第85話 王立芸術院
今日も目覚めの良い朝だ。昨日で約束した3人の絵を完成させたので今日から俺はフリーの身になった。
ソフィア達と王都の街を観光しようかと思ったけど、先にアンジェラに紹介された人達を訪問する事にした。こういうのは忘れない内に済ませておかないと、急に忙しくなったりして結局行けなくなる場合が多いからな。もしそうなったら、せっかく紹介状を書いてくれたアンジェラにも申し訳ないしね。
無言で出かけるとソフィアにまたブツブツと言われそうなので、今日はソフィアが起きてくるまで待っている事にした。気遣いって結構大変だよね!
クロードさんとエミリアさんは既に起きてモーニングティーを飲んでいる。
「フミト殿、昨日はありがとうございました。このクロード、あの絵は我が家の家宝に致しますぞ」
「私も家宝にします。私をあんなに綺麗に描いてくれて感激しました。私もエルヴィスに戻った時には父と母に自慢しちゃいます!」
「いや、二人とも大げさすぎますよ。俺が描いた絵ですよ。この平凡な俺が描いた絵なんですから、そんなに褒められても正直困っちゃいますよ…汗」
「フミト殿、たまには自分の才能を素直に誇っても良いのですぞ」
「そうよ、フミトはあたしのパートナーで凄いんだから。あたしが保証するわよ」
後ろから声がしたと思ったらソフィアの声だった。
「起きたのかソフィア。おはよう」
「おはようフミト」
「じゃあ、俺は出掛けるから。俺、ソフィアが起きるのを待ってたんだよ。後はよろしくな!」
「ちょっ、ちょっとフミト! ねえ、もう出掛けちゃうの!?」
「ああ、ソフィアの顔を見れたから出掛けるね」
「もう、それって喜んでいいんだかわからないじゃないのよ!」
部屋のドアを開けて廊下に出て歩きながら考えたが、一応ソフィアとも朝のおはようの挨拶は出来たし、お互いの元気な顔も確認したし何も問題はないよな。うん、大丈夫なはずだ。
さあ、今日の予定は王立芸術院にお邪魔して、アンジェラの先生だった人と同期で講師をしている友人に会わなくちゃな。さて、どんな人なんだろうか?
マルチマップスキルで王立芸術院の場所を確認してルートナビ機能に従って歩いていく。循環馬車でも行けるけど、ちょっと遠回りになるから歩きでもそんなに時間は変わらなそうだ。
相変わらず、王都は朝早くからでも人通りが多い。朝の通勤ラッシュってところかな。住み込みで働いている人もいれば、住んでいる家は別で通いで働いている人もいるからね。
そんなこんなで、周りに大きな建物が並んでいる地域にやってきた。どうやら王立芸術院はこの先にあるようだ。すると、芸術的な装飾で飾られている門柱のある建物が見えてきた。たぶん、これが王立芸術院だろう。
門の脇に守衛さんが居そうな小さな建物があったので、そこに向かいドアをノックすると中から制服を着たそれっぽい人が姿を現した。
「何か御用ですか?」
「あの、ここはもしかして王立芸術院ですか?」
「ええ、そうですよ。ここが王立芸術院で間違いありません。ところで、あなたは生徒さんや研究員の方ではなさそうだし、ここに来るのは初めてかな?」
「そうです。生徒でも何でもないのですが、ある人物に紹介状を書いてもらってここの先生と友人を訪ねてみてくれって薦められたので来ました。俺はフミトと言います。これが紹介状です」
俺はアンジェラから渡された紹介状を守衛さんに手渡す。
「そうですか。では、紹介状を拝見させて頂きます」
そう言って俺から手渡された紹介状の封を開け、広げて確認をしていた守衛さんだったが、見る見るうちに緊張した面持ちになって真剣に紹介状を読み始めた。
「これは…あの10年に1人の逸材と言われたアンジェラさんの紹介状。しかも紹介先の人物はこの芸術院の院長様と、アンジェラさんと同じく逸材と評されたルッツ講師殿宛ですな!」
えっ、先生とは聞いていたけど…まさかの芸術院長かよ。しかも、もう一人の友人とやらも何だか凄そうな人物だし。てか、アンジェラって首席卒業とは知っていたけどそんなに凄い人だったんだな。もしかして俺って場違いなのではないのか?
