第81話 俺からの提案
王都2日目、午前中はクロードさんの案内で中央公園や東方煉瓦倉庫、そして東方ドーム聖堂などを訪れた。
近場のレストランで早い昼食を取り各々自由行動となった。
「それじゃ、後は自由行動って事でここで解散しますか」
「ええ、私は出かける前に申したように行きたい所があるのでここでお別れです」
「フミトはどうするの?」
「俺はモルガン商会から使いの人が来るから宿に一旦戻るよ」
「そうなんだ。じゃあ、あたしはエミリアとお買い物にでも行こうかしら」
「わかりました。私も買いたい物があるのでお付き合いさせて頂きます」
「では、ここで解散しましょう」
俺はクロードさんやソフィア、エミリアさんと別れて宿泊している宿に戻る。まだ使いの人は来ていないだろうが、念の為に早めに宿に戻っておくか。
循環馬車の停車場に行くと、丁度俺が泊まっている宿の側を通るコースの馬車が来たのでそれに乗り込む。15分程で宿の近くの停車場に到着だ。
宿に着いて従業員に問い合わせると、まだ使いの人は来てないらしい。
良かった間に合って。
いつ来るかわからないので、部屋に戻らずラウンジで椅子に座って待つ事にする。20分程待っていると、見慣れた顔が宿の中に入ってきたと思ったらマテオ君だ。
「マテオ君、こっちこっち」
俺の声に気がついたマテオ君が近寄ってくる。
「フミトさん、お待たせしましたか? 馬車で来ておりますのでお乗りください」
モルガン商会の馬車に乗って王都支店に向けて走り出す。途中、御者席のマテオ君と話していたらあっという間に着いた。
「ここです、フミトさん」
マテオ君に言われて馬車から降りると、俺の目の前にはモルガン商会の看板を掲げた立派で大きな建物が建っていた。王都支店には大きな倉庫と工場が併設されており、横には出来たばかりの真新しいレストランがあった。
「凄いね。こんな大きな建物がモルガン商会の王都支店なんだ」
「ええ、僕も驚きました。それではモルガン様がお待ちですのでどうぞ」
マテオ君に案内されて王都支店の中に入っていく。中の調度品も既に設置されていて準備は終わっていそうだな。新しく現地で採用された従業員なのか、人も結構居るようだ。俺が通るといらっしゃいませと挨拶をしてくれる。
こういうの気持ちいいね。
マテオ君に案内されたのは建物の奥にある商会主の部屋だ。マテオ君がドアをノックして俺の来訪を告げると、部屋の中から「どうぞお入りください」という声が聞こえてきた。マテオ君がドアを開け俺を部屋の中に案内すると、モルガンさんが席を立って俺に近づき両手で握手を求めてきた。
「ようこそいらっしゃいました、フミト殿」
「凄く立派な建物ですね。こんなに大きくて立派なのでびっくりしましたよ」
「いえいえ、これからの事を考えるとこれでも足りないくらいですよ。息子のアランとも話しましたが、イルキア国内だけに留まらずにいずれ他の国にも支店を出していきたいと思っております」
「それは壮大な計画ですね。是非とも実現してください」
「早速ですが、王都支店及び工場や倉庫、レストランを案内致しますので、何か気づいた事や改善点などがありましたら率直な意見や感想をお聞かせください」
最初は王都支店の事務所内を案内してもらう。大きな部屋では商人ギルドの紹介でレガリアの現地で雇い入れた従業員がお互いにやり取りをしながら事務作業や荷物の整理をしていて、何だか元の世界の俺が勤めていた会社を思い出してしまった。
「活気があっていいですね」
「とにかく、商人ギルドにはやる気のある人を紹介してもらいました」
モルガンさんに尋ねると、雇う条件を良くしたので優秀な人材が集まったらしい。商人ギルドはハローワークや人材派遣業みたいな側面もあるんだな。
次に案内されたのが工場と倉庫だ。倉庫は店で売る商品をストックするだけでなく、原材料の搬入搬出も担当するのでとても巨大だ。広い間口は直接馬車が入れるほど大きいし、直射日光を避けて風通しも良さそうなので熱がこもる事もなさそうだ。
隣の工場も大きくて立派だ。中に入ると大勢の人がアレを作る作業に従事していて熱気が伝わってくる。
でも、俺は一つ二つ気づいた事があった。
「モルガンさん、出来れば工場の入口に手洗い場、それに従業員に帽子と口元を覆う布を用意してもらえませんか?」
「手洗い場はすぐに用意させましょう。だが、帽子と口元を覆う布とはどういう事ですかなフミト殿」
