第84話 みんなの肖像画
モルガン商会に食品サンプルを届けて、そのついでと言っては何だが、なぜか商人ギルドで商人の登録までしてしまった俺は午後からの予定をこなす為に泊まっている宿まで帰ってきた。
宿に着き泊まっている部屋のドアを開けると、俺の目には丁度ソフィアがお菓子を食べている姿が飛び込んできた。
ソフィアのお菓子に対する姿勢はブレないな。
「ただいまー」
「ねえ、フミト。今朝はあたしの顔も見ないで先に出かけて行くなんてちょっと酷いんじゃないの?」
「あー、ごめんごめん。今朝は急いでいたからね。昨日作った食品サンプルを出来るだけ早くモルガン商会に届けたかったんだよ。だからソフィアが起きてくるのを待たずに出かけちゃったんだ」
「なら、行く前にあたしを起こしてくれても良かったんじゃないの」
「でもさ、せっかく寝ているのを無理やり起こすのもなんだしさ。それにレディーの寝起きの顔を見るのも悪いと思ってね」
「なに言ってるのよ。どうせ未来は同じ部屋のベッドで朝を迎えるんだし、あたしは寝起きの顔を見られても気にしないわよ」
「同じ部屋のベッド?」
「もう、そんな事は深く追及しなくていいのよ!」
「わかったよ。で、肖像画の方はどうする? 今から始めたいと思ってるんだけど」
「今すぐ始めるのなら、あたしも準備が必要かしら?」
「そうだな、服装くらいかな。俺としてはどんな服装でも構わないけど」
「出来るだけ綺麗に描いてもらいたいから着替えるわ」
そう言ってソフィアは自分のベッドルームに戻って行き、暫くすると着替えたソフィアがベッドルームから出てきた。
「これなんかどうかしら?」
ソフィアが俺に見せてきたのは舞踏会で着るような派手なドレスだった。
てか、そんなドレスを持ってきてたのかよ!
「別にそれでもいいけど、モデルはずっと座って動かないから楽な服装の方がいいんじゃないの」
「えー、わかったわよ。じゃあ、脱ぐから手伝ってよ」
「何で俺が手伝うんだよ?」
「だって雑に脱ぐと皺になっちゃうじゃない」
そう言いながら、その場で服を脱ぎだすソフィア。
やれやれ、全く困ったお嬢様だぜ。
「ここを持ってて」とか、言いながら俺の目の前で下着姿になりやがった。絶対わざとやってるよな。その証拠にチラチラと俺の顔を見てるし。じゃあ、俺も堂々と見てやろう。
俺が『じーっ』と見ていたら、ソフィアの方が堪りかねたのか、顔を真っ赤にしながら脱いだ服を抱えて自分のベッドルームに走っていった。
やった、俺の勝ちだ!
また暫くすると、今度は可愛らしい普段着に着替えてベッドルームから出てきた。やっぱり、俺の目からは普段の飾らないソフィアの方が数段可愛く見えるね。
「お、お待たせ。こ、これでどうかしら?」
「ああ、いいんじゃないか。とても可愛いよ」
ようやく、服も決まって次はモデルのポーズ決めだ。椅子に座ってもらって身体を少し斜めにしてもらい、顔だけをこちらに向けてもらうポーズに落ち着いた。しかし、改めてソフィアをじっくり眺めてみると綺麗で可愛い。王都にも綺麗な人や可愛い人は大勢見かけるけど、ソフィアはもっと特別な感じがする。灯台下暗しじゃないけど、いつも一緒に居るとわからないもんだね。
「それじゃ、そのまま出来るだけ動かないでね」
まあ、品評会に出す訳じゃないから俺の描きたいように描くだけだ。簡単な下書きをした後に下塗りをして絵具を塗り重ねていく。並列思考を使いながら、魔法で乾かしたり造形で絵具を伸ばしたりしてあとは自分の感性に従って作業をしていくだけだ。昨日の食品サンプル作りで俺の芸術スキルもレベルアップしているのでどんどん作業が進んでいく。これもオルノバの街でアンジェラと出会ったおかげだな。
「モデルがいいから筆がどんどん進むよ」
「もう、フミトったらお世辞が上手ね」
実際、ソフィアは絵のモデルとして申し分のない素材だ。描いている俺が時々見惚れるくらいだしな。
描き始めから5時間くらい経って、日が傾いた頃にようやく絵が出来上がった。
「もう描けちゃったの?」とソフィアに言われたが、描けて出来上がったのだから終了だ。こういう物は自分が納得すればいいのだよソフィア君。
筆を置いてキャンバスに描かれた絵を見直してみたが、我ながら良い出来だ。
フフフ、これこそまさに自画自賛ってやつだな。
「ソフィア、見てみるか?」
「あたしがもう見てもいいの?」
「どうぞどうぞ」
椅子から立ち上がったソフィアが俺の方に歩いてきてキャンバスを覗き込む。
「……………」
(あれれ、無言なんだけど…もしかして気に入らないのかな)
「これがあたし!? 凄く綺麗! フミトって最高だわ!」
「良かった…ダメ出しされるかと思ってヒヤヒヤしたよ」
「そんな事ある訳ないじゃない。こんな素晴らしい絵なのに」
俺とソフィアが絵を見ていると、ドアの開く音が聞こえてきてクロードさんとエミリアさんが部屋に戻ってきたようだ。
「ただいま帰りました。ソフィア様、フミト殿」
「遅くなって申し訳ありません。ただいま帰りました」
「丁度良かった。たった今ソフィアの肖像画が完成したばかりなんですよ。二人に単刀直入な評価をしてもらいたいんですけど」
「ほう、例の肖像画ですな。では、拝見させて頂きましょう」
「出来上がったのですか。見るのが楽しみですね」
二人にキャンバスに描かれたソフィアの肖像画を見てもらう。
「おー、これはお世辞抜きで素晴らしい出来栄えですな。まるで生き写しのようだ」
「本当ですね。絵の中のソフィア様が今にも喋りだしそうで絵の虜になりそうです」
マジか! この二人の評価ぶりなら第三者的にも結構良い出来なんだろうな。
「二人ともありがとう。何だか絵を描く事に自信が持てそうだよ」
「ところでフミト殿。こんな素晴らしい才能をいつの間に開花させたのですか?」
「王都レガリアに来る前に、オルノバの街で絵のモデルの依頼を受けたんですよ。その時に試しに依頼主の絵を描いていたら芸術のスキルを獲得したんです」
「なんと! 芸術スキルなんてレア中のレアスキルですぞ。歴史に名を残した芸術家だけが持っていたスキルじゃないですか」
「えっ、そうなんですか?」
「そうですとも。芸術家はそのスキルがなくても素晴らしい作品は作れますし何の問題もありませんが、芸術スキルを持った人の作品は更に観る人を魅了して感動を与えると言われています。芸術スキルがあるのなら私の感動も納得ですな」
まさか芸術スキルがレアスキルだったなんて俺自身もびっくり仰天だよ。でも、せっかく神様に頂いたスキルなのだから大事にしないといけないな。
「へー、芸術スキルって凄いんですね。ところで、明日はクロードさんとエミリアさんの絵を描きたいのですが予定はありますか?」
「いや、仮に予定があってもキャンセルしますぞ!」
「私は明日は予定はありませんのでいつでも平気です!」
「じゃあ、朝からクロードさん。その後にエミリアさんでいいですか」
「「お願いします!」」
そして次の日。クロードさんとエミリアさんの二人の肖像画を描き終えた俺は、二人に感激されて大いに感謝されたのだった。
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