「フミト殿、こちらへどうぞ」
俺は守衛さんと一緒に門の中に入り、大きな庭を進んで建物の玄関に向かった。そこで入口横の受付と見られる窓口に守衛さんが紹介状を見せて、俺の来訪を説明してくれたようだ。受付の中から女性の事務員と思われる人が出てきて、俺にお辞儀をしながら挨拶をしてきた。
「ようこそ、王立芸術院へ。ここから先は私が案内しますので付いてきてください」
そう言った後、受付の中に居たもう一人の事務員に「ルッツ殿を院長室へ呼んできて頂戴」と指示して「それでは行きましょうか」と俺を先導して歩き出した。
何だか訳がわからない内に院長室に案内されてしまうなんてどうなってんだ?
女性事務員に先導されて階段を上がっていく。院長室は3階にあるみたいだな。突き当りの大きな扉の前に立ち、女性事務員がノックをして用を告げると部屋の中から男の声で「どうぞ入りなさい」という声が聞こえてきた。
女性事務員が扉を開けると、奥の大きな執務机の向こうに壮年の見るからに気品がある男性がこちらに顔を向けている。女性事務員さんが紹介状を持って院長さんに近づきそれを手渡した。暫くその紹介状を眺めていた院長だったが、読み終えて顔を上げるとよく通るバリトンボイスで俺の来訪を歓迎してくれた。
「フミト君、ようこそ王立芸術院へ。私が院長のウィリアムです」
「俺は冒険者のフミトと言います。オルノバの街でアンジェラさんと知り合いになり、初めて王都に行くのなら芸術院を訪ねてみてはどうかと紹介状を書いてもらいました。アンジェラからは先生とだけしか聞いていなかったので、まさか紹介状に書かれていた人物が芸術院の院長だったとは思わなくてとても驚いています」
「ははは、アンジェラ君は相変わらずだな。まあ、彼女らしいとも言えるか。確かにアンジェラ君の先生というのは間違ってはいません。私は特別講師としてもアンジェラ君を指導しましたからな」
「そうだったのですか……詳しく聞いておけば良かった」
「まあ、先生という点ではアンジェラ君の言った事は何も間違っていないのでフミト君も気を楽にしてくれたまえ」
俺とフィリップ芸術院長はお互いに手を差し出して握手をする。院長の手は大きくて暖かく力強かった。院長と握手を交わし手を離したタイミングで後ろのドアがバーンという音と共に開き、一人の男がそのまま転がるように部屋の中に飛び込んできた。
「ルッツです! 急に呼び出されたんですけど何事ですか!?」
転がるように部屋の中に入ってきたのはちょっと頼りなげに見える金髪の青年だった。
「おいおい、ルッツ君。せめてノックくらいしたらどうかね。しかし、いつも君はそんな感じだな。それよりもアンジェラ君の紹介で我が王立芸術院を訪れてくれたフミト君だ。彼に挨拶を」
「これはどうもすみません。ルッツと申します。王立芸術院で講師をしています」
「ははは、彼は慌てん坊でね。何かに集中すると周りが見えなくなってしまう事があるんだ。だが、ルッツ君はとても好青年で才能もあって期待の星なんだよ」
あー、わかるよ。ちょっと変わってるけど心は素直な人って居るからね。いかにも芸術家っぽいタイプなんだろう。
「いえ、俺はそんな事は気にしませんよ。俺はフミトと言います。ルッツ君どうかよろしく」
俺とルッツ君もお互いに握手を交わす。
「さて、お互いに挨拶も交わしたしそろそろ本題に移ろうか。先程見たアンジェラ君の紹介状ではフミト君を凄く高く評価しているんだよ。いや、絶賛してると言ってもいい。彼の芸術の才能は私を軽く上回っているとね。本当かいフミト君」
「えっ、アンジェラの紹介状にはそんな事が書かれていたんですか?」
「そうだ。君も紹介状の中身を見てみたらどうだい?」
フィリップさんに紹介状を渡され中身を読んでみると、確かにそんな事が書かれていた。アンジェラはいくら何でも俺を持ち上げすぎじゃないか?