「食品関係を扱うのならば衛生管理が必要です。もし、製品に髪の毛が混入していたらそれを買ったお客様はどう思うでしょうか? それに、口元を布で覆うのは唾などの混入を防ぐ為です。良い評判が広がるのが早いならば、もしそのような事があった場合は悪評が広まるのも早いと考えなければいけませんからね。もし、悪意を持つお客が嘘をついて何か入っていたと文句を言ってきても、こちらの衛生管理がしっかりしていれば対抗出来ますよ」
「さすがフミト殿、その知恵は素晴らしい。やはり王都に来てもらった甲斐がありました。王都だけでなくオルノバでも早速採用しましょう」
元の世界ではすっかり根付いていた衛生管理も、こちらの世界ではまだ重要視されているとは言い難いからね。
「あと、もしお金に余裕があるなら制服も用意して常に洗って清潔な服装で製品を作るようにすれば尚良いかと…」
「わかりました。それも検討しておきます」
次はレストランに案内された。レストランは角地にありこれは好材料だ。なぜなら2方向からこのレストランの存在を確認する事が出来るしな。
「どうですかフミト殿。これが私の商会のレストランです。まだオープン前ですが、料理長以下、スタッフも開店準備の作業で中に居るはずです」
とりあえず、レストランの外観を確認してみる。入りやすい雰囲気なのでそれは良い点の一つだ。モルガンさんに促されレストランの中に足を踏み入れる。4人が食事を出来るテーブルと2人掛けのテーブル、あとカウンターもあるな。奥には個室もあるようだ。
「このレストランはどういうお客をターゲットにしてるのですか?」
「ターゲット……ですか?」
「そうです。主婦なのか、この近所で働く人達なのか、特に想定していないのか。これだけでもやり方が違ってくると思います。例えば、昼間から酒を飲んで酔っ払ってるお客が店に居れば家族連れは近寄りがたいですよね」
「言われてみればそうですな。見落としていたかもしれません」
「俺の1つの考えなんですけど、昼は働く人向けにランチセット。昼時が終わったら近所の主婦達向けに午後のティータイムセット。そして夕方からはお酒と一緒にディナーセットなんてどうでしょうか? これなら1日で時間によってそれぞれ違う客層を呼び込めると思うのです」
「なるほど、時間ごとに客のターゲットを変えて様々な客層を満遍なく呼び込もうという訳ですな。やってみる価値はあると思いますので早速支配人に相談してみる事にします」
「ランチは標準メニューの他に日替わりセットもメニューに入れましょうよ。毎日違うメニューならお客も飽きないし、週単位のローテーションで回せば材料の仕入れもわかりやすいですから」
「それも良いアイデアですな」
あとはメニューのわかりやすさだな。お客もこのレストランではどんなメニューがあるのか店の中に入ってみないとわからない。お客がもっと気軽に店に入れるような工夫はないものかな………
そうだ! あれなんかどうだろう。
造形と芸術と、おまけに鍛冶のスキルがある俺なら作れるかもしれない。
「それと、ちょっと試してみたい事があるんです。このレストランで出す予定のメニューの料理を一通り作ってもらう事は出来ますか?」
「出来ると思いますが…料理長に頼んでみましょうか」
俺とモルガンさんがレストランの厨房に行くと、このレストランの料理長とスタッフ達が出迎えてくれた。
「このレストランの厨房を取り仕切る料理長のアービンです」
「厨房を任されているアービンと申します。モルガン様こちらの方は?」
「この方こそが我がモルガン商会のアドバイザーのフミト殿です。王都に支店を出せたのもフミト殿のおかげなのですよ」
「それは失礼を致しました。それで何か厨房に御用でもおありでしょうか?」
「ええ、頼みがあるのですが…このレストランで出す予定の主要な料理を全部作ってもらいたいのです」
「それは構いませんが、まさかフミト殿が全部食べるつもりなのですか?」
「いえいえ、さすがに全部は食べられませんよ。ちょっと試したい事があるのでどうしても必要なんです。どうかお願い出来ますか?」
「わかりました。何に使うのかわかりませんが今から作りましょう。君達、準備をしなさい」
アービンさんの掛け声で厨房のスタッフ達がテキパキと動き出す。さすがプロって感じで次から次へと料理が出来ていく。主要な料理が出来たそばから俺はそれをマジックバッグの中に入れていく。それを見て怪訝な顔をするアービンさんとスタッフ達だが、文句も言わずに料理を作ってくれた。
さあ、あとは宿に帰ってからのお楽しみだ。その他にも色々なアドバイスをして、モルガンさんとアービンさん達にお礼を言って俺はレストランを後にして宿に帰るのだった。
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