第83話 商人にもなりました

「うーん、よく寝たー」


 目が覚めると窓の外は明るくなっていて朝の訪れを告げていた。昨日は食品サンプル作りを頑張って終了させたので、その爽快感もあるせいか元気が漲っている気持ちの良い朝だ。


 今日の予定は…というと、午前中はモルガン商会に食品サンプルを届けて、午後からはソフィアの肖像画を描かなくちゃな。


 チャチャッと着替えを済まし、身支度を整えて自分のベッドルームのドアを開けると、中央の部屋には既に起きていたクロードさんとエミリアさんの姿があった。


(俺も結構早起きの方だけど、この二人も俺に劣らず早起きなんだよな)


「おはよう。クロードさん、エミリアさん」


「おはようございます、フミト殿」

「フミトさん、おはようございます」


「今日もフミト殿はお出かけですかな?」


「ええ、昨日作った食品サンプルをモルガン商会に持っていかなきゃいけないですからね。でも、午後は宿に帰ってきてソフィアの肖像画を描く予定です。クロードさんの予定は?」


「私も旧知の間柄の友人に会いに行く予定ですので出かけるつもりです」


「エミリアさんは?」


「私はお昼から布を買いに行く予定です。昨日は数件のお店を回ってある程度目星を付けているので」


「そうか、俺は先に朝食を食べて出かけちゃうからソフィアが起きてきたら、昨日も言ったけど午後からの絵描きの予定をよろしく伝えておいてね」


「わかりました、フミトさん。どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」


 エミリアさんに伝えておけば確実で間違いない。もしかしたらソフィアは忘れちゃってるかもしれないからな。


 クロードさんとエミリアさんの見送りを受けて部屋から出た俺は、宿の食堂で朝食を素早く食べてモルガン商会に向かうべく宿を出る。住んでる人の数が多い王都だけあって、こんな早い時間からでも結構な人通りの多さだな。市場へ荷物を降ろした帰りなのか、空の荷馬車が城門に向けて何台も連なって向かって行く。


 これだけの人口を抱える王都なのだから、食料品だけでも凄い量の需要があるのだろう。うん、地味だけど庶民の生活を陰から支える牧畜や農林水産業は大切だよね。


 そんな昼間とは一味違った早朝の王都の風景を眺めながら歩いていた俺は、ようやく目的地のモルガン商会王都支店の前に到着した。


 さすが商会のお店だけあって朝から店の周りを掃除している従業員が居たので、その従業員に頼んでモルガンさんを呼んできてもらう。俺は応接室に案内されてモルガンさんを待っていると、暫くして応接室のドアが開きモルガンさんが姿を見せた。


「これはフミト殿、おはようございます。こんな朝早くからどのような御用でしょうか?」


「モルガンさん、おはようございます。今日はですね、ある物を見せたくてやって来たんですよ。出来れば採用してもらえると嬉しいのですが」


「ある物ですか? 凄く気になるんですけどフミト殿。勿体ぶらないで早く教えてくださいよ!」


 モルガンさんが俺の腕を掴んでせっついてくる。


「わかりましたよモルガンさん、今からお見せしますから」


 俺はマジックバッグの中から、昨日せっせと作った食品サンプルを取り出していく。どんどんと増えていく食品サンプルを目の前にしてモルガンさんは驚いて目が点になっていた。


「これが俺が作ってきたある物です。これは食品サンプルと言いまして本物の食べ物に似せて作ったダミーの食べ物です」


「おー、まるで本物の食べ物のようですな! このステーキなんて本物そっくりに見えますよ」


「ありがとうございますモルガンさん。この食品サンプルなんですが、レストランの入口横にショーケースを作って、そこにお客に見えるように置いて欲しいんですよ」


「それはまたどういう理由でしょうか?」


「このレストランにはこういうメニューがありますよって、お客さんに直接その目で確認してもらうんです。そして食品サンプルと一緒にそのメニューの値段も表示しておけば、お客さんも店に入る前からそのメニューの値段がわかるので、安心して店の中に入りやすくなるじゃないですか」


