第82話 食品サンプル
「フミト、それ何やってるの?」
買い物から帰ってきたソフィアが俺のやっている作業を見て最初に発した言葉だ。
「見ての通りさ、これと同じようになるように似せて作ってるんだ」
そう、俺が作っているのは『食品サンプル』だ。
土魔法と造形スキルを使い、レストランから貰ってきたメニューの品をお手本に食品サンプルの原型を作る。さすがにこの原型だと作りが荒いので、実は王都に来る前にオルノバで仕入れていた美術芸術セットで仕上げをしていくのだよ。
彫刻刀やナイフで飛び出しているバリや余分な箇所を削ぎ落とし、ヤスリなどでメニューの品と同じようになるように綺麗に形を整えていく。見た目は結構面倒な作業だが、俺の芸術スキルや鍛冶スキルが熟練の職人以上の技術をいかんなく発揮すると見る見るうちにそっくりの形になっていくのだ。
これ、一度やりだしたら止まらないくらいに面白いぞ。今まで手を出していなかった分野だったのでとても新鮮だし。
部屋のテーブルの上に布を敷き、床にも予め買っておいた布を敷いて汚れが床に直接付かないようにするのも忘れないよ。
クリーンの魔法で掃除も忘れないようにしないとね。
「凄い! 凄い! フミト凄いよ」
「まるで魔法を見てるようです!」
ソフィアとエミリアさんは大喜びで俺を褒めてくれる。
二人の応援は嬉しい。
俺、頑張っちゃうもんね。
「ねえ、フミト。フミトにそんな才能があったなんてあたし聞いてないんだけど? どうして今まで教えてくれなかったのよ」
「俺自身も今日思いついたんだよ。今まで土魔法で物を作った事はあったけど、ソフィアには見せてなかったっけ?」
「そんなの知らなかったわよ」
「フミトさん、私にも作り方を教えてくださいね」
「わかったよ。今度から二人にも教えるようにするから…。とりあえず、お詫びとして後で二人の肖像画を描いてあげるからそれで機嫌を直してくれないかな」
「それってあたしの絵を描いてくれるって事よね。凄く嬉しいんだけど!」
「私にも描いてくれるんですか。ありがとうございます!」
俺も練習になるし二人とも絵のモデルとして申し分のない素敵な素材だから、元々いつかはモデルをお願いしようと思ってたので渡りに船ってやつだな。キャンバスや画材も大量に買ってあるのでそっちの心配もないし。
「フミト殿、私もお願いしたいですな」
えっ、いつの間に帰ってきていたのか後ろからクロードさんの声が聞こえてきた。そういえばクロードさんも隠密スキル持ちだったっけ。
「クロードさんも肖像画を希望ですか?」
「ええ、フミト殿さえ宜しければ私にもお願いします。私も居るのにソフィア様とエミリアにだけなんてズルいですぞ。私の肖像画もお願いします」
「いや、そういう訳じゃ。……ほら、話の流れで何となくですよ。も、勿論クロードさんのも描きますよ…汗」
ダンディーなクロードさんが俺におねだりしてくるなんて珍しい。
どうしちゃったの?
「ところでフミト殿、そのテーブルの上にあるのは何ですかな?」
「ああ、ソフィア達には説明しましたがクロードさんにはまだでしたね。これは食品サンプルと言って本物の食べ物に似せて作るダミーの食べ物ですよ。勿論、見かけは食べ物ですが実際に食べる事は出来ませんけどね」
「ほう、食品サンプルという物だというのは理解出来ましたが、一体何の為にそんな物を作るのでしょうか?」
確かにクロードさんの疑問はもっともだ。普通に考えれば何で食べられない見せかけのダミー品をわざわざ作るのか疑問に思うのは当然だよな。ましてや、食品サンプルなんて元の世界でも他の外国ではあまりお目にかからなかったし、独自に発展してきた極めて特殊な文化だもんな。
「例えば、初めて訪れた地で同じような二軒のレストランがあったとしましょう。一軒は店の前にこのレストランで提供する食事のメニューを模した食品サンプルがあり、そのメニューを頼んだ場合の値段も書かれています。もう一軒は店の前にそのような物はなく、どんなメニューの食事が出来るのか。また、店で提供する食事の値段がどれくらいなのかは店の中に入ってメニュー表を見るまでは全くわかりません。クロードさんはどちらの店が気軽に入りやすいと思いますか?」
「……なるほど。確かに言われてみれば一目瞭然ですな。どの食事がどんな値段で、どんな物が出てくるのか、自分の目で事前に確認出来るのは客としてもありがたいし、便利なので食品サンプルとやらがある店の方が入りやすいと思います」
「あたしもそう思うわ。最初からどんな物が出てくるのか、その値段が注文前にわかっていた方が、店に入ってからお財布の中身と相談しなくて不安にならないもの」
「私もお二人と同意見です。でも、フミトさんって凄いですよね。私なんてそんな事を絶対に思いつかないです」
「たまたまだよ」
俺も元の世界での経験があるから思いついてるだけで、俺自身は平凡でどこにでもいるような人間だからね。
さて、食品サンプル作りに戻るか。ソフィア達には集中したいから暫く話しかけないでくれとお願いして作業に戻る。本物を見本にしてサンプルの原型となるダミーをどんどん作っていく。野菜などの葉物のサンプルをそれっぽく作るのが結構難しいが、慣れてきてコツを掴んだら上手く出来るようになってきた。
貰ってきた一通りのメニューのサンプルの原型作りが終わって後は色付け作業だ。
これがまた難しい。単純な色塗りなら簡単に出来るのだが、美味しそうに見える色塗りはなかなか納得するような仕上がりにならない。
ソフィア達の意見を聞きながら何度も試行錯誤をして、ようやく俺自身も納得がいく仕上がりになったのはその日の夜遅くになってからだった。ついでにサンプルの裏側に俺のサインを書いておいた。
「あー、精神的にとても疲れたよ。こんなもんでどうかな?」
「うむ、良いのではないですか」
「遠目から見たら本物に見えるわね」
「作り物とはいえ、とても美味しそうです」
「ありがとう。でも、夜遅くまで付き合わせちゃって申し訳ない」
「いえいえ、後で肖像画を描いて貰えるのですからこれくらいお安い御用ですぞ」
「そうよ、あたしとフミトはパートナーなんだから気にしないで」
「フミトさんに貢献出来て嬉しいです。私はもっと貢献したいんです」
「それじゃ、明日から肖像画を描いてあげるけど誰からにする?」
「はーい、あたしからお願いっ!」
「手を挙げたのはソフィアか、クロードさんとエミリアさんはどうなの?」
「私はソフィア様の次で構いませんぞ」
「私は最後でいいですよ」
「わかったよ。明日から描くとして皆にはモデルをしてもらうからね」
食品サンプル作りが終わり、明日からは肖像画制作だ。案外芸術って面白いかも。
そんな新しい発見をした俺は充足感に包まれて心地よく眠りにつくのだった。
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