第79話 街の散策とフレスコ画

「凄い人の数だな」


 王都レガリアに入って大通りを進んでいく俺の最初の感想はそれだった。


 この世界に来てから、道を大勢の人が歩いているような場所を経験をした事がなく、レガリアの大通りを行き交う馬車や歩いてる人の多さは、感覚的に元の世界の地方都市の駅前のような懐かしさを俺に感じさせてくれる。


 さすが王都だけあって、大通りは洗練されていて大きなお店やお洒落なお店などが並んでいる。

 大通り脇に広場のような馬車の停車場があり、伯爵の乗る馬車と荷馬車、そして俺達が乗る馬車が停車する。


 モルガンさんはこの大通りに支店を出すのかな?


「ところでモルガンさん、新しく出す支店はどこらへんなんですか?」


「この大通りに…と言いたいところですが、ここは昔からの老舗が並ぶ一等地ですからな。さすがに私どもでもそれは無理なので、この大通りから一本裏にある通り沿いに支店を用意致しました」


「じゃあ、落ち着いたら案内してください」


「わかりました。では、先にフミト殿が宿泊する宿までご案内します。その前にラグネル伯爵にご挨拶をしておきましょう」


 俺達は馬車を降り、ラグネル伯爵の乗る馬車に向かって行き、警護の騎士達と打ち合わせの為に下車していた伯爵に挨拶をする。


 まず、モルガンさんが「伯爵様、私共は一旦それぞれの宿泊する場所に向かわさせて頂きます。後ほど伯爵様のお屋敷に私がお伺いさせて頂きますのでよろしくお願い致します。奥方様やお子様達にもよろしくお伝えください」


「ああ、モルガン殿。ご苦労であった。後ほど屋敷で会おうぞ」


「伯爵様、フミトです。私達も宿泊する宿に向かいたいと思います。この度は伯爵様と旅を同行出来てとても良い経験になりました」


「フミト君、ご苦労さま。私は暫く王都の屋敷に居るから困った事があったら遠慮せずに来たまえ。私の子供達も君とジェラール達の模擬戦を見て大はしゃぎしていたぞ。そのうち長男に剣の手ほどきをお願いしようと思っているところだよ」


「ありがとうございます。機会がありましたらそれも考えておきます」


「フミト殿。このジェラール、フミト殿と剣を合わせてとても勉強になりましたぞ。また機会がありましたら手合わせをしようではないか」


「はい、俺なんかで良ければいつでも歓迎しますよ」


 ラグネル伯爵は馬車に乗り込み、ジェラールさん達騎士団も馬上の人となり伯爵の王都屋敷へ向かって停車場の広場を後にする。馬車の窓からはラグネル伯爵の奥さんや子供達も顔を出して残った俺達に向かって手を振っていた。


「さあ、我々も行きましょうか」


 モルガンさんに案内された宿は大きな庭がある銀ランクの宿だった。

 雰囲気的にも良さそうな宿で、恐る恐る「ただでこんな宿に泊まらせてもらっていいのですか?」と聞いたら、アレの売上が好調で恩人のフミト殿にはこれくらいのおもてなしは当然だと言われた。それに、商人ギルド割引でお安くなってるらしい。


 まあ、この際だからモルガンさんの好意は素直に受け取っておくか。


「では、私はこれから早速新店舗に行きますので一先ずお別れですな。寝泊まりも王都支店でする予定です。明日の午後、使いの者をこの宿に寄越しますので、フミト殿は王都支店へご足労をお願いします」


「わかりました。明日の午後はよろしくお願いします」


 モルガンさんは馬車に乗って王都支店に向かっていった。

 俺達は宿のカウンターから部屋の鍵を受け取り階段を昇っていくと、俺達に用意された部屋は独立したベッドルームが4つある最上階の部屋だった。とりあえず、長期間の宿泊費は前払いしてあるらしい。