「素晴らしい! 素晴らしいアイデアですぞフミト殿。このモルガン、フミト殿をアドバイザーにして本当に良かった。フミト殿と出会わせてくれた神に心から感謝しますぞ」


「まあ、とにかくレストランの料理長やスタッフの意見も聞いてみましょうよ」


「そうですな。私の中では既に採用が決まっていますが、それでも事前に料理長達にも話しておくのが筋ですからな」


 一旦食品サンプルを仕舞って、俺とモルガンさんは連れ立ってレストランに向かっていく。レストランでは今日も朝から料理長を始め、スタッフたちが開店準備の作業や確認をしているところだった。


 料理長のアービンさん以下、スタッフ達にも集まってもらって俺の食品サンプルを見せながら詳しく説明をしていく。皆、食品サンプルを手に取りながらそれは良いアイデアだと手放しで同意してくれたので、ショーケースに食品サンプルを展示するのは決定のようだ。


「先日、フミト殿がいらっしゃってメニューの品を作ってくれと言われた時は何に使うのだろうと疑問に思っていましたが、こんな素晴らしい物を作って来てくださるなんて料理長の私もびっくりですよ」


「客の立場で考えた時に、店に入りやすくて値段もはっきりとわかった方が良いですからね」


「さすがフミト殿ですな。売る方の気持ちだけでなく、買う方の気持ちを重点に考えているとは…当たり前のようで忘れてしまいがちです」


「モルガン様、フミト殿。こんな素晴らしいアイデアは真似をされる前に特許申請を出しておいた方が宜しいのでは?」


「む、それもそうだ。アービンは良いところに気づいたぞ。フミト殿、この食品サンプルを持って今から商人ギルドに行きましょう。とりあえず、食品サンプルという名称で申請してみますかな」


 あれよあれよと言う間に、俺はモルガンさんに連れられて商人ギルドに行く事になってしまった。商人ギルドの建物は街のお役所が居並ぶ地域にあり、大きな扉を潜り抜けるといくつもの受付が並ぶカウンターがあって、多くの商人と見受けられる人達が何かの手続きに来ていた。


「えーと、食品サンプルの申請者はフミト殿にしますからな。申請者のフミト殿には商人ギルドにも加入してもらいますぞ」


 何だか訳がわからないまま、俺は商人ギルドにも加入する事になったようだ。モルガンさんと一緒に受付のあるカウンターに行き、特許申請と共に俺の商人ギルド加盟の手続きも行った。暫くして商人ギルドカードが渡され、冒険者ギルドと同じように説明を受けてカードに血を一滴垂らし、俺は目出度く商人としてもデビューする事になったのだった。


 モルガン商会の顧問料も次からこちらの商人ギルドのギルドカードに振り込むように手続きをした。


「これでフミト殿は商人としての資格を持った事になりますぞ」


「それって街や村で堂々と物の売り買いが出来るって事ですか?」


「そうです、もぐりではなく正式な商人ギルド会員ですので、極端な例ですが『誰に断って商売してるんだ?』などと難癖を付けられて脅されてもフミト殿なら堂々と排除出来ますぞ…ワハハ」


 まあ、自分が商売人に向いているかどうかは別にして、商人の資格はあった方が何かと便利そうだしな。差し詰めフミト商会ってところか。しかも、モルガンさんが俺の会員費を10年分も払ってくれたしさ。


「それでは、私はこの食品サンプルを持ってレストランに戻ります。フミト殿のおかげでレストランも繁盛間違いなしでしょう。本当にありがとうございます」


「わかりました。俺はこのまま宿に帰ります」


 モルガンさんと商人ギルド前で別れた俺は、午後からのソフィアとの約束を果たす為に宿へと戻るのだった。

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