「確かにそう書かれてますねぇ…汗。でも、俺は最近絵を描き始めたばかりなので、アンジェラにこんなに評価してもらって正直戸惑っています」
「そうだ、フミト君。何か君の手掛けた作品を持っていないかね?」
「俺の手掛けた作品ですか?」
今、手元にあるのは…練習で描いたアンジェラの絵が数枚くらいかな。
「一応ありますけど…笑わないでくださいよ」
俺はマジックバッグからアンジェラを描いた絵を取り出してフィリップさんとルッツ君に見せてあげた。二人はそれぞれアンジェラが描かれた紙を手に持ちその絵をじっと眺めている。
「こ、これ程とは! アンジェラ君が生き生きとしている」
「す、素晴らしい!」
えっ、何か二人とも俺の絵を見て感動してるんだけど…
芸術スキルを取得した時に技法とか知識が俺のものになったけど、経験的には素人に毛が生えたようなもんだぞ。もしかして二人に騙されてるんじゃないよね?
暫く俺の絵を眺めていた二人だったが、ようやくその絵をテーブルの上に置いた。
「フミト君、君の才能は本物だ。こんな素晴らしい絵は滅多にお目にかかれない。アンジェラ君の紹介状に書かれていた事は本当だったんだな」
「僕も同感です。心が絵に自然と引き込まれてしまいました。この絵は凄いですよ」
おいおい、どうしちゃったんだよ二人とも。そんな事を言われた俺の方が困っちゃうんだけど。二人して俺をからかってる訳でもなさそうだしな。何だか狐につままれたような感じだ。
「フミト君、ちょっと試しに私の肖像画を描いてくれないか?」
「フィリップさんの肖像画ですか?」
「うん、顔だけでいいから今ここで君に頼みたいんだ」
「じゃあ、粗い仕上がりで良ければいいですよ」
俺はフィリップさんの顔の部分だけの肖像画を描いてみた。
短い時間で簡単に仕上げたので少し荒削りだけどね。
出来上がりを二人に見てもらう。
すると、俺の絵を眺めたフィリップさんが「これも素晴らしい!」とか、感嘆の声を上げながら何かを思いついたように俺に話しかけてきた。
「そうだ、もしかしたら今度こそ上手くいくかもしれないぞ。ところで、フミト君は王都は初めてだったよね。暫く王都に滞在する予定なのかね?」
「ええ、暫くの間は王都に滞在するつもりですけど…それが何か?」
「まだ、正式にはどうなるかわからないが、ひとつ頼まれ事を引き受けてくれないかな。実はある人物の肖像画を描いて欲しいのだよ。今まで多くの画家がその人物の肖像画を描いたのだがその人物はひとつとして納得してくれなくてね。アンジェラ君も何ヶ月か前にチャレンジしたのだが、その人物に納得してもらえなくてスランプになってしまったのだよ。いや、君には受ける自由もあるし、断る自由もあるので無理にとは言わないがね」
アンジェラのスランプの理由はこれだったのか。
どうしようかなと考えたが、描いた絵を納得してもらえなくても俺にはこの分野で失うものもないし、何事も経験かなと思い承諾することにした。
「俺なんかが描いていいのかな…その人物に俺が描いた絵を納得して貰えなくても構わないのなら別にいいですよ」
「本当かい!? フミト君に是非ともお願いしたい。日程が決まったら君に伝えたいので宿泊先を教えてもらえないだろうか」
俺はフィリップ院長に宿泊先を伝えると、フィリップ院長は俺の両手を掴んで握りしめ「今度こそは上手くいきそうだ。神よ感謝します」と呟いたのだった。
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