 窓からは眼下に大きな庭が見え、部屋の雰囲気も良く俺にはもったいないくらい。

 各々、自分の部屋を決めて中に入っていくとダブルベッドがあってテーブルや椅子も常備されており、長期滞在をしてもストレスなく過ごせそうだ。


 ちょっと散歩がてらに王都の街を散策してみようと思って、旅用の旅装を解いて仕舞い軽装備になる。

 クロードさんやソフィア、エミリアさんに声をかけると一緒に行くから待っていてと言われたので、俺は中央の部屋で椅子に座り待つ事にした。

 最初に自室のベッドルームから出てきたのはクロードさんだ。隙がなくダンディーな装いは俺も見習うべきものがあるね。


 ソフィアとエミリアさんはまだ出てこない。まあ、女子だから外出には何かと準備が必要だしこればかりは仕方ない。さすがに俺でもこういうところは寛容ですよ。


「お待たせ致しました」


 二人のうち最初に出てきたのはエミリアさんだ。


「お待たせ」


 おっ、ソフィアも案外早かったな


 二人共に下はスカート、上はシャツに軽めの上着を羽織ったカジュアルな装いだ。


「じゃあ、行きましょうか」


 王都の案内は何度かこの街に滞在した経験があるクロードさんがしてくれる事になった。


「フミト殿、行きたい場所の希望はありますかな?」


「王都初日なので、ここだけは押さえておけみたいな有名な場所を案内してもらえるとありがたいです」


 一応、マルチマップが王都の地図を記憶してマップに登録してあるけど、こういうのはツアーガイドみたいに現地をよく知ってる人に案内してもらうのが楽しいんだよね。


「そうですか。なら、冒険者ギルドや闘技場、大教会、中央公園、東方煉瓦倉庫、東方ドーム聖堂あたりですかな。今日はここから比較的近い冒険者ギルドと闘技場、それに最後は大教会に行きましょう」


 クロードさんに案内されて行く最初の目的地は冒険者ギルドだ。

 王都は広い。なのでコミュニティーバスのように王都内の決まったコースを馬車が循環してるのでそれを利用する。近くの停車場で丁度来た10人以上乗れる大きな循環馬車に乗り込み、一人あたり銅貨3枚の料金を払って冒険者ギルドの近くの停車場を目指す。


 目的の停車場で降りると向こうに見える城壁のすぐ横に大きな建物があり、それが扉の上には剣と盾をあしらったマークが掲げられている王都の冒険者ギルドだ。冒険者ギルドのすぐ隣の城壁には城門が備え付けてあり、そこから城壁の外へ出られるようだ。


「何で王都の冒険者ギルドはこんな城壁のすぐ側なんですか?」


「ここは王都ですからな。オルノバくらいの規模の街ならともかく、王族が住む王宮や貴族の住む特別街区の近く、多くのお店が集まる街の中心地に冒険者や魔物の素材が集まる冒険者ギルドは置かないのですよ。あと、素材処理の関係で城壁近くの方が便利ですからね」


「なるほど、そういう理由があるのですね」


 確かに、元の世界で例えても銀座や皇居の直ぐ側に怪我を負った冒険者や魔物の返り血を浴びた冒険者、魔物の素材を担いで歩く冒険者、昼間から酒を飲んでいる荒くれ者の冒険者が彷徨いていたら一般の住民が困るもんな。当たり前といえば当たり前か。


「フミト殿、どうします? 冒険者ギルドの中に入りますか?」


「いえ、今日は止めておきましょう。滞在中はいつでも来れますし、他の場所も見たいですから」


「わかりました。次は闘技場に行きましょう」


 闘技場は冒険者ギルドから歩いてすぐの場所にあった。冒険者ギルドからもその円形の建物は見えていたからね。


「ここが闘技場か。何をする場所なんですか?」


「ここは4年に1度行われる武闘会の会場です。腕自慢が集まってきてそれぞれの部門で優勝者を決める大会が行われます」


 4年に1度か、オリンピックみたいな位置付けだな。


「フミト殿、今は中に入れませんので外観を見たら次の場所へ行きましょうか」


 次に向かったのは大教会で、レガリアの中心に近い場所に一際高い建物があるのですぐにわかる。白亜の建物に黒い屋根は周囲の朱色の屋根の建物と違って威厳が感じられるね。


「ここが女神セレネ様を崇拝する王都の大教会です。中に入りましょう」


 大教会の中に入ると奥の壁や天井には女神セレネ様のフレスコ画が描かれていて、その見事さに息を呑み暫く見とれてしまう程だった。ついでに俺の頭にも例のスキルで芸術の追加知識情報が加わったようだ。


「これは素晴らしいですね」

「凄いわね…言葉が出ないわ」

「素晴らしいです」


「フミト殿、とりあえず祈りましょう」


 俺達は祭壇の手前まで進み女神セレネに祈りを捧げる。


『ふふっ、フミト君は元気そうね。主神様と一緒にいつでも見守ってるわよ』


 何だか、どこからか声が聞こえたような気がしたんだが…

 そしてお祈りが終わり、大教会にお金を寄進して俺達はその後宿に戻ったのだった。

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