよな」


「おはよう。あのねー、あたしだってたまには早起きくらいするわよ。フミトの言い方だとまるでいつもあたしが寝坊ばかりしてるように聞こえるんだけど」


「でも、実際いつも遅いよね?」


「た、確かにそうだけど…そんな事一々言わなくてもいいのよ!」


「ははは、ごめんごめん」


 クロードさんのベッドルームのドアが開き、いつものダンディーな姿のクロードさんが姿を現した。


「おはようございます。ソフィア様、フミト殿。朝からお二人でコント劇ですかな?」


「べ、別にコント劇をやっているつもりはないんですけど…汗」

「そうよ、クロードは失礼ね! 真面目に話しているつもりなのになぜかそうなっちゃうだけよ」


「うぷぷ、そういう事にしておきましょう」


「おはようございます。すみません遅くなりまして」


 エミリアさんも起きてきたようだ。


「エミリアさん、謝る事なんてないよ。今朝はたまたま俺達が早く起きただけだからね」


「フミトさんはそういうところが優しくて好きです」


「ありがとう」


 さて、全員揃った事だし今日の予定の確認をしておこうかな。


「今日は皆で王都の冒険者ギルドに行く予定で間違いないよね」


「ええ、その通りです。フミト殿が王都の冒険者ギルドの雰囲気を確かめるのと、時間が許せば迷宮も少し行ってみたいですな」


「わかりました。小手調べに10階層くらいまで行ってみましょう。最近は模擬戦以外は戦っていないので魔物との戦闘を忘れそうですからね。あと、4人の連携を確かめたいし」


 皆が揃ったので準備を整えて下の階に降り、軽い朝食を取って冒険者ギルド向かう。今日は冒険者としてのフル装備だ。クロードさんの装備は漆黒で揃えてあって格好良いんだよな。いつもよりダンディー度が跳ね上がっているぜ。


 宿を出て循環馬車の停車場に行き、少し待っていると冒険者ギルドを通る馬車がやって来たのでそれに乗り込む。先客の冒険者パーティーが4人居たので軽く挨拶をした。俺達と同じ男2人に女2人のパーティーだ。男女比が同数のパーティーって結構割合が高いんだよね。普段着だったらグループ交際のカップルにも見えなくもない。


 そんな事を考えながら馬車に乗っていたら、あっという間に冒険者ギルド前の停車場に到着した。城壁のそばにある大きな建物が冒険者ギルドだ。


「この前も見たけど王都の冒険者ギルドは大きいですね」


「王都は人口も多いし、迷宮もあるので多くの冒険者が集まるのですよ。依頼も多いですからな」


 大きな玄関扉を通りギルドの中に入っていくと、大勢の冒険者がそこかしこに居て熱気が伝わってくるようだ。小さな街のギルドなら誰かが入り口から入ってくると中の冒険者の視線が向くのだが、これだけ大きいギルドだと皆それぞれ無関心でそういった視線は飛んでこない。


「フミト殿、王都の冒険者ギルドのギルドマスターは私の知り合いなので挨拶をしに行きましょう。実はこの前も私が用事で出かけた時にギルドマスターとは会っているんですよ」


「えっ、クロードさんは王都のギルドマスターと知り合いなんですか?」

「あたしも初めて聞いたわよ。クロードってあちこちに知り合いがいるのね」


「ええ、長く生きているとそういった知り合いが出来るもんなんですよ」


 このおっさん恐るべし。絶対に敵に回しちゃ駄目なタイプだな。


 俺達は関係者以外立ち入り禁止の立て札が置かれている通路に行き、事務室のような部屋の中に居た職員にクロードさんがギルドカードを提示しながら話しかけると、その事務員は「承りました」と言って事務室の奥にある扉に向かっていった。


 暫く待っているとその事務員さんが戻ってきて「ギルドマスターの部屋へ案内します」と言って俺達を先導して歩いていく。そして部屋の中に入ると既に椅子から立ち上がっていた老人の姿があった。


「よお、クロードの旦那。いってえどうしたんだい? この前会ったばかりじゃねーか」


「やあ、バリー。今日は私の今のパーティーの仲間を紹介しに来たんだよ」


 バリーと呼ばれたギルドマスターはべらんめえ口調で背が高く、白髪頭の結構いい歳の老人だ。だが、若い頃は西部劇に出てくるような、カウボーイハットが似合いそうで苦み走った渋い男だったと思えるような面影が残っていた。


「そうかい、この前会った時は時間もなかったんで挨拶だけだったが申し訳ねえ。あんたの昔の仲間はエルフのあの人以外は死んじまったからな」


「バリー、とりあえず先に紹介しておこう。こちらに居るのがフミト殿、ソフィア殿、そしてエミリアだ」


「へー、この3人が今のあんたのパーティーメンバーかい。3人共よろしくな。俺が王都の冒険者ギルドのギルドマスターのバリーだ。俺は弱い庶民に威張り散らしたり悪さをする冒険者には容赦がなくて汚れ役も引き受けてる。口の悪い冒険者連中は俺の事をダーティバリーって言ってるようだが俺は気にしちゃいないぜ!」


「バリーさん、俺はフミトです。よろしくお願いします」

「あたしはソフィアよ。よろしくね」

「私はエミリアと申します。よろしくお願いします」


「おう、3人とも気の良さそうな連中じゃねーか。昔の俺は道を踏み外しそうになった時にクロードの旦那に大変世話になったんだよ。だから恩人のクロードの旦那の仲間は俺の身内みたいなものさ。気兼ねなく接してくんな。何か困った事があったらいつでも相談に乗るし、俺の方で困った事があったら何かしら頼むかもしれんからその時はよろしく頼むぜ」


 最初は怖そうな感じだったけど、話して見ると確かに口は悪いが面倒見の良さそうな親分肌のギルドマスターのようだ。王都の冒険者ギルドを束ねるのだから、これくらい強烈な個性のキャラじゃないと務まらないのかもな。


 いきなり迫力満点のギルドマスターと話す機会に恵まれたが、元の世界の時の俺だったらビビっておしっこ漏らしてたかもね…汗


 俺達はそんなギルドマスターに見送られながら王都の迷宮を目指すのだった。

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