第77話 『亭主元気で留守がいい』

 ラグネル伯爵との顔合わせも無事終了した俺達は初日の宿泊地の小さな街に到着した。伯爵領内はここまでで、次の日からは他領を通過したり宿泊する行程になる。


 俺達一行に用意された宿に赴き部屋に入って旅装を解く。

 旅の初日という事で見えない緊張があったせいか、少し気疲れしたかもしれない。

 こういう時は風呂に入って精神をリフレッシュしないとな!


 幸いな事に、ここの宿泊地の街は規模が小さいながらも、俺達が泊まる宿には風呂があった。晩御飯を頂く前にクロードさんと一緒に風呂に入りに行く。

 風呂場へ行くと他の宿泊客はおらず、俺とクロードさんの貸切状態だった。


「やっぱり風呂は良いですな。そう思いませんかフミト殿」


「同感です。俺も旅の疲れを取るには風呂に入るのが一番だと思います」


 湯加減はちょっと温めだが、贅沢は言ってられない。元の世界と違ってどこの宿にも風呂がある訳でなく、旅先で風呂に入れるのがこの世界では少ない方だからだ。

 なら、風呂のない宿はどうかというと、生活魔法を覚えていない人はお金を払って木の桶に湯を汲んでもらい布に湯を浸して身体を拭くのが一般的で、宿に泊まらず野営する場合はそれさえもない場合も覚悟しなければならない。

 王都へと続く主要な街道沿いの街だけあって、例え小さな街でも安定した宿泊客が見込めるのが理由なのか、この宿には風呂が常備されているのだろう。


「ところで、クロードさんに聞きたい事があるのですが」


「なんですかな?」


「俺があちこちにソフィアを連れ回すような形になっていますが、クロードさんはそこらへんをどう思っていますか?」


「どういう意味の質問なのかわかりかねますが、ソフィア様は最近とても明るくなりました。それはフミト殿と出会ってからだと言っても過言ではないでしょう。元々、ソフィア様は明るく屈託のない素直な性格です。ただ、ご自分の身分が引っかかっているのか心から他人を信用するという事に少し臆病になっている向きがあって、ご自分から積極的に友人を作ろうとは滅多にしていなかったのですよ」


 なるほど、ソフィアもソフィアなりに色々と思い悩んでいたのかもな。


「でも、俺だってどこの馬の骨かもわからないただの冒険者です。クロードさんの目から見てソフィアに近づく危険な男だと思ったりしませんでしたか?」


「そうですな…こう言ってはなんですが、確かにフミト殿はどこの馬の骨だかわからない男ですな(笑) だが、ソフィア様の人を見る目は確かです。ソフィア様から聞きましたが、最初にフミト殿を見た時に特別な何かを感じたとおっしゃっていました。いや、それは男女間の一目惚れとかを超えて、魂に直接響いてくるような感覚だったと申しておりましたぞ。まあ、その段階では私は素直に信じませんでしたがね」


「だから、俺と直接会って模擬戦をしようと思ったのですか?」


「それは最終確認です。建前ではフミト殿に初めてお目にかかったように装っておりましたが、私も馬鹿ではありませんからな。今でこそ明かしますがそれとなくフミト殿を下調べしてたのですよ」


「えっ、そうだったのですか。直接会いに来てくれても良かったのに」


「いやいや、私が陰でそんな事をしてたとソフィア様に知れるのもあれですからな。でも、私の調べた印象でもフミト殿は悪い人物ではないと確信しておりました。それで最終確認の為の模擬戦って訳です」


「良かった。もし俺が悪さをしていたらクロードさんからダメ出しを食らってたかもしれなかったのか…汗」


「ははは、そうかもしれませんな」


 クロードさんは笑ってるけど、あの時は本気で俺を試していたのだろう。

 そりゃ、表向きは執事でもソフィアを守る役目も兼ねていたのだから危険な人物を近づけないようにするのもその役目のひとつでもあるしね。

 今でこそ胸襟を開いてこんな会話が出来るようになったのはクロードさんも俺を認めて信頼してくれてるのかもしれないな。


「つかぬ事を聞きますが、クロードさんってどうしてソフィアのお付きになったのですか?」


「私ですか? 私の家は代々エルヴィス家を補佐する家柄の一つなのですよ。私の長兄はエルヴィス国で大臣を務めています。エミリアの家系も同様で代々エルヴィス家を補佐する家柄なのですぞ。元々私の家とエミリアの家は代を遡ると王家と血筋を同じくしていますのでな。ただ、私の場合はある程度の年齢になってからは自由な冒険者として世に羽ばたきたかったので、ソフィア様が生まれる前まではあちこちを旅して気ままにやっていたのです。だが、ソフィア様はフミト殿にも明かされたと思いますがハイエルフとして生まれ落ちました。そこでエルフ族の中でも家柄的なものも含めて武に秀でていた私に白羽の矢が立ったのです。休暇期間も結構あるので自由な面もありますがね」


「なるほど、そういう経緯があったのですか。クロードさんって強いですもんね」


「私も剣の腕前には自信があって滅多な相手には負けないと自負しておりましたが、フミト殿には完敗してしまいました…笑 私自身もそのおかげでまた向上心が湧いてきましたよ」


「いや、あの模擬戦は俺も冷や汗をかきましたよ」


「でも、負けた私が言うのもなんですが、フミト殿にはまだまだ多くの伸びしろがあると感じましたな。対人の経験が少なさそうなのでそこをもっと経験すれば更に強くなる…世界一にもなれるのではないか、私はそう確信しています」


「いくらなんでも俺を過大評価しすぎですよ…でも、ありがとうございます」


 ──対人か…確かに魔物とは違って動きが読みづらいしな。


「それと、前から疑問に思ってたのですが、ソフィアはああ見えても第三王女ですよね。付き人兼護衛がクロードさんとエミリアさんだけで心配はないのですか?」


「ああ、そう感じるのはわかりますぞ。この人数だけでは危険じゃないかと思われるのも一つの見方でしょう。だが、お付きの人が大勢居ればあの家のお嬢さんは何者なのだろうと、逆に世間の注目を集めてしまいますからな。むしろ、少人数にして目立たないようにしてるのですよ。それにソフィア様の希望でなるべく少人数で自由に過ごしたいということなので」


「なるほど、確かにそうかもしれませんね。ところで、その様子だとクロードさんってずっと今まで独り身なんですか?」


「は? フミト殿、私には妻も子供もおりますぞ」


「えっ? クロードさん奥さんも子供もいるんですか!?」


「エルフ族は長命ですからな。ずっと一緒に暮らしているとその内にお互いに好きな事をやりたくなるものです。妻も子供が大きくなって独り立ちしてからは暇を持て余して女友達と連れ立ってしょっちゅう旅行や観劇に行ってますぞ」


「そうなんですか…」


「そうです、よく巷で言われてるではないですか。『亭主元気で留守がいい』って」


 お後がよろしいようで。




 風呂から上がった俺達は部屋に戻ってきた。


「随分と長いお風呂だったわね」

「フミトさん、のぼせませんでしたか?」


「ああ、ちょっとクロードさんと男同士の話をしてたからね」


「何それ? あたしにも教えてよ」


「ソフィアとエミリアさんは美人だし可愛いねって話さ」


「えー、そんな事を面と向かって急に言われても…あたし困っちゃうわ」

「私が可愛いだなんて…私が美人だなんて…」


 二人とも顔が真っ赤なんだが…


「も、もっと詳しく教えてよ!」

「私も知りたいです!」


「あっ、そろそろ晩御飯の時間だ。遅れちゃいけないしクロードさん行きましょうか」


「そうですな。フミト殿」


 俺とクロードさんはソフィア達を置いて部屋を出ていこうとする。


「もう、フミトとクロードの意地悪!」

「お二人とも意地悪です!」


 その後、晩御飯を食べ終えて旅の初日の夜は更けていったのだった